魔法使いが仲間になったようなんですが!!
「私もあなたといっしょに旅に連れて行ってください」
目の前の美青年がにっこり笑って言います。
(きゃあああああああ!!)
賛成!私は賛成ですよ!少年!!美青年の満面の笑顔!!ごちそうさまです!
「だが、お前は…」
「それとも、元『魔族』の私は信用ができませんか?」
「そんな訳があるか!!怪我も治っていないのに、無理をするなと言いたかったんだ」
…少年。少年の方が重症ですよ?!腕を骨折していて、剣でいたる所を斬りつけられているじゃないですか。痛々しいですよ…。入院中のあなたは青年の頬っぺたのかすり傷を気にしている場合ですか?ほら!青年もその後ろにいる青年を連れてきたギルド職員さんも苦笑しているじゃないですか!!
「私は一応魔法使いなので、あなたの役に立てると思います。お願いします」
頭を下げる魔法使い。ねえ!少年!連れて行きましょうよ!こんなに言っていることですし、魔法使いはきっと悪い人間じゃないです。ちょっと憎しみに心を奪われただけです。大切な人間を奪われたのです。仕方がないです。なにより美形ですし…。
「…わかった」
(やった――――!!)
ああ!今から旅が楽しみです!なんて眼福過ぎるんでしょう!両手に花っぽくないですか?
そんなことを考えていると、少年と話していた魔法使いがじっと私を見つめています。はっ!見つめられています!私のすごさに気が付いたのですか?!
「あの剣は…あなたのものですか?」
「そうだが…」
魔法使いみたいな美青年に見つめられるとちょっと恥ずかしいです!!どきどきです!
「…あんな冒険者の初期装備よりもしょぼい剣が…?」
(…ん?)
「その内ゴミになりそうなクズ剣ですね」
(…)
少年が鼻で笑った魔法使いに怒っています。馬鹿にするなと…。ええ。馬鹿にされたのは私です!
前言撤回します!
(やっぱり少年と2人がいい!!!!)
ちょっと前置きが長くなってしまいましたが、みなさん、こんにちは!異世界で『剣』になっちゃった元『日本人』の『女』です!
初めての冒険に出た私と少年は元人間の『魔族』に遭遇してしまったのですが、私は絶体絶命のピンチの中、新たな能力を開花させたのです。
殺さずには救えないはずの『魔族』を傷つけることなく、世界の悪意の塊『魔王』によって植えつけられた『悪意』のみを切り捨てる能力。
きゃ!私、かっこいい!!
と、ひとりテンション高くいた私なのですが、どうやらギルドの人たちも助けた魔法使いの青年さえも、この類まれなる能力をもっているのは少年の方だと思っているみたいなのです。今度、少年の怪我がよくなったら、ギルドで捕まえている『魔族』を元に戻せるのかを試してほしいと、少年にお願いしていました。
(…ひどい…。私なのに…)
確かに、私はなんの変哲もないただの剣です。どうせ私は、「冒険者の初期装備の剣よりもしょぼい」「のちにゴミになりそうな剣」ですよ。人を見た目で判断するなと親から習わなかったんですか?!…私、人じゃありませんけど。
「俺じゃないのにな…。だって、『魔族』にお前じゃなく手持ちナイフで斬りかかったときは頬に傷を負わせるだけだった」
青年とギルドの職員が帰っていった夜。少年は折れていない方の手で私を撫でながら悲しそうに呟きます。
(少年、少年。大丈夫!あんな人たちになんて思われたって気にしないから!少年にさえ信じてもらえていたら!)
「お前はすごいな。俺には勿体ないくらいだ」
(すごい?私、すごい?!少年に褒められちゃった!!)
「本当に…俺には勿体ないくらいだ…」
あれ?少年、どうしたのです?なぜ、そんなに悲しそうなのですか?あぁ!慰めることも話を聞くこともできないなんて!!なんて、私は役立たずなんでしょう!
膝を抱えてうずくまる少年にかける言葉もないなんて…!泣かないでほしいです。少年が悲しいと、私も悲しいです。
「…俺は…無力だ……」
…呟くその言葉に私はわかってしまいました。
少年。悔しいのですね。手も足も出なかった自分の弱さに無力さに…悔しくて悔しくて、仕方がないのですね…。道場でそこそこ使えたはずの剣技が通用しなかったことに打ちのめされてしまったのですね。…実を言うと私もです。少年が殺されかけているのに、比喩でもなんでもなく手も足も出ない自分が本当に嫌でした。助けになりたいと…心から思いました。だからこその力だと思っています。
「…強く…なりたいな……」
涙が滲む声で、それでも強い決意を感じました。あなたはなんて強いんでしょうか。自分の無力さを弱さを見せつけられて、それでも前に進もうと、強くなろうとする。
少年、私も強くなりたいです。私は『魔族』に会ったとき人間を傷付けることを恐れて、街に戻ったらおじさんのところに帰ろうと…あなたを置いて逃げ出そうとしていました。私は弱すぎます。
あなたの力にもっとなりたいです。
…声が聞こえないって虚しいですね。私があんなに、あんなに反対していたのに!
