魔導師と千里眼
「……でェ。いつまで笑ってンだァい、千里眼」
笑いすぎて地に突っ伏してもなお震えるエウアーラ・ユリディークに、ミナは苛立ちも隠さずに近づいていく。
「トットと立たかンかぃ、この笑ィ上戸がァ。いつまでェ地面に接吻してンだィ!」
ミナはエウアーラ・ユリディークの正面で立ち止まった。エウアーラ・ユリディークはいまだに、地にうつ伏せで転がったままだ。ミナは遠慮もなく、歯が一本の下駄で器用に、エウアーラ・ユリディークのあごをぐいっと上へ向かせた。
つまり、笑い続けるエウアーラ・ユリディークの顔が、ミナを下から見上げる形になる。
「……くっ」
エウアーラ・ユリディークは、ゆっくりと体を起こし始めた。エウアーラ・ユリディークには、あの変態のニンゲンのようなえのつく趣味嗜好はないのである。
「やれやれ、視えなかった空白の部分が、君の無双だったなんて、ねぇ? ミナ」
土埃をはたきながら、エウアーラ・ユリディークは揶揄するようにミナを見た。その顔はにやにやと実に楽しそうである。その様子からは、ミナの先ほどの所業など全く無意味だったことがうかがえた。
「ッチぃ!!」
対し、ミナは不機嫌もあらわに顔を盛大にしかめ、おもいっきり舌打ちした。あきらかに既に刻まれていた眉間のシワが一気に増えている。
「はッ! ナァニが楽しィのかネェ!」
「ぐふっ」
エウアーラ・ユリディークは、ミナの渾身の(下駄による)蹴りを下腹部に受けた。ミナはゲオルダンデウスと戦った際、ゲオルダンデウスの蹴り技に対し蹴り技で返していた足の持ち主である。つまり、それなりの威力があるのだった。
「でェ? どーせアのガキ共がこンの島から消えチマウのは視て知ってたンだろぅよ?」
近くの木に寄りかかり、体勢を整えていたエウアーラ・ユリディークは、ミナの問いにドヤ顔で頷いた。
「君によって消え失せるのは視えていなかったけどねぇ」
「アテシがおめェに蹴り放ったンのも、だろウが?」
ぺっ、と唾を吐いてミナは盛大に眉をつり上げた。
「君がダンジョン内に乗り込んでいくのは視えたけどねぇ?」
「あアン?」
ミナはぎりっとエウアーラ・ユリディークを睨んだ。けれども、やはりエウアーラ・ユリディークには全く効果が見られない。
そんな飄々と掴み所のないエウアーラ・ユリディークの態度に、ミナは眉間をぐいぐいほぐしながら息を大きく吐いた。知り合った当初から、エウアーラ・ユリディークは実に疲れる相手だったというのを、改めて再確認したのだった。
ミナはもう一度息を吐き、やれやれとばかりに顔を振り、改めてエウアーラ・ユリディークを見やった。
「……確かにアテシは入るつもりでェ。ダンジョンの主の娘っこには迷惑かけちまったからねェ、不穏分子を回収する義務があらァ」
ミナは討伐隊が結成されたことへの責任がある。阿呆のゲオルダンデウスはさておき、無関係の彼の娘だけは助けなければならない。そのために、まだ残っている「ニンゲン側が用意できた」各島々の実力者たちを排除する。
けれども、エウアーラ・ユリディークは一体何が理由だというのか。
「視たから行くってェわけか? 面白いから行くってェわけか?」
エウアーラ・ユリディークは、視た未来に対して忠実に動く。それは真面目なのではなく、ただたんに可能性を求めているにすぎない。視た未来の空白部分に面白い可能性を見いだす、ただそれだけに。
「どーせェなぁ、楽しいとか面白いとかフザケた理由なんだろォがネェ」
ミナの心底嫌そうな言葉に、エウアーラ・ユリディークはにったりと笑った。それを見て、付き合いの長いミナは勘で悟った。あ、こいつはぐらかすなと。いまこのタイミングでは話やがらねぇと。
エウアーラ・ユリディークは、自分の視た未来通りにしか動かないからか、昔からのんびりとゴーイングマイウェイで「視た通りの」相槌やら反応しか返さない。いまこのやり取りひとつひとつも、エウアーラ・ユリディークにとっては、とっくに知っている事実なのだろう。
「まあまあ、とにかく先に入ろうじゃあないか!」
――ああ、やっぱりはぐらかしやがったと、ミナは天を仰いだ。
そして、ミナは至極まっとうな意見を口にした。
「この入り口が閉まっちまったダンジョンにどーやって入れってンだい」
ダンジョンは、入り口が完全に封鎖されている。ダンジョンからあのニンゲンどもが出されたとき、閉まってしまったのだ。正確には閉められてしまった。
閉めてしまったダンジョンの主の気持ちが、ミナにはわかってしまう。そして同時に申し訳なく思った。あんな阿呆どもを入れてしまう原因を作ったことと、さらに今から特大の阿呆を一名追加してしまうことに対して。
ミナが心中で、まだ見ぬダンジョンの主に謝罪をしていると、エウアーラ・ユリディークはにやにやと声を張り上げた。
「裏技があるのさ!」
エウアーラ・ユリディークは、新しいたずらを閃いたいたずらっ子の笑みを浮かべていたのだった。
ミナはやはり悟った。悟ってしまった。こいつ何かやりやがる、何か言いやがる、ヤバい爆弾発言投下しやがる、と。
今度は何だ、とミナは黄昏ながら耳を傾け――一気に目を見開いた。
「これでも、ダンジョンの主とは血縁だったりするのだよねぇ」
「はああああああっ!?」
――死の島に、かつての英雄の悲鳴じみた驚愕の叫びが響き渡ったのだった。




