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娘と叔母





「何、これ」


 姿見に映るのは、ほっぺをぎゅむーっと摘まむ赤毛のヒトガタの美女。

 真っ白な顔、すっと通った鼻梁、厚めの紅唇。つんとつり上がり気味の目はルビーのように真っ赤で、戸惑いがよく見てとれた。

 その整いすぎた美はまるで生気が感じられず、人形か彫刻を見ているような錯覚に陥る。


「母さんそっくり……」


 “ニンゲン”ならば、あまりにも作り物めいた美へ恐れを抱いただろう。しかし、アステリアは生粋のモンスター族だ。恐れる感情を抱くことはなく、ただただ戸惑いがあるのみであった。


 ―――どうして、と。


「……ホンモノ」


 アステリアは今度は鼻先を摘まんでみた。姿見に映る深紅の髪の美女も、整った鼻先を摘まむ。ほっぺや鼻先を摘まむ、その感触はアステリアにとってまさに未知。

 ―――何しろ、先程まで牛だったのだから。牛の頬はヒトガタのそれと違うし、そもそも鼻なんてどのあたりが鼻先なのかわからないし、濡れているからあまりいい感触はしない。


「………」


 髪を触る―――さらさらしている。

 顔の皮膚を触る―――黒い牛の毛が生えていない、意外と弾力がある。

 耳を触る―――頭の上でなく横にあるなんて、なんだか位置が落ち着かない。

 唇を触る―――どうやって食べたらいいんだ。

 視界だって、目の位置が牛とヒトガタでは全く違うから、体術などは学び直さないといけないかもしれない。


「………」


 ―――“異なる点”に対する戸惑いや悩みよりも、何よりまずどうにかしないといけないのは髪だなと、アステリアは判断した。動く度に視界に入ってきて邪魔だし、首がくすぐったいし、重い。肩が凝る。


(世の中のヒトガタのモンスター族は大変なのねー……)


 姿見を前にして、アステリアは髪の一束を手に取り真剣に悩んでいた。

 切るか? でももったいない。

 まとめるか? いやまとめかたなんてわからない。

 ―――と、一人で真剣に問答を繰り返していたときだった。姿見の表面が、突然“波立ち始めた”のである。


「っっ?!!」


 髪に関してかなり集中していたアステリアは、びくうっとかなり大袈裟に反応してしまった。いつもなら犯さない失態をしたアステリアに、“波立ち終えた”姿見から声がかかる。


『アスティ〜!』


 ―――姿見に映っていたのは、(何故かヒビが入っている)水晶を大事そうに抱えた、真っ青な長い巻き毛に真っ青な瞳の勝ち気そうな美女だった。若くも見え、年老いても見える年齢不詳の妖精族の魔女。名をタリーア、死の島の“雇われ”主であり、アステリアの母方の叔母であった(父方は血の繋がった叔母も伯母もいない)。


「ターおばちゃん?」

 いつもなら『はぁーい☆』と軽い挨拶をかましてくるのに、どうしたことだろう。タリーア叔母はぎくしゃく、かくかくとしたぎこちない笑みを浮かべていた。無理やり笑顔を浮かべてみたらこうなるだろうな、という笑みだ。


「その呼び方はやめましょう、頼むからやめましょう。マジやめましょう、速やかにやめましょう!」


 彼女にとって禁句の(赤ちゃん言葉で呼ぶなということらしい+おばちゃんと呼ぶなということらしい)呼び方をすれば、普段通りの応酬が返ってきた。しかし、表情も雰囲気も軽くはならなかった。


「どうしたの、タリーア姉さん。鏡を通じての会話なんて、労力魔力使うからあれほど嫌がってたのに」


 タリーア叔母は水と鏡を司る妖精で、水鏡に見立てた水晶を通じる、もしくは鏡を通じての会話を得意とする。余談であるが、妖精族は皆、血が繋がっているからといって同じ力を持って生まれてこない(アステリアの母は炎と毒を司る妖精である)。容姿は似ていたりするけれど。


「えぇ、無駄な力を使うから美容によくないから――っていらない答えをいわせないで?!」


 以前、タリーア叔母はアステリアに愚痴ったのだ。鏡の術は力をたくさん使用するから、美容によくないと。だから水晶を水場で使用するのだと。


「それより、よ! それよりよ、アスティ!!」


 私焦ってます! と顔に書き、忙しなくタリーア叔母は言葉を続けた――が。


「あなたが心配でわたしあなたの様子を見てい」

「あんたはストーカーか」


 アステリアの突っ込みがすかさず入った。そんなアステリアに対し、「違うわ!」とタリーア叔母もすかさず返答し、「そうじゃないの、そうじゃないの」と頭を振った。凄い勢いで振ったので、量のある巻き毛が海底で揺れるワカメみたいに蠢いた。重みであまりスピードが出ず、ゆっさゆっさと、もっさもっさと。


「もう、話を濁さないで! わたしは見ていたの――そして、見たの」

「だから何を」


 アステリアは渋々大人しく相槌を打った。突っ込みを入れて茶化して反応を楽しみたかったのに。つまらない。


「あなたの頭部が、変わるところを」


 ―――アステリアは、初めてヒトガタの顔で口をあんぐりと開けた。意外と開くもんだなと、現実から逃避したいアステリアの思考はくだらないことを考えたのだった。








 ―――女性モンスター族二人がきゃあきゃあ(?)会話をしていた頃、ダンジョン前に用意した魔物の群れが、討伐隊ご一行に全滅にされたなんて、この時のタリーアは考えもよらなかった。だって、ニンゲンがそこまで強くないと先入観を持っていたから。 だから、ダンジョン内部に配置した魔物まで辿り着くとはつゆにも思わず、タリーアは外よりも“弱い”魔物を配置してしまっていた。

 ―――そのことに気付くのは、もう少し後の話。

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