(…私の意見なんて、風の囁きにもならない…)
まぁ、現に私の声は誰にも全く聞こえないので本当に風の囁きよりも小さいんですが。
どうやら魔法使いが仲間になったようなんです…。納得いかないです。今回ばかりは私のチートばりの呪い(?)は成功しませんでした。
少年は仲間ができて嬉しそうですし、魔法使いも時々毒舌ですが、気の利く、いい青年なんです。その「時々」は、主に私を馬鹿にする言葉なのですが…。相応しくない?買い替えろ?止めてください。少年が本当に剣を買い替えたらどうしてくれるんですか?!泣いちゃいますよ!
少年の怪我が治って、今は旅の途中です。ギルドでも少年の能力(正確には私のなんですけどね)が認められたのですよ。国王陛下に呼ばれかけたり、教会に呼ばれかけたり、なんだか、面倒なことになりそうだったので、少年はさっさと旅立ちましたよ。追いかけてくる人たちを巻いての旅です。
少年は野宿の途中、魔法使いの過去の話を聞いています。とある商人の養子になったと思ったら、その商人が『魔族』に殺されてしまうとか…魔法使いにもいろいろあるのですね。毒舌ではあるけれど、やはり心根は優しい青年です。魔法使いの過去はちょっと…いえ、かなり泣きそうでした。…涙腺はないんですけどね。
魔法使いにもやはり、失った大切な人がいたのです。
(しかし、羊の獣人執事を持つ商人?羊の執事?どこかで聞いたような…どこでしたっけ?)
とにかく、その人と仲間を失った悲しみと憎しみで『魔族』に落とされた。悲しみの連鎖はいつか断ち切れるのでしょうか?『魔王』を倒せば、無くなるのでしょうか?それにしても、『魔王』と言うのはいったい、『何』なのでしょう?
「旅の途中、豪雨に見舞われ、仲間と共に雨宿りに立ち寄った洞窟。そこで、出会ってしまったのです」
あら?気が付けば、話は終盤ではないですか。
「『魔王』…」
「ええ、そうです。それからのことはあなたも知っての通りです」
「『魔王』とは…どんな姿をしているんだ?」
あ!それ、私も気になります!
「……それは…」
…世の中には聞かなくていい話と言うものは確実に存在しているのですね。聞くんじゃなかった。
少年も顔が真っ青です。これは聞いてはならない話でした。聞かなければ、『魔王』と対峙するまでは知らなかったことですよね。
「…あなたはそれでも『魔王』と敵対しますか?」
魔法使いが真剣な顔で少年を見つめています。そうですね。少年。
(逃げたって…いいよ。少年)
まだ旅を始めたばかり、私とも出会ったばかりですもの。今なら、引き返すことだって可能ですよ。
「…俺は…」
少年が言い淀んでしまいました。結局、少年がその日答えを出すことはありませんでした。
強くなると決意した。前に進もうとしていた。それでも、『魔王』と戦うことは…容易に決断できるものではありません。
果たして、『魔王』を前にしても、揺るがない気持ちが持てるのでしょうか?もしも、躊躇ってしまえば、やられるのはこちらです。
少年は答えをだせないまま、魔法使いと旅を続けていました。
「うわあああぁ!!化け物!!」
そんな風に叫ばれることは1度ではありません。魔法が受け入れられるのに、なぜ変わっているものは拒否されるのでしょう。
「『魔族』を人間に戻せる?!だったら、なぜ20年前、俺の両親をたすけなかった!?」
そんな風に理不尽に怒鳴られることも…。
「人間に戻った?信じられるか!そんなこと!殺せ!『魔族』を殺せ!」
助けた人間を人間に殺されかけたことも…。
何度も何度も罵倒され、裏切られ、怒りを向けられる。そんな旅が続き、私は本当に腹が立っていました。
(もう止めよう!少年)
辛そうな顔も、泣く姿も、傷付けられるところも見たくないです。何度も何度も心が傷付けられる。そんな想いをしてまで、救う意味があるのですか?!
