第三話「新たなる家族」
※改稿済み(2017/3/25)
ガチャリとドアが開く音がした。
俺を抱きしめていたメアリーが、あたふたしながら俺から離れる。
メアリーは椅子から立ち上がると頬を紅く染め、もじもじと俯いた。
部屋に訪れたのは20代前半ぐらいの男で、精悍で凛々しい若者だ。
短髪茶髪で顎髭を乱雑に生やし、イギリス貴族を彷彿させるような高級感ある衣装を纏っている。
だが、残念なことに着こなしが少々だらしない印象を受けた。
しかし、その双眸は遥か先を見通すかのように鋭く、歴戦の猛者を感じさせる半端なさがある。けれども俺の顔を見た途端、緩い笑みを浮かべ口を開いた。
「おお! 目覚めたか、ルーシェリアよ。さすがオレの息子だ!」
また、その男の影からメアリーがマリーと呼んでいた少女がひょっこり姿を見せた。
白いワンピースにちょっとサイズが不釣り合いなだぶだぶの靴を履いている。
マリーは俺の枕元までとことことやって来ると、つま先立ちで俺の頬をツンツンと突き、そして可愛らしくはにかんだ。
更に開いたドアの奥から地味なドレスを纏った女性が姿を現す。
おっとりとした顔立ちで、優しそうな雰囲気を全身から醸し出している。
「ルーシェ……一時はどうなるかと母は心配で毎朝毎晩、女神アリスティアに祈りを捧げておりました」
見た目の印象どおり物腰も柔らかく淑やかな女性ようだ。
俺を見ると安心したかのように安堵の溜息を漏らし、俺の元へと寄り添って俺を強く強く抱きしめた。彼女の縦ロールの髪がふわりとし、優しい香りが不安な俺の心を包み込んでくれるような気がした。
そして最後に白い衣装に金糸の刺繍が入ったものを纏った男が姿を見せる。
司祭みたいな格好だ。
おそらく最初に姿を見せた男が俺の父親で、俺を抱きしめてくれている女性が母親なんだろう。男が俺のことを息子と呼び、女性が母と名乗ったのだから間違いないと思う。
また俺の名はルーシェではなく、正式にはルーシェリアという名前だと理解した。
両親とも絵になるような美男美女だ。羨ましい限りだ。
もう認めてもいいようだ。少なくとも俺が生きてきた世界とは違う世界。
何が起こったのか理解しがたいが少なくとも、もう一人ぼっちは卒業できたのだ。
しかし両親とも美形なのに、俺だけがブサメンって設定はあまりにも酷な気がする。
そんな残念設定を心の中で嘆いていたら、母親が司祭に振り向き、俺の病状について問いかけた。
「シメオン様。ルーシェはもう大丈夫なんでしょうか?」
どうやら司祭みたいな恰好をした白髪の男は、シメオンという名のようである。
「もう心配する必要はなかろう、エミリー殿。それにしても奇跡としか言いようがない。我々が駆け付けた時、御子息は既に息をしていなかったのじゃ。神聖魔法を三日三晩したところで徒労に終わると踏んでいたのだが……まさか息を吹き返すとはな……」
シメオンはそう言いつつ、口元を歪ませた。少々残念そうな笑みを浮かべたように俺には見えたのだが、気のせいだろう。彼の計らいで俺は息を吹き返したようだし。
「これこそが女神アリスティアのお導きと、ご加護である。感謝するがよい」
「はい、司祭様。感謝いたします」
俺の母親であるエミリーが胸に手を当て、シメオン司祭に感謝の意を示した。
周囲の会話を聞いていると、俺は高熱に侵され、死にかけていたらしい。
メアリーが言っていたように二週間も意識を失っていたようだった。
しかし……母さんか。天涯孤独だった俺だが、ここには新たな家族がいる。
ちょっぴり嬉しいかな?
