第五十一話「北の姫君と北の賢者」
※改稿済み(2017/5/11)
ドロシーと二人で魔法学園の副学長がいる事務局までやって来た。
「これはこれは、お久しぶりでございます、ルーシェリア王子」
「あ、どうも」
「おっ! おや? ドロシーちゃんもご一緒でしたか」
「あ、はい! ……なのです……」
副学長はほっぺがふっくらとした顔立ちで、親しみやすそうなおっさんだ。
しかし、無断欠席していたドロシーは、気不味そうにもじもじしている。先に手紙を見せた方が話が早いだろう。
副学長は丁寧に蝋封を開封し、手紙の隅々まで目を通す。
「ふむふむ、なるほど……魔術師の称号に卒業証書でございますな」
副学長が難しい顔で考え込んだ。ドロシーは気持ちが沈んだようにしょんぼりだ。
いくら学園長であるビディの手紙でも、現場にいる副学長の考えはまた別のものかもしれない。
と、思ったのだが、その直後、
「これは大仕事になりますわい! 超魔術師……語感も悪くないですな」
副学長はそう言うと、悦に入ったかのようににんまりし、手紙を大切そうに保管。
さらに感激を隠しきれないように「うぉー! やったー! 新たな伝説が刻まれるぞー! 入学者が殺到するかもしれないぞー! 経営が楽になるぞー!」と、ご満悦。
そっちは主目的じゃないんだけどな……卒業証書の方が重要なんだよ。
一方、意気消沈していたドロシーに振り返ると、彼女は緊張がほぐれたかのように、明るい笑顔を俺に向け、
「王子、おめでとうございます! 歴史的快挙なのです!」
自分のことのように喜んでくれている。
「……そ、そうなのかな?」
「はい、王子の名が学園の歴史に……いえ、世界史に刻まれるのですよ!」
副学長も相変わらずニコニコ顔で「うんうん」と、納得したように頷くと「この度はルーシェリア王子、おめでとうございます!」と、祝辞を述べてくれた。
無詠唱魔術で、魔術界隈の夜明けを意味する黎明の魔術師の二つ名を持つ俺が、新しい上位称号を歴史に刻んだようで、時期を見計らって記念式典を開催する運びになってしまった。思い付きの称号なのに……。
「そんな単純に決めちゃっていいものなの?」
「アーリマン学長がお認めになったのです。何も問題はございませんよ。ただ、式典を開く際には王子にもご足労して頂かないといけませんですがね。わっはっは!」
また来ないといけないのか……てか、卒業証書はよっ!
断られる雰囲気でもないので、催促した。
「直ぐに準備いたしますゆえ、お待ちください」
卒業証書も無事にゲットできそうだ。しかし、受け取る際にドロシーは気が引けたように副学長を見上げた。本来は単位取得して4年間通わないといけないからな。けれども、副学長はそんなドロシーの気持ちを察してくれたのか、
「飛び級で卒業するようなものでございます。アーリマン学長がお認めになられたのですから、気負いすることはございませぬぞ」
「あ、はいなの……です。ありがとうなのです」
ドロシーは遠慮がちに受け取ったのだが、副学長の話によると、僅か二週間で卒業した者もいるらしいのだ。気になったので、その人の名を聞いてみた。
すると、その者は『北の賢者』と、呼ばれている男だった。
その名はエルヴィス。北のユーグリット王国で宮廷魔術師をしているらしい。
縁の深い話だ。
その国は俺の両親が訪問している国であり、誕生会を一緒に祝ってくれたソーニャが宮廷魔術師見習いで、召し抱えられている国なのだ。
そして……俺の婚約者らしきお姫様、ハリエット・マリー・ド・ゴールがいる国でもある。
◇◆◇
極寒の北国。ユーグリット王国のあるその大地を人々は『呪われた大地』と、呼んでいる。その理由は千年ほど前に魔逢星が襲来し、邪神が降臨した地であるからだ。