笑顔がなくなっていく少年に、私は見ていられなくなりました。ですが、伝わらないのです。わたしの思いは…。もう止めてほしい。でも、この能力を発動させていないと、『魔族』に狙われ始めた少年を守ることもできないのです。
私は本当になんて役立たずなんでしょう。この能力に調子にのって、一番大切な少年を窮地に立たせている。少年の心を守ることもできない。いっそ、少年が私を手放してくれれば、いいのかもしれません。
そんなことを考えていた私にバチが当たりました。
ここはどこでしょー?
少年が体調不良で宿の一階食堂でとっていた食事を中断して二階の部屋に魔法使いと向かったのは見ていました。置いていかれる私。
その後、戻ってこない魔法使い。
少年が心配で、私は一人、意識を飛ばしていました。いえ、寝ていません。ぼんやりとこれからのことを考えていたのです。
それが、なぜ今、ここにいるのかの理由にはなりませんよね。
(きゃああああ!!ゴキ!!ゴキがあああ!)
がさり!
(ひいぃ!ネズミがあああ!)
…えぇ、ゴミいれです。恐らく、路地裏にあるゴミ捨て場です!
なぜ、こんなところに来るまで気が付かなかったのでしょう!?ぼんやりし過ぎじゃないですか?!私ぃぃぃ!
(だれ?!誰がこんなところに!?)
というか、誰かは知りませんが、重さを10倍にしている私をよく持ち上げましたね。…ところで10倍ってどのくらいの重さなんでしょう?現代日本にいた私にロングソードの重さなんてわかるわけが…。
あっ!ちょっと!服(鞘)をかじらないで!止めてください!エッチ!
ちょっと!身体をはい回らないでください!気持ち悪いです!
(ふえぇぇん!助けて~!少年!たすけて!しょうね…)
…本当に…助けてもらっていいのでしょうか。このまま、少年と別れた方がいいのでは?少年のためにはこのまま…。
……私はワガママですね。
少年のためにはこのまま別れた方がいいのに…。
(私が少年の側にいたい!)
やっぱり、少年が私を手放すその日まで、私は少年の側にいます!私は最後まで少年といっしょです!
ぞわり!
あれ?なんでしょう?なにか…嫌な予感が…。なにか、少年に危険が迫っている気がします!
今すぐ助けに行かなくちゃ!
…でも…どうやって?
胸騒ぎが止まないまま(胸はないんですけど)、しばらくネズミやゴキに這い回られる感触で精神的に追い込まれていました。
(しぬ!しんじゃう!気持ち悪いのぉ!うっうっ!助けて~!)
鼻が無くてよかったと、今日ほど思ったことはありません。どうせなら、触感もなければよかったのに!ハエもたかっているんですよ…。強烈な臭いなんでしょうね。…助けられたら、是非とも服(鞘)を着替えたいです…。臭いが染み付いてて、少年に顔でもしかめられたら、乙女の私はもう立ち直れないです…。
テンションが最底辺まで落ち込みつつありました。このままでは地面にのめり込みます。私のテンションが!
「…こんなところに!よかった!」
(魔法使いぃぃぃぃ!!)
息を切らした魔法使いが路地裏のゴミ捨て場に通じる通路に立っています。
なんということでしょう!魔法使いに後光が指しています。いえ、薄暗い路地裏には光が届かなくて、唯一大通りに通じる、魔法使いが立っている場所だけ、日が当たっているからではありません!私には魔法使いの背中に羽が見えます!
(天の救い!)
魔法使いがゆっくりと近付いてきます。感動です!感激です!!
(ありがとう!魔法使い!迎えに来てくれるなんて思わなかった)
…あれ?どうして、ちょっと離れたところで止まるのですか?
「…私は買い換えた方が彼のためだと思うのですが…彼が、気にしていたので…」
少年!!…というか、魔法使い、ツンデレ発言になっていますよ。「別にあんたのためなんかじゃないんだからね!」という、副音声 が聞こえたのは私だけでしょうか?
あれ?魔法使い、どうして私を持つのにハンカチで持つところを包んでいるのですか?
「…くっ!…」
ん?魔法使いが私を持つのに力を入れます。
「…なんだ!?この重さ…」
持ち上がらない私に魔法使いが唖然としています。
(あああぁ!しまった!)