無論、家族という実感はないのだが、それでも底知れぬ安心感が込み上げてくる。
孤独は辛かった。相談する相手がいないのだ。何事も一人で決断しなければならないのだ。俺のようなヒキニートには荷が重い事だった。
「はい、ルーくん。美味しいお水だよ」
物想いに耽っているとマリーが、琥珀色の瞳で俺を見つめ、コップを差し出してくれていた。
熱で水分が発散し喉がカラカラだったので、ゴクゴクと一気に飲み干す。
清涼感溢れる水が全身に行き渡るのを感じる。凄く旨い水だ。心が洗われた気がする。
しかも体力が回復するかのように漲ってくるぞ!
何か特別な水なのかな? 少なくとも日本の水よりも旨かった。
「マリーだっけ……? ありがとう」
「うん! ルーくんが元気になってくれて良かった! まだおかわりあるよ?」
マリーは、そこはかとなく嬉しそうにニコニコしている。
「もう1杯、お願い」
「うんっ! わかった。ちょっとまってね」
マリーが水差しからコップに水を注いでくれた。
あまりの充実感に俺は立て続けにもう一杯催促してしまう。
「えっと……マリー? もう一杯いいかな?」
三杯目を催促するとマリーは、シメオンへ振り返った。
するとシメオンは、
「もう一杯ぐらいなら飲んでも毒にはならん。ここはもう一杯ほど念のため飲んでおいてもいいじゃろうな」
白い髭を指で整えながらシメオンは、マリーへそう伝える。
どうやらシメオンという初老の男は、アリスティア教という宗教の司祭様らしい。
ただの水だと思って飲んでいたが、明らかに力が漲ってくる。
ひょっとしたら回復ポーションの類なのかもしれない。
三杯目を飲み干すと、親父が俺の背中を軽く撫でた。
「この調子ならもう大丈夫だな、ルーシェリアよ。父も心配していたのだぞ」
親父はそう言うと表情を緩めメアリーに振り向き、
「ルーシェリアへの献身的な看病、御苦労であった。さぞ疲れたであろう。遠慮なく休息を取るがよいぞ」
それに対しメアリーは、ぶんぶんと首を振り、
「と、とんでもないですっ!」と、あたふたしながら返事をするのであった。
母親のエミリーもメアリーに笑顔を向け、
「メアリーちゃん、ほんとうにありがとう。ルーシェがこんなに元気になったのもあなたのおかげですよ」と、淑やかに微笑みかけた。
メアリーはメイド服だし、この家で雇われているメイドなのかもしれないな。
ゴシック調の黒いドレスがとても似合っており、三連星のカチューシャの髪飾りが可愛らしい。秋葉原のメイド喫茶に彼女がいたなら、文句なしで一番人気になるだろう。
ここは俺の口からもちゃんとお礼を言わないとだ。
「父さん、母さん。メアリーのおかげで元気になれました」
俺の心の隙間はメアリーが埋めてくれた。これからはブサメンでも頑張ってみようと思う。すぐには無理かもしれないけど、人生をやり直すチャンスなのだ。
しかし――――なんだか様子が変だ。
親父は眉をしかめ、母親のエミリーは俺の顔を呆然と見つめた。
何かマズイことを言ってしまったのだろうか……。
「……父さん? 母さんか……?」
親父が「う~む」と、唸り顎に手を添えた。
すると今度は母親のエミリーが、
「……ルーシェ? いつも父君、母君と申しておりましたのに?」
ああ、なるほどな。ひょっとしたら俺は生まれ変わったのかもしれないな。
仮説だが、前世の記憶を持ったまま生まれ変わり、この身体になってからの記憶を失ってしまったのかもしれない。そう考えたら赤ちゃん転生ではない理由にも説明がつく。
だがしかし――――それはあくまでも仮説だ。この身体は紛れもなく俺自身の身体なのだから……転生なら肉体も変わるはずなのだ。普通そうだよな? 俺は自問自答しつつ、一つの可能性として考えることにとどめた。
ふと我に返ると、エミリーがまた心配そうな表情をしていた。
「……母は心配です」
「ルーシェ様は病み上がりで記憶が混濁してるようなのです」
メアリーが不安げなエミリーにそう伝えると、親父が俺に質問をしてきた。
「ルーシェリアよ。ここにいる者の名を全て申してみよ」
メイドなのがメアリーで、水をくれたのがマリーだろ?
