老爺
その日は朝から心地よい風が吹いていた。
道路の側の用水路へ、溢れんばかりに水が引かれており、その側を数匹のトンボが群れるようにして飛んでいた。
近くの田んぼでは、実を膨らませ始めた稲が、どこか誇らしげに揺れている。
そんな、何とも言えない日常の風景を、縁側で、眺める老爺がいた。
小高いところにある家で、塀などの遮蔽物もなく、見晴らしは、絶景の一言に尽きるものだった。
それを眺める老爺の、細められている目尻が湿っている。
老爺が、
「ふむ……」
そう呟くと、老爺の体が、柱にもたれるように傾いた。
まるで、少年のように無邪気な、穏やかな寝顔だ。
どこかから、犬の悲しげな遠吠えが聞こえてきた。