重さを変更していません!また重いと言われてしまいました。女の子に重いなんて!!傷つきます。
ぐっと力を入れて、私を両手で持ち上げた魔法使いは、あまりの重さに手が震えています。…本当にどのくらいの重さなんでしょう?でも、非力そうな魔法使いが持ち上げられるなら、10倍というのは、頑張れば持ち上げられる重さと言うことですね。
(軽くなる軽くなる!少年と魔法使いには軽くなる!!)
「!!?うわっ!!」
おぅ!急に軽くしすぎて魔法使いが転びそうになってしまいました。
「軽く…なった?」
驚きすぎてぽかん顔になっていますよ?まぁ、魔法使いはね。迎えに来てくれましたし…少年も気にいっていますし…仲間って認めてあげてもいいですよ。
…私もツンデレ発言ですかね?コレ。
私が一人で考えている間に、魔法使いは宿に戻っていきます。
(魔法使い魔法使い!急ぎましょう!少年が多分ピンチです!!)
私の第六感がそう告げています!…あれ?でも、味覚と嗅覚はないので第六感ではない気が…?
歩いていた魔法使いは私の呪い(?)の効果を受けてなのか、走り出しました。魔法使いはやっぱりいい人です!!わざわざ気に入らないはずの私を迎えに来てくれるなんて!!
(魔法使い!ありが…)
「…臭い…」
(うっ!うっ!)
臭いって…臭いって言われました!ショック!ショックです!!ひどいです!!女の子になんてことを言うんですかぁ!そこは思っていても言わないのが、優しさですよ!
どおぉぉぉぉぉん!!
落ち込んで、うじうじいじけていた私はその音に息を飲みます。…ただの比喩ですよ?吸う息がないのは分かっていると思いますが…。
「なんだ?!」
魔法使いも驚いています。
(魔法使い!行こう!!少年が…!!)
魔法使いは音の方に走っていきます。逃げ惑う人があちらこちらにいて、思うように進めませんが、魔法使いはそれでも進んでいきます。
(少年!!)
膝をついて、肩で息をしている少年が眼に入ります。あぁ!体調が戻っていないのですね!顔色が悪いです。その少年の前には…!!
「『魔族』!!」
魔法使いが叫びます。
黒い魔力が身体から立ち上り、額が割れ、そこからは黒く長い角が出ています。隠す術がない、『魔族』の特徴。大昔から変わることのない変化。
「魔法使い!!」
声で気が付いた少年がこちらに視線を向けてしまいます。
(あぁ!危ない!!)
にやにやと笑う『魔族』青年が持っていた剣を少年に振り下ろそうとします。
(少年!!!!)
ガアァァァァン!!
(魔法使いいぃぃぃぃ!!!)
すんでの所で少年に結界を張った魔法使い。よかった!間に合ったようです!
「魔法使い!剣を!!」
(少年!)
私はまだ、あなたに必要とされていますよね!魔法使いが投げた私が放物線をえがくように宙を舞います。私が思うことは1つです。
(魔法使いのノーコン―――――!!)
どこに投げてるんですか!?めちゃくちゃ『魔族』の真上じゃないですかぁ!!
「「あ…!」」
二人の声が揃いました!勝利を確信した『魔族』は私に魔法を放ちます!
(きゃああああ!!いやあああぁぁ!)
火が!火の玉が迫ってきます!
(ひいぃぃ!当たらないでぇぇ!)
バシュッ!!
(あ、あれ?)
私に当たった瞬間に火の玉はかき消えてしまいました。少年も魔法使いも呆気に取られています。不可解な顔をした『魔族』が更なる攻撃にでますが、私は全てをかき消していきます!…落下しながら…。
ちょっ!止めてください!衝撃で落下地点が変わっちゃう!
(あ!)
ドスッ、と刺さった私。その落下地点に…。
「うわぁぁー!!」
男性がいました。しかも、見た目、胸にぶっすりと私が刺さっています。…頼むから避けるとかしてください。
「きゃああああ!」
「ひいぃぃ!」
逃げ惑う人々もその状態に気が付いたらしく、悲鳴が響き渡ります。『魔族』がニヤニヤ笑っています。
そんななか、少年がいつのまにか、串刺しならぬ私刺しになっている男性の側に来ていました。
「大丈夫だ。落ち着け」
パニックで、今にもショック死しそうな男性に少年は落ち着いた声で話しかけます。
すると、男性は少年の声に我に返ります。そして、自分の刺さったままの胸を見つめます。
「……痛みが…ない?」
お!気が付きましたか?少年がゆっくりと男性に刺さった私を引き抜いていきます。抜けきったところで、男性はホッと息をはきます。そして、おもむろに服をまくりあげます!
