10年ぶりの再会
顔はいいけど性格に難ありな男に惚れた男の話。
今の時期が忙しいのは知っている。
いくら俺のガタイがいいとはいえ、立場上、現場で肉体労働をするわけにはいかないことも。
「だからって、なんで俺が駆り出されるんだよ…」
1時間ほど前、実の父親である建設会社社長から直々に仕事を言い渡された。
指示された仕事は、ある場所で書類をもらってくること。
書類の内容も、どこへ取りにいくのかもわからない。
いくらないんでも指示が雑すぎやしないか。
書類の受取だったら、バイク便だとか色々と方法はあるはずなのだ。
仮にも次期社長候補がするような仕事とは違う、気がする。
そんでもって、本社まで迎えに来た長身の運転手はえらい無口ときた。
話しかけても会話が続かないし、目も合わせようともしない。
これがコミュ障ってやつか、初めて見たぞ。おかげで道中の空気は最悪だった。
そんなわけで、なにもかも気にくわない。
車の窓から堅牢な洋館風の木造住宅が見えてくる。どうやらあそこで書類を受け取るようだ。
目的地に着いて車を降りた俺は、イライラとインターホンを押した。
「お名前をどうぞ」
「袴田直哉の使いで来た。袴田直衣です」
「いらっしゃいませ、袴田さま」
金属製の柵門が自動で開くと、緑の敷地に正面口まで白い石畳の道が延びている。
夏の日差しが石畳の白に反射して眩しい。俺は目を細めた。
玄関の扉を開くと、メイド服の使用人が出迎えくれた。
大きな屋敷だとは思ったが、メイドまでいるのか。
黒いワンピースに白いエプロン。スカートはひざ下まである。正統派ってやつか。
どうぞこちらへ、とかけられた声はインターホンで聞いたそれと同じものだ。
使用人が歩く度に後ろについたリボンの揺れるのが気になってしょうがない。
「外は暑かったでしょう。後ほど冷やしたコーヒーをお持ちしますね」
「いえ、そんなおかまいなく」
メイドさんは、名前を穂積というらしい。
名前を聞いたのは、店員だろうが誰だろうが自分が世話になる人は名前で呼ぶよう、親父にしつけられたせいだ。他意はない。
にこりと微笑む彼女の表情は柔和で、今までのイライラが吹き飛んだ。
これが癒し系っていうんだろうな。さすがメイドさん。
さっきの運転手とは雲泥の差だ。たしかあいつは後藤とかいったか。
「お連れしました」
ノックを3回。通された部屋には男が一人。
書斎と応接室を兼ねているらしく、壁には本棚が並び、ガラス張りのテーブルと大きなソファが中央に鎮座している。
作業用の広い机にはパソコンのディスプレイがいくつもあり、男はその奥にいる。
小気味よいタイピング音が響く。
「来たか。さっさと持ってけ」
俺の姿を一瞥すると、挨拶もそこそこに、屋敷の主人らしい男は小さななにかを投げてよこした。
穂積さんがそれを受け取り、俺にそっと手渡してくれた。
てっきり分厚い書類を渡されると思っていたのに、俺の手に載っているのはUSBフラッシュメモリ。
小さくて軽いならそれに越したことはない。
穂積さんに短く礼を言い、落とさないうちに胸ポケットへしまう。
「どいつもこいつもまとめて仕事ふっかけてきやがって。こっちのことも考えろ」
ぶつぶつと一人言る間も、屋敷の主人はタイピングの手を止めない。
客が来てるというのにこの態度。
俺は、この横柄な態度にも不機嫌そうな顔にも覚えがあった。
「怜司さま、だめですよちゃんと まばたきしないと」
ドライアイになります、と主人に駆け寄り、穂積さんは慣れた手つきで目薬をさした。
その様子を見て俺は思わず口を開く。
「怜司さま……ってことは、やっぱお前 怜司か!」
「なにわけわかんないこと言ってんだ」
目を閉じ、怜司と呼ばれた男が眉間を揉みほぐす。
顔の造形はもちろんだが、相変わらず指の爪の形まで綺麗だ。
寝不足でやつれていてもサマになるのだから、美形は得だとつくづく思う。
蓮見怜司。高校時代の同級生だ。
「受け取ったんならさっさと出ていけ。こっちは忙しいんだ」
手をひらひらさせ、怜司は俺に退室を促す。
「ほら俺だよ、高校で同じクラスだった!」
「騒ぐな、バカマダ」
「なんだよわかってんじゃんかよ」
バカマダは学生時代のあだ名だ。命名は怜司。馬鹿と袴田を合わせたらしい。
こいつがそう呼び始めたせいで、クラス内の俺のあだ名がそれで統一されてしまったのだが、まあそれはいい。
旧友の再会に、俺は机を乗り出した。
「大学行かないでどうしたかと思ったら、こんなとこにいたんだな!」
「聞け、話を。出ていけ」
「なんだよ少しぐらい話しさせろよ。10年ぶりくらいか?」
「お前と遊んでる暇はない。穂積、連れていけ」
「申し訳ありません、袴田さま」
穂積さんは一礼すると、正面から俺の腰を掴んで担ぎあげた。
自慢じゃないが、俺はけっこう長身だし、体育会系だったからガタイもいい方だ。
その俺を、一回りも二回りも小さい穂積さんは片腕で軽々と担ぎあげたのだ。思わず変な声が出た。
穂積さんはそれに動じることもなく、そのまま俺を部屋の外へ連れて行った。
「怜司! また来るからな!」
扉が閉まる前に捨て台詞だけ残す。怜司はもう仕事に取りかかっていた。
部屋を出て、少し歩いた所でようやく穂積さんに降ろしてもらえた。
「ど、どこにそんな力が…」
「護衛も兼ねてますので」
くすくすと笑う穂積さんの表情がかわいらしい。
とても男一人を担ぎあげたようには見えない。
人を見た目で判断してはいけないと、俺は肝に銘じた。
「外は暑いですし、コーヒーを一杯飲んで行かれませんか?」
「いや、このまま帰ります。受け取る物もらったんで」
フラッシュメモリの入った胸ポケットをとんとんと叩く。
さっきは興奮して怜司に食い付いたが、油売ってたら親父にどやされてしまう。
「よろしければ、また1週間後にいらして下さい」
「え?」
行きと同じく後藤の運転する車に乗り込むと、窓の開いたドア越しに穂積さんから切り出された。
「主人も今日よりは余裕があるはずですから」
「いいんですか、そんなこと俺に教えて」
「主人のご学友が屋敷にいらっしゃるのは珍しいので」
怜司の話し相手になって欲しい、と穂積さんが微笑む。
その表情は、メイドというより保護者に近いように思えた。
「それに、人の恋路は応援したくなるんです」
俺が目を丸くすると、気をつけて帰るよう告げて穂積さんが頭を下げた。
そのまま窓が閉まり車が目的地へと動きだした。
さっきの会話は聞こえなかったのか興味がないのか、後藤は平然と精確に運転を続けている。
窓の外を眺めながら俺は片手で口を覆い、小さくつぶやく。
「なんでばれたんだ…」
俺はあの、容姿だけは完璧な性格破綻者に、かれこれ10年片思いをしている。