その時―1
それを感知したのは狩人であった。
「おや」
狩人は動きを止め、足元を見た。
狩人と剣闘士は、壁際に横たわらせた盗賊を回収しに移動しかけたときだった。
「何か? ……まさか」
剣闘士は狩人の一連の動作に既視感を覚え、すぐに答えに行き当たった。狩人のこの視線の動きは、あの時の視線の動きに似ている。ミノタウロスが天井に穴を開けていった、あの時に。
「あのミノタウロスの気配がしますね」
ふふふ、と好戦的な笑みを浮かべ、狩人は視線を動かす。剣闘士はやはりと思った。狩人は気配を追っていた。すーっと、ゆっくり動かしていた視線の速度は急に速くなり、扉へと向かった。
剣闘士もつられて狩人の視線を追う。追うだけで精一杯の速度だった。
そして、彼らは再び遭遇した。
「のぉぉおおお〜っっ!!」
まず、雄叫びが近付いてきた。最初は小さい音量で、次第にバキバキと何かを破壊する音を付随させているとわかった。雄叫びと破壊音は段々と高まり、一気に大きくなり――
――ばごぉん!!!
土煙と大小様々な床の破片を撒き散らしながら、頭突きで扉を粉砕していくミノタウロスが出現した。
木製の扉はあっという間に粉砕され木端微塵と化し、ミノタウロスは上半身の腹部辺りまで天井にめり込ませて止まった。
「………」
狩人と剣闘士の目前で、足をばたつかせるミノタウロス。そんなミノタウロスの位置には、先程までこのホールと最奥部とを仕切っていた扉があったが、今はもちろんないわけで。
「おや、おや」
遮るものがなくなり、露になった最奥部。そこにはこの場に大変そぐわない世界が広がっていた。
花柄に満ちた、可愛らしい色彩に包まれた少女趣味といえる室内は、良家の令嬢の私室といえるものだった。それは、討伐隊が想像していたダンジョンマスターがいる最奥部では決してなかった。
「あなたがダンジョンマスターですか?」
ぽかんと口を開けて固まった剣闘士、そしていつの間にやら目を覚まし、状況がうまく掴めていない盗賊を放置して、狩人は“彼女”に聞いた。
「それが、何だっていうの……?」
“彼女”は低い、怒りに満ちた声で呟いた。
狩人達が対峙するのは、どこからどう見ても人の姿形をしていた。
身に付けている古風なドレスだって、履いている細く高いヒールの編み上げブーツだって、裕福な上流階級の女性に見られないとはいえない出で立ちだ。
腰まで流れる、一本にまとめあげた真っ直ぐな赤毛も、よくある色彩といえる――しかし、紅いルビーのような怒りに満ちた瞳と、整いすぎた顔だけは、“彼女”が人外だと語っていた。 紅い瞳は人には見られない色彩。そして寒気すら覚える、生気のない顔。
その整いすぎた美はまるで生気が感じられず、全身全霊を込めて作られた人形か、はたまた丹精込めて神に捧げるがごとく掘られた彫像を見ているような錯覚に陥る。
「あんた達に答える筋合いはないわ」
人に近い正体がわからない魔物は、彼らを睨み付けた。
「……っ」
何故かはわからないが、彼女は激しく怒っていた。
そして、寒気すら与える美というものは、威圧すら他者のそれより倍増しらしい。剣闘士は無意識に後ずさった。ぞわっと、全身の至るところの皮膚があわ立つ。
これはコロッセオで魔物と対峙した時と同じ感覚だ。臨戦態勢にある魔物が向ける敵意を体で受け止めた感覚。しかし、これはその時の比にならない。
コロッセオでならば、戦いへの気持ちが昂る効果があるそれも、今では無意識に後ずさるものに他ならなかった。目の前の魔物とコロッセオの魔物の間には、それだけの力の差があった。
「ぞわぞわ! 俺っちすごいぞくぞく!」
「………」
――シリアスな展開というものは、持続しないものらしい。頬を紅潮させた盗賊が鼻息荒く発言すれば、張りつめた空気が一気にやわらいだ。剣闘士はずっこけそうになった。ものの見事に毒気が抜かれていく。後ずさったのがアホらしいくらいに。
「緊張がうまく抜けましたね」
相変わらず狸のような腹黒さのにじみ出る笑みで、狩人はけろっとしていた。
三者三様の反応に、美貌の魔物は俯いて拳を握りしめ、肩をふるふる震わせていた。どうやら魔物には逆効果だったようで、怒りを増長させたらしい。
「……てるの」
きっ、と勢いよくあげた顔はやはり怒りが増していたが、それでも美しさは損なわれなかった。
「馬鹿にしてるの?!」
魔物は、ずっと音をたてて足を肩幅に開き、腰を落とした。
「――いくわよ」
戦いの火蓋は突然に切って落とされた。




