狩人、考える
「どうやら手元の情報を洗い直した方が良いと思うんですよ」
――ダンジョンの入り口付近にて、討伐隊メンバーの狩人、剣闘士、盗賊の三名がいた。三名は輪を囲むように立っていた。
狩人の発言に、盗賊は首を傾げ、剣闘士は成る程と首肯した。
「つまり?」
何もわかっていない盗賊が、狩人に問うた。
「わたしたちが得ている討伐対象の情報は、事実と異なるかもしれないんですよ」
ゆっくりと、狩人は言い聞かせるように答えた。
「討伐対象は、ミノタウロスです。ミノタウロス、そこはおそらく間違っていません。このように迷宮を作り、迷宮の主として君臨し、迷宮を自在に操って見せるモンスターはミノタウロスぐらいですから」
狩人の言葉に、剣闘士は真剣に聞いているが、盗賊はぽけらっとしていた。ちら、と盗賊を横目で見た剣闘士には、盗賊の頭に満開の花が咲いているように見えた。
狩人はそんな聞き手の様子を全く気にせずに話を続ける。
「放置……!!」
盗賊の頭上の花が満開ならば、えのつく変態の感性も満開以上だったらしい。
「放置、最高!!」
盗賊はキラキラと目を輝かせ、紅潮した顔を何やら幸せそうに歪めていた。
「………」
横目でちら、と見ていた剣闘士は、思わず盗賊から数歩離れた。剣闘士の顔は心なしか青ざめている。
盗賊といえば、よく見れば彼の目は潤み、そのあっつい視線の先は狩人。
「……………」
剣闘士は、盗賊がついにほのつく趣味嗜好の扉まで開いたと気付いてしまった。ほのつく嗜好を否定はしないが、そこにとても重症(←ここ重要)な、えのつく嗜好が重なると――なんというか、非常にお近づきになりたくなかった。
――そんな聞き手達を、完全に無視して狩人は発言を続けていく。
「結果、ミノタウロスは、確かにいました。討伐対象の年齢ともあう、中年のミノタウロスが。一昔前に暴れた“若い”ミノタウロスが」
剣闘士は、盗賊を必死で脳内から追いやって、狩人の話を理解しようとした。剣闘士の脳内は、先程から盗賊のことがなかなか離れず、なかなか振りきれなかったのだ。
別に剣闘士が盗賊にほの字ではない。
剣闘士はメンバーの中でも真面目でまともだ、唯一まともといってもいいかもしれない。
そんなまともな彼は、今までそういった世界の方々と出会うこともなかった。だからこそ、メンバーの変態性に耐性がないし、どう対応していいかわからず、うんうん唸っているのだ。
狩人といえば、やはり無視して続けていく。見事にゴーイング・マイ・ウェイ、我が道を行くを行きすぎだ。彼にとって、他の変態に懸想されようが、真面目男子が悩もうが全く意に介さなくても良い事柄なのだ。
「重要なので、もう一度繰り返します。ミノタウロスはこの迷宮に確かにいました」
狩人は、迷宮の入り口を見た。
彼ら討伐隊三人は、あの赤毛の人型のモンスターに入り口へ転移させられた――しかも一人ずつ転移させた後、すぐに入り口の扉を塞ぐ入念さで。
「けれども、あの戦闘をした場所でも結論づけたように、あの中年のミノタウロスはこの迷宮の主ではない」
狩人はここで初めて他のメンバー二人を見た。盗賊を見て一瞬顔がひきつったのを、剣闘士は見た。
「少し寝ていなさい」
狩人は無表情で盗賊を見ずに、盗賊を背後へ放り投げた。投げられた盗賊は、くるりくるりと何回も回転して、木に衝突し「愛のむ、ちぃ……」とか恍惚として呟いて気絶した。
一連の流れを見てしまった剣闘士は、見なかったことにしようと誓った。彼は見ていない、彼は狩人と盗賊の絡み(←※多少語弊あり)など見ていない、決して。
狩人は仕切り直すように、こほん、と軽くひとつ咳をした。剣闘士も、思考を切り替えるために頬を軽く叩く――決して、彼にえのつく気はない。
「とにかく――あのミノタウロスは主ではありません」
狩人は真剣な顔で語る。辺りの空気が、一気にギャグからシリアスに一変する。
「なら、主は誰なんだ?」
ごくり、と剣闘士は唾を飲む。自然と体に力が入る。狩人はそれを見届けて、ゆっくりと続けた。
「推測するに、おそらくあの赤毛の女モンスターでしょう」
「あの、赤毛の美しい……」
剣闘士の脳裏に、迫力のある美貌が思い起こされる。人間ではないとすぐにわかる、整いすぎた、作り物めいたような美しさ。なのに、どことなく醸し出す空気は人間より人間臭かった、とても美しい女モンスター。顔だけではなく、スタイルもとても素晴らしかった。
転移させられる前、確かにあの美しい顔が、あの女性美を体現したかのような肉体が、剣闘士に迫って――
「……っ」
剣闘士は鼻血を間欠泉のごとく噴き上げた。ぴゅーっ、と血液は鼻から空へと垂直へのび、剣闘士の体はぐらりと後方へ傾ぎ――
「…………」
狩人は一瞬驚き、そして次に呆れの表情を浮かべ、大袈裟に溜め息をついてみせた。どことなく、からかう対象を見つけたガキ大将のような、人の悪い笑みをにじませて。
「ほう、初恋ですか」
断言した狩人の顔はにんまり、という語句がぴったりだった。
「………はい」
剣闘士は真っ赤な顔に手を当てて答えた。そんな様子から、剣闘士が初恋がまだだというのは図星だったようだ。剣闘士はとてもうぶで、かつ純情男子だった。
「今時珍しいですねぇ、君」
「……何もいえません」
狩人は片手を顎にあて、感心した様子で、倒れこんだままの剣闘士のそばへ膝をついた。
「……まぁ、君の初恋の相手も……相手が相手ですねぇ、相手は見目が人に近いとはいえ、モンスターですよ」
狩人は真剣に語りかけた。頭を抱えて、どうしようもない恥ずかしさに身悶えていた剣闘士の動きが止まった。
「モンスター……」
剣闘士は再び彼女を思い出した。
――まるで人間のように感情を露にしていた美しい彼女。表情がくるくとる変わりそうなくらいに、感情表現が豊かに見えた美しい彼女。
剣闘士は既に初恋が重症だった。恋は盲目とはいったものだ。見事に美化というフィルターがかかっているらしい。
「そしてどうやらこの迷宮の主……ダンジョンマスターのようです」
剣闘士は固まった。ピシッと固まった。
「おやおや」
狩人は立ち上がり、肩越しに後ろを見た。
「固まっている暇はないようですね」
狩人の言葉に、剣闘士はすぐに立ち、剣を抜いた。
「さぁ、……来たようですよ」
彼ら二人を大きな影が覆った。




