魔導師と雲上
エウアーラ・ユリディークは楽しいか面白いか、楽しくないか面白くないかをだいたいの基準にして動いている。
その理由は、ただひとつ。エウアーラ・ユリディークの持つ、神族としての固有スキル、異能にあった。彼女の持つ千里眼は、先を予め知ることのできる異能。
起こることがわかっているなんて、なんてつまらない――だからこそ、エウアーラ・ユリディークは自分自身が「予め知らない」ことに刺激を求めるのも必然といえた。
こうして「予め知っていた」からミナと行動し、ダンジョンに干渉して中へ入った。ダンジョンのマスターであるアステリアに会う瞬間まで、ごっそりと「視えなかった」からだった。
今まで予知の空白、ところどころ欠けていた場所に、彼女は「楽しくて面白いこと」を求めていたけれど、今回の空白は久々の大穴だった。
「本当にィ……中ェへ入りやがった」
ダンジョンの内部、入り口付近の通路にて、ミナは煙管にもたれ掛かって溜め息を吐いた。ミナの煙管は巨大なため、どっしりと安定感があるのである。
「血縁だからねぇ?」
「血縁だけでェ、すンなりと片のつく話じゃアねェだろうよォ……」
こいつと話すと疲れる、とミナは内心でよろめき、ひざをついた。
「何でェ……、手で触れただけってのにィ……入り口が出来ンだァ?」
「……出来たけどね?」
そう、出来ちゃったのだ。突拍子もなく、あっさりとやってのけた。「だいたいこの辺りかね〜」とたいへん軽い調子で、天気の話でもするかのように喋りながら、岩肌に手を置いた。
――ただそれだけで、ゴゴ、ガラガラと低く野太い音を立てて、岩は自動の引き戸のごとく横へとスライドしていったのだ。
そうして出来上がった入り口から、彼女らはダンジョンへの中へと歩を進め、現在は中程の階層まで歩を進めていた。
……進めていた、のだが。
「…………………………」
ミナは、もう何も言えなかった。昔から、この神族は相手を脱力させるのがとにかく上手かった。しかも無意識にも意識的にも、だ。とても厄介である。
「出来たから、とかナァ……結果論じゃアなくて……」
ミナは、エウアーラ・ユリディークの暢気な口調とのらりくらりとした様子に、気力をごそっと持っていかれた。もうこの話題はやめたとばかりにかぶりを振り、さらっと水に流すことにした。悩んでいてもなんだか悩み損である。
「はァ、まァ、いい。とにかく、だ」
ミナは、全うな質問を口にした。
「何でェ、アンタの方には魔物は行かねェのサ!?」
エウアーラ・ユリディークに文句をいうミナは、迫り来る――彼女らにとって――雑魚の魔物を煙管でばったばったと殴り倒していた。
対し、エウアーラ・ユリディークの方には魔物はいない。倒したのではなく、もとより魔物に襲われていなかった。
「このダンジョンに配置された魔物、死の島の魔物だからねぇ。もとより島の主を襲うわけがないよ」
あっけらかんと種明かしをするエウアーラ・ユリディークの暢気な態度に、ミナは一瞬殺気を覚えた。
「だからってェ、何でェアテシばっか!」
ミナは、もはや八つ当たりの域で魔物を殴打していく。エウアーラ・ユリディークの種明かしを知る前よりも、明らかに力が入っている。
「このダンジョンの魔物を配置したのは、我の部下さぁ。彼女はマスターの叔母でね、姪っこ大好きな叔母さんは、我とゲオルダンデウス夫妻以外がダンジョンに入ってきたら、攻撃するよーに命じたみたいだね?」
「ね? じゃネェええ!!」
ね? と首をかしげたエウアーラ・ユリディークを見て、ミナは煙管で魔物たちをフルスイングした。
「ここの魔物、今のところ主にAからSだから、君なら朝飯前どころか、準備運動にもならないだろう?」
「準備運動だ!!」
ミナは、もともとゲオルダンデウスと相討ちくらいのレベルだ。ゲオルダンデウスのランクは、規格外。
ランクは、上から雲上、規格外、最上位、上位、X、S、Aと続いていく。雲上と規格外は通常ではランク外とされ、一般的な一番上のランクが最上位、「これ以上のランクはありませーん」という、ピラミッドの最頂部。
ランク外のふたつは、ピラミッドの遥か上にある、「嫉妬するのも馬鹿馬鹿しくなるくらい、途方もない非常識かつ圏外」という意味を持つ。だから、通常は除外視されている。
その馬鹿馬鹿しくなるランク外の非常識なランクを持つゲオルダンデウスと、ミナは同等なのだ。
ちなみに、エウアーラ・ユリディークは雲上である。
「アテシはもともと人間なんだ、アンタと牛野郎みてェにもとからランク外の除外視じゃネェンだ!」
今は種族的にモンスター族に片足を突っ込んでいても、ミナはもとから人間、努力でもってその高みに登った。
そんな彼女からすれば、生粋の高位モンスターと比べられたくなかった。そもそものスタートライン、立っている土俵が違うのだから。
息を吸うように魔物を捻り潰せるエウアーラ・ユリディークと一緒にしないでほしい、とミナはさらにヤケクソに煙管を振るう。
雲上は、その名の通り雲の上。ピラミッドの上空を飛ぶだけの鳥である規格外は、雲の遥か下を飛ぶしかないのだから。
「そんな君にひとつお知らせさ」
エウアーラ・ユリディークは、クスクスと笑み崩れた。
その屈託ない笑みを、ミナは苦虫をかみつぶしたような顔で見つめた。
エウアーラ・ユリディークは、雲上の存外、神と呼ばれるだけあって――雲の下の世界なんて、とるにたらない。
だから、ミナはいつも相手にならないと、何をいっても無意味だと、意味をなさないのだと自分に言い聞かせてきた。
けれども、思う。
「まさか、“視た面白い何か”ってでもいうんじゃァ、ないだろーねェ?」
エウアーラ・ユリディークは、顔に極上の笑みを浮かべることで、ミナへの答えとした。
「はー……ァ、もう!」
ミナは、最後の魔物をより力を込めて殴り飛ばした。
――わかっているけれど、ミナは思う。
いったい、どこからどこまでが、こいつが手のひらの上で転がしてる範囲内なんだ、と。