「傷がない!?」
刺さったはずの男性の胸には傷ひとつありません。これには周囲の人々からも驚きの声が上がります。『魔族』は驚きで大きく眼を見開いています。
ふふふ!私のチート能力にドッキリ大成功な気分です!
少年は驚きのあまり固まっている『魔族』に向かって走り出します!私をしっかりとその手に握りしめて!!
そして…。
□□□
「おい!見せてくれよ!」
「本当だ!傷1つない!」
「すげぇ!どうなってんだ?」
剣が刺さった男性は集まった他の人に見せつけるように自分の胸を晒していた。
「な?な?すげえよな!全然痛くなかったんだぜ!!」
少年が『魔族』を斬った瞬間、『魔族』化が解けた。そんな状況に周囲は大混乱だった。軍隊やギルドの人間が駆けつけ、周囲はパニック寸前。ギルドの職員が『魔族』化の解けた青年を連れて行き、軍隊が群衆を解散させる。少年と魔法使いは混乱の最中、姿を消していた。そんななか、母親の手に繋がれた小さな女の子は母親を見上げる。
「お母さん。あの剣すごいね!」
「そうね。すごかったわね」
母親は眼にした奇跡に信じられない面持ちだ。
「お母さん」
愛しい我が子に呼ばれ、母親はほほ笑みを向ける。
「『魔族』が人間に戻るなんて…奇跡ね」
ふ~ん、と返事をした女の子はぱっと閃いたような笑顔で母親を見上げる。
「お母さん、あのお兄さんは…『勇者』さま?」
その女の子の言葉は母親に向けてのものだったが…その場にいた誰もが納得するものだった。そして、その場から街へ、街から街へ、果ては街から国中、大陸中へと救いの勇者の話は広がっていく。奇跡の剣…『聖剣』に選ばれし者として。
■■■
「…臭うな…」
「…ええ、まぁ。ゴミ捨て場にあったので…」
がああああぁん!!しょ…少年に…臭いって…臭いってぇ!!
(うわああぁぁん!!)
「『魔族』が剣を始末したと言っていたから、もう戻らないと思っていた」
少年が嬉しそうに笑います。
(少年!少年が笑っています!)
「本当に…その剣が『力』を持っているのですね。信じられない…」
まぁ、誰も持っていない状態でのあの力は、信じさせるには十分でしょうね。…なのに、信じられない、とはどういうことでしょう?!こんなしょぼい剣なのに?ってことですか?…泣いていいですか?
少年は顔をあげて、まっすぐに魔法使いを見つめます。
「…なぁ、魔法使い。
俺は…『魔王』を…」
少年の決意を聞きました。どんな結末になろうとも、あなたはあなたの道を進んでいくのですね。ならば、私はあなたの剣となり、盾となります。…剣にはもうなってました!
あなたのために私は強くなります!あなたを守り、あなたのために力を惜しみません!だから、ずっと側に居させてください!ずっと笑顔を見せてください!あなたの笑顔を守りたい!あなたの心を助けたい!
たとえ、あなたが私の声を聞けなくても、私をただのモノだと思っていたとしても。
私はあなたが大好きです。
さわさわと風が草原に吹き抜けます。気持ちいい風…。
(ねえ!勇者!風が気持ちいいですね!)
別に同意は求めてませんよ?ただの独り言なんです。どうせ、誰にも聞こえないんですし…。最近、よくこんな風に勇者に話しかけることが増えましたよ。だって!だって!!魔法使いや騎士や一時的にですけどトカゲさんが仲間になって、勇者は私に話しかけてくれることが少なくなってしまったんですもの…。さみしい…。大事にしてくれているのに、さみしいんです。無機物に話しかける勇者っていうのも考えさせられますけど、私はもっと話しかけてほしいんです!!地面に「の」の字を書いてやりますよ!…心の中で…。
いじけていると、私を見ながら勇者はふわりと笑います。
「…風が心地いいな」
勇者!勇者!!あぁ!泣きそうです!
私の声は届いていますか?私の心はあなたの心と共にありますか?長い旅の中で、あなたはいつしか私の声が聞こえるようになったのではないかと…そんな夢物語を見てしまいそうになります。本当は私の声が聞こえていたのではないか?と…!だって、あなたはいつだって、私の欲しい言葉をくれる!届かない想いを酌んでくれる!
いつか、私のこの想いを伝えられる日が来ることを、夢見ています。
ねぇ、勇者…?
「聖剣2」の魔法使いに「冒険者の初期装備よりもしょぼい剣」と言われたというくだりから書き始めた話です。
ありがとうございました!