また、この地に伝わる預言書によると、魔逢星襲来の時期は極めて近い。ミッドガル王国より遙か北に位置するこのユーグリット王国は、西に蛮族。東に大空洞遺跡。その先は海を越えて魔大陸と呼ばれているベルベット大陸に近接している。色んな意味で過酷な土地。それがユーグリット地方なのである
◇◆◇
ハリエット・マリー・ド・ゴールは、ユーグリット王国の姫君で、傭兵王ベオウルフの一人娘として育てられた。
望めば何でも与えてもらえる。どんなわがままでも聞いてもらえた。
いつしかハリエットは、この世界は自分を中心に回ってる。そう考えるようになってしまっていた。
6歳になったハリエットは同年代の子ども達と、王宮で触れ合う機会が次第に増えていく。しかし、ハリエットの中でそれは、不協和音でしかなかった。
今まで通じていたわがままが、歳の近い子ども達には通じない。
それどころか、ふと気がつけば、ハリエットに対して罵詈雑言まで浴びせる者まで現れた。
そして、その者が言ったのだ。
「王様の娘だからって調子に乗ってんじゃねぇよ! バーカッ」
突然のことに思考が追いつかずハリエットは混乱した。今まで向けられたことのない感情だったからだ。込み上げてくる感情を抑えることも出来ずに、たまらず涙目でその者に声を張り上げてしまった。はちきれんばかりの想いで言い返してしまった。
すると、その子も泣いてしまった。
それからもハリエットは、時折見かける。
自分が泣かした貴族の子どもが、友達に囲まれて楽しそうに駆けずり回る光景を。
混ぜてほしい、そんな衝動に駆られてハリエットは近づく。
だが、ハリエットだけがその場に取り残される。
ふと、気がつくとハリエットは一人ぼっちになっていた。
仲間外れにされてしまっていた。
同年代の貴族の子ども達は、誰一人としてハリエットを相手にしなくなっていた。
孤独になってしまったハリエットは、ずっと想っていた。
(わたくしにはルーシェリアがいる……ルーシェリアなら何を言っても構ってくれる……ルーシェリアに逢いたい)
ハリエットは父であり、国王でもあるベオウルフと共に、ミッドガル王国に訪れたことがある。その時期、ハリエットはもうすぐ3歳の誕生日を迎えようとしていたのだが、知り合ったルーシェリアは既に3歳であった。
そのルーシェリアはハリエットがどんな悪戯をしても、怒ることなく、にへらとした笑みを浮かべるのみ。調子に乗ったハリエットは、彼の背中にカエルを入れたこともあった。
流石にそれはイヤがっていたのだが、ルーシェリアは背中に入れられたカエルを手のひらに乗せると「生き物で遊んだらダメだよ」と、優しく窘めてくれたのだ。
カエルは何事も無かったように、ぴょんぴょんと跳ねて行った。
少し反省した。
最初は悪戯心しかなかったハリエットであったのだが、いつしかどんな悪戯をしても、どんなわがままを言っても「うんうん」と、優しく頷いてくれるルーシェリアに惹かれゆく。
そしてある日。ルーシェリアの魔法学園の入学時期が近づいて来たその頃。
ミッドガル王城で開かれた夜の饗宴の場で、ミッドガル王国のフィリップ王子と、ちょっとした経緯で口喧嘩を始めてしまったのだ。
その内容はフィリップ王子の尊敬する騎士と、ハリエットの父である傭兵王、どっちの方が強いのか弱いのか、子どもにありがちな小さな意地の張り合いであった。
『別にお前の父さんが強くても、お前自身が強い訳じゃないだろ!』
『わたくしは傭兵王の娘ですのよ。少なくともあなたより強いですわよ!』
『な、なんだとー! そんな訳あるはずないだろ!』
『でしたらお兄様はゴブリン退治ができますの? わたくしの父なら造作もないことですわよ』
口喧嘩をする二人をヤレヤレと思いつつ眺める、ルーシェリアもこの場にいた。
この日、三人はこっそりと魔物退治をするために、城を抜けだしたのだ。
狼の群れに囲まれた。喧嘩の理由などどうでも良くなった瞬間でもあった。