母親がエミリーで、司祭がシメオンだ。
そういや……誰も親父の名を呼んでいない。
親父の名前だけが分からない。
「どうした? ルーシェリア? 早く皆の名を申してみよ!」
困った……どうしよう……。
いや……それよりもブサメンの俺は注目を浴びると弱気になるのだ。
委縮してしまうのだ。
「皆の名を忘れた訳ではあるまい?」
特に親父が真剣な眼差しを飛ばしてくる。
「ルーシェ、母の名は分かりますよね?」
エミリーは物凄く心配そうな表情だ。母親だもんな。
声のトーン落とし小さく呟いた。
「母君はエミリーです……」
「よかったわ、ルーシェ。母は安心しましたよ」
エミリーの表情がぱっと明るくなった。
「ねえ、ねえ、私は?」
マリーが自分を指差しながら聞いてくる。
「マリーだよ」
「よかったー! ルーくん、さっき自信なさそうにマリー? ……だっけ? って言うんだもん。マリーのこと忘れちゃったかと思って気にしてたんだ」
マリーは俺の手から空のコップを受け取り、俺の頬をツンツンする。
俺のブサメンをツンツンしても誰も得しないぞ……。
「うん。大丈夫だね! じゃあ、ルーくんが甘えて抱きついてたお姉さんは?」
メアリーに泣きついていた情けない姿を……妹かな? ……に見られていたのか……恥ずかしい。
あからさまに言うもんだから、メアリーまで恥ずかしそうにしてるじゃないか。
「ねぇねぇルーくん、メアリーさんの名前は覚えたよね?」
てか……モロに名前言ってるじゃないか……。
「もちろん、わかるよ」
「うん、それだけわかればもう十分っ! ルーくんへの質問はこれで終わりだよ!」
しかも――――覚えたって意味わかんねーし。
でも、とりあえず助かった。
母親の名前を答えたのに親父の名前が答えられないって変だしな。
だが、ここで、親父がオレ? オレ? は? と、言いたげに顔を乗り出してきた。
話題が逸れたと思ったのに……どうしたものか。
「ルーくん、病み上がりで疲れてるからもういいじゃない!」
マリーの言葉に親父は不貞腐れたようだ。
しかも追い打ちのようにエミリーが、
「そうですよあなた……ルーシェは病み上がりなんですから質問攻めは身体に堪えるでしょう」
「ほんと、そうだよ。ルーくんはもう元気になってるんだから!」
その様子を眺め見ていたシメオン司祭は苦笑いをしていた。
「うーむ。まあ、よかろう」
親父はそう言いながら渋々と折れてくれた。マリーに感謝だな。
ふと、メアリーに視線を向けたら、未だに恥ずかしそうに頬を染めていた。
俺にとってこの世界は未知の世界である。この世界がどんな世界なのかも分からないし、皆の好きなことや嫌いなことだって知らない。地雷を踏むような発言は避けたいし、何よりも俺自身がどうしてこうなったのかまったく理解していない訳である。
ほっとした俺は窓へと視線を移した。ここは二階の部屋の様だ。見渡す街並みは、やはり洋風な佇まいであった。日は傾き空は夕日で淡色に染まっていた。
「私はそろそろ夕飯の支度に取りかかります」
そう言ったのはメアリーだ。
「今晩はルーシェの快気祝いも兼ねて豪勢にいきましょう」
エミリーも俺の為に腕を振るってくれるようで、メアリーを伴って慌ただしく部屋を出ていった。
親父とシメオン司祭も部屋を出ていく。
そして――――部屋には俺とマリーだけが残った。
マリーはベッドに飛び乗ると、にぱーっと笑みを零し、不可解な言葉を発した。
「パパ、やっと二人っきりになれたね♡」
「へ? パパ?」
意味がさっぱり分からない。パパってなんだ?
俺は頭に疑問符を浮かべ、しばし呆然とするのであった。
家族愛もテーマに盛り込んでいきたいと思ってます。