プロローグ4
部屋の掃除も終わり、名前の無い少女と共に三人で夕食をとり、各々が部屋に帰ってから十分ほどして、影人の部屋に翔子がやってきた。
「…………」
「…………」
部屋に入った翔子はいつも通りの定位置に座り沈黙し、影人も全く同じ状態だ。
言いたい事はある。ありすぎて何から話すべきなのか二人とも悩むほどで、だからこその沈黙だった。
「あの子、何で狙われてると思う?」
切り出したのは翔子で、その質問に影人は即座に答えた。
「多分、スキルかアビリティだろうな」
「まあ、そうなるよね」
翔子も同じことを思っていたようであっさりと頷く。
拡張現実では使用時に効果を発動するスキルと、常に何かしらの効果を発揮するアビリティ、そして魔法が存在する。
それらの習得方法は、初期習得かレベルで習得かアイテムで習得の三つだ。そして、それは誰一人として共通なものはいない。
もちろん同じものを習得する事もあるが、オンリーワンな効果を持つものも多く、影人や翔子もそれを持っている。
だからこそ、二人は、何かしらの特別な力を少女が持っていると当たりをつけていた。
「でも、多分それだけじゃないわね。あの子の外見が忍に瓜二つなのにも何かしらの関係があるはず」
「だろうな。ついでに言うなら狙ってるのは多分個人じゃない」
「それは?」
「俺がPKした奴らの中には指揮官らしい男が存在した。だけど、そいつ指揮官にしては弱すぎた。なのに雇われの男には強気だった。だから多分、そいつの後ろに誰かがいたんだと思う」
「性格だったって可能性は?」
「もちろんある。けど、可能性は低いだろうな。指揮官と雇われのやつにはそれほどの強さの差があった」
「なるほど。って事はあの子はとびっきりの厄ネタってわけね」
「まあ、そうなるな」
そこで会話が途切れる。そして翔子がフッと笑った。
「まあ、結局様子見ね。今は情報が少なすぎるわ」
「だな。まずは情報収集からだ」
事態が進展したわけではないが、お互い口に出すことで整理は出来たのだろう。話しはじめよりも二人は幾分やわらかくなっていた。
「後はあの子にも強くなってもらわなきゃね」
「そうだな。せめてある程度は自分の身を守れるようになって欲しいところだ」
影人も翔子も他人を守るような戦い方は得意ではない。今回のように何とかなればいいが、選択肢は少しでも多いにこした事は無い。
「んー!」
話も一区切りし、翔子がぐいっと背伸びをする。
「さて、それじゃ、私はそろそろ戻るわ。後は明日あの子を交えて三人で話しましょ」
「了解。そんじゃまた明日な」
「うん。おやすみ影人」
「おやすみ」
そんな風にこの日の会議はお開きになったのだった。
「ん?」
翔子が出て行ってからしばらくし、そろそろ寝ようかと影人が思っていた時、ふと物音が聞こえた気がした。影人が音がした方、部屋の扉に目を向けると、再び物音がした。
こんこんという控えめな音。それと同時に聞こえてくる遠慮がちな声。
「あの、まだ起きてる?」
聞こえてきたのはまだ名前も解らぬ少女の声だった。
「ああ、起きてる。入ってもいいぞ」
影人がそう言うと、扉が開き、少女がそろそろと入ってきた。
「どうした?」
クッションをを渡しながら影人が聞く。それに少女は知り合ってから何度目かも解らない困ったような笑顔で言った。
「改めて、お礼を言っておこうと思って。それ以外もあるけど」
少女はそう言うと佇まいを改め、影人に丁寧に礼をした。
「助けてくれて、ありがとう」
「ああ。まあ、気にするな。勝手に助けたのはこっちだ」
「まあ、そうなんだけど」
「それで、それ以外ってのは?」
「うん。あのね、何で助けてくれたのかなって思って」
「…………」
「影人くんも翔子ちゃんも、親切にしてくれてるけど、でも、理由があるんでしょ?」
懐かしい声に、懐かしい呼び方。それに気を取られ返事が遅れた影人に、少女は慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、もちろん。話したくないならいいんだよ? ただ、気になっただけだから」
そんな少女の言葉も、仕草も、影人には全てが懐かしかった。こうやって改めて対峙してみても、やはり記憶の中の少女と目の前の少女はそっくりだ。
だからか。影人は自然と口を開いていた。
「昔の知り合いに似てるんだ。水瀬忍って言うんだけどな。昔、助けることの出来なかった、友人だ……」
「そうなんだ」
「ああ。瓜二つってレベルでそっくりだ。だから、まあ、俺も翔子も放っておけないんだ」
「…………」
「幻滅したか?」
「んーん。聞いたのは私だし、それに納得も出来たから。助けてもらったのは事実だしね」
「そうか……」
少女ならそう言うだろうと影人は思っていた。姿かたちだけじゃない。その考え方ですら目の前の少女は記憶の中の少女と変わらない。
このままだと良くない。例え関係があるにしても忍と少女は別人なのだから。だから影人は言った。
「名前、決めるか」
「え? いいけど、唐突だね」
そう言いながらも驚いた様子の無い少女は本当に適応力が高い。
「何か希望はあるか?」
「んー、そうだね」
悩むように首をかしげると、少女の白い髪がさらりと流れた。
「白」
「え?」
「あ、すまん。髪の毛、綺麗だなと思って」
言ってからちょっと恥ずかしい台詞だったことに気がつく影人。それに慌てて口を開く。
「白、は流石に犬みたいだしな」
「私はそれでもいいけど」
「いや待て。考えさせてくれ」
そう言って改めて少女を見る。よく考えれば忍にそっくりだと言うところしか見ていなかったが、改めてみると少女の真っ白な髪の毛は本当に綺麗だ。
それを見て、ふと影人は閃いた。
「真っ白……いやそうだな。真白ってのはどうだ?」
安直過ぎるかもしれない。だけど、少女に似合ってるとも思った。影人がそう言うと、少女は今度は困ったようではなく、ちゃんとした笑顔で頷いた。
「うん。いいよ。じゃあ、私は今から真白だね」
その笑顔に何故か影人は少しだけドキリとした。だけど、目の前の少女、真白はそれに気づかず、嬉しそうに言った。
「ありがとう、影人くん。これからもよろしくね」
「ああ。よろしくな」
まだ、少女を見て忍の事を思い出さないという事はできない。そう簡単には切り替えられない。だけど、やっぱり目の前の少女は真白だ。忍ではない。
名前をつけたことにより、影人は本心からそう思う事が出来た。
こうして、秋町影人と朝比奈翔子。そして真白の訳あり三人組の同居が始まったのだった。