絶対絶命。年上のフィリップ王子でも僅か7歳である。無事でいられるはずがない。
それでも、そんな状況の中でも、フィリップ王子は二人を守ろうとしたのだが。
結果、全ての狼はルーシェリアが火魔術で追い払った。
その帰り道、ハリエットはご褒美のつもりで、ルーシェリアにキスをしたのだ。
ハリエットにとっては初めての大切な想いでであった。
そして、今日もハリエット姫は、王城の庭園にある庭池で一人ぼっち。
優雅に泳ぐ魚達を体育座りで、眺めていた。
日々のことなので、魚達もハリエットが来るだけで、餌を求めて寄ってくる。
そんな孤独なハリエットに優しく声をかける青年がいた。ハリエットと同じ金髪碧眼の男で、この青年をユーグリット王国で知らぬ者はいない。
「姫はいつも一人ぼっちなんですね」
柔らかい物腰で彼は優しく、ハリエットにそう声をかけた。
「別に……一人じゃないですわよ?」
「魚が友達なのかい?」
「それって、バカにしてますの?」
「そうだね、バカにしてるよ」
青年は飄々と言い切ると、餌を親指で池に弾き飛ばした。
ぽちゃんと音がし、水面に広がる波紋に魚が群がる。
「姫は魚にも嫌われましたとさ……」
そう言うと青年はハリエットの方へと向き直りニッコリと微笑む。
ハリエットの性質なら有無言わず抗議の声をあげるのだろうが、そうはしなかった。
皮肉めいた言葉なのに嫌みを感じない。
ハリエットは青年を尊敬していたし、心の何処かで彼には勝てないと屈服していたのだ。
また、ハリエットは自分の寂しい心情を理解した上で、青年が構ってくれていると感じていた。そう思えるのはハリエット自身も精神的に成長を遂げているからである。
だから嬉しかった。
「姫さえ良ければ、私が友達になって差し上げましょうか?」
青年はクスッと微笑みそう言った。ハリエットはこの青年を良く知っている。父からもっとも厚遇されている宮廷魔術師のエルヴィスだと。
「べ、べつに……いいですわよ……だって、わたくしにはルーシェリアがいるんですもの……」
ハリエットはこの場にいない彼の名をあげて、余計に虚しさを覚えた。
その様子を見たエルヴィスは「あはは」と、軽く笑うと次に、
「でしたらお会いに行けばよろしいのですよ」
「え!?」
このユーグリットからミッドガルまで、馬車を使っても三ヶ月の道のりである。
気軽に会える距離ではない。エルヴィスにも当然分かっている。
「今、この国にルーシェリア殿のご両親が訪問されています。両親がお戻りになる日に返礼の使者として、姫が同行されては如何です? ルーシェリア殿の父上は剣王の称号を持つお方ですし、道中もけして危険な目には遭わないと思いますよ」
エルヴィスの言葉を受けて、ハリエットの瞳が明るさを取り戻した。
ぱーっと気持ちが晴れたような想いに駆られたのだが、しかし瞬時に不安がハリエットを襲った。
ルーシェリアと出逢ったのはもう彼是4年以上も前の話である。
覚えてくれているのだろうかと。
そんなハリエットの気持ちを察したエルヴィスは、ハリエットに提案した。
手紙だ。
「近々、弟子のソーニャが所用でミッドガルの魔術師ギルドへ向かいます。ですので手紙をしたため、ついでに届けて貰えばいいでしょう。まあ、利発なルーシェリア王子ですから、お忘れになってるようなことは無いと思いますけどね」
その日、ハリエットは部屋に引き籠り、夜から朝になるまで、手紙を書いては繰り返し何度も何度も読み返した。その日の朝、ソーニャはミッドガル地方へと旅立ったのだ。
ハリエットの心中は期待と不安が交差しつつも、胸をときめかせていた。
これはルーシェリアが8歳の誕生日を迎える、数ヶ月前の話である。
実はこのエルヴィス。過去にミッドガル王国の王立図書館で、魔物に魔力を吸われ二週間ほど死線を彷徨った悲しい過去があります。




