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魔導師、悪循環



「くふふ、何だろうね? 実はダンジョンのマスターに会うまで、なーんにも“視えない”んだよねぇ」


 エウアーラ・ユリディークはにやにやしていた。

 エウアーラ・ユリディークのこの発言を聞いて、ミナは何度目かわからない溜め息をまた吐いていた。


「じゃア、これも“視えてない”ってェのか?」


 ミナは、目の前を指差した。

 いつのまにやら、ミナの目の前には、うじゃうじゃと様々なスライムが群れていた。

 キングスライムサイズの青、赤、黄、緑、桃、白、黒などとてつもない原色のカラフルなスライムが、だ。

 倒しきったと思った魔物が、また湧いたのである。ミナがエウアーラ・ユリディークの言葉、お知らせ云々に気をとられ、改めて真正面を向いたらこれだった。

 ミナは落胆を通り越して馬鹿馬鹿しくなったし、エウアーラ・ユリディークは相も変わらずへらへらと笑うだけ。


「もちろん。“視えなかった”さ? カラフルなスライムなんてねぇ」


 あははははと笑うのエウアーラ・ユリディークに、ミナはスライムを、一匹むんずと鷲掴み、ぐぉんと投げつけた。Sランクのスライムを、である。


「タダのカラフルなスライムじゃアねェってェの! 何でェそんなに軽いんだァよ?!」


 エウアーラ・ユリディークは顔色を微塵も変えず、目も止まらぬ速度で投げられたスライムをひょいっとかわす。


「うーん、攻撃されないってわかってるからかなぁ? そう思わないかい、ミナ」

「思うわけネェーよ!! アンタなめてンだろォ!?」

「あはははは」

「あははははじゃネェええ!」


 ミナが投げる、エウアーラ・ユリディークがかわす、ミナが投げる、エウアーラ・ユリディークがかわす。

 もちろん、スライムの攻撃をかわしながら。

 両者はそれをしばらく続けた。

 ミナはエウアーラ・ユリディークに見事におちょくられていた。そのことがわかっているから、ミナはなおさら腹が立っていた。


「まァ、とにもかくにも、なァ」


 ミナは改めてスライムに向き合った。

 スライムが放つ魔法をかわし、いなし、返しながらミナはスライムを数えた。

 鷲掴んでは投げていたら、減っていくだろうスライムは、投げる前より増えている。明らかに桁が増えている。


「……減ってねェのッてェ……、やっぱァ分裂しやがッてンのかァよ……」


 スライムは、増えていた。

 つまり、スライム×スライムで、たくさんのスライムが増殖していたのだ。

 スライムは、分裂し、融合する。分裂といってもただ分かれるのではなく、強くなって分かれる。融合だって、違う属性で融合して多属性になるし、同じ属性では相乗効果を呼び込んで倍になる。


「たかがスライム、されどスライムだねぇ、うむ」

「何納得してンだァア?!」


 スライムそのものはあまり問題ではない。問題は、その群れの中身だった。


「キングにクイーン、たくさんたくさんいるじゃないか」

「何でェ王族ばっかだッてェンだァ?!」

「うん、見事なセンスを感じるよ。国でも興すのかねぇ? ねぇ、どう思う、ミナ」

「見事じゃアねェよ、感じてンなッてェの! てェか、アテシに意見なンザ求めてンナァ!!」


 Sランク級のスライムは、王族と呼称される。

 Sランク級のスライムは、皆例に漏れずにクイーンやらキングやらプリンスやら、プリンセスやらと、王族を意味する名を冠するからである。

 彼女らの行く手を阻むスライムの群れの中身は、全て王族であった。

 王族スライムは、属性関係なしに数十匹で群れ、その数で一斉に攻撃してくる厄介な魔物であり、しかも連携してくる。

 殴っても増え、投げても増え、何しても増え――否、殖える。

 厄介極まりない種類の魔物が増殖していくという現実に、ミナは心底うんざりした。

 しかも、しかもだ。こいつら(スライム)はエウアーラ・ユリディークを攻撃しないときた。こいつら、八つ当たりもできないのだ。殴っても倒されないうえに、殴っても殖えるのだ。

 ミナは、うがーと咆哮じみた叫びをあげたくなるのを寸前でとどまった。

 あげたらあげたで、この場を楽しんでいるエウアーラ・ユリディークに、新たな楽しみを提供してからかわれる未来が見えたからだった。


「さっきので最後かと思ったのかい? 姪っこ大好きのターリアが手を抜く魔物の配置の仕方なんてしないに決まっているじゃあないか」


 対し、エウアーラ・ユリディークはどや顔だった。ミナはその顔を叩きたくなった衝動をどうにか抑えた。今日は人生で一番ストレスが悪循環で殖える日だ。

 それでも今のミナは、エウアーラ・ユリディークと戦う気は起きない。

 昔――それこそ、ゲオルダンデウスと戦ったときのような、止まらない血の気の多さはもうないので、勝たない戦はしない主義である。

 血の気が例えあの頃のようにあっても、ミナは戦わないだろう。あまりにも差があるからだ。


「ンなの知るかァ!」


 ミナは魔物に向けてヤケクソに魔法をぶっぱなした。異国由来の魔法を、それも一発でAクラスを何匹も殲滅する魔法を、ばんばん惜しまずに放つ。

 先ほどまでの余裕はそこになく、とにかくひたすら八つ当たりという心境がありありと見受けられた。


「どれ、我も一発放ってみるかね」


 エウアーラ・ユリディークはさらりと指揮棒をひと振りした。

 まず壁が波打ち、スライムたちを囲う。つぎに、壁がスライムを押し潰していき――ついに床が隆起した。

 結果、スライムは上下左右から圧迫攻撃を受け、攻撃対象外の相手から見事に退治されたのである。


「アテシも殺す気かィ!」


 ミナは悪態をついた。

 けれども、エウアーラ・ユリディークは笑うだけ。

 ――ミナは、すっかり忘れていた。


「ああ、我、“そんな君にひとつお知らせさ”をするの、忘れたよ。いやあ、楽しいことって“我を忘れるくらい”ってのは本当だねぇ!」


 ――ミナのストレスの悪循環がさらに大きくなった。


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