母、怒る
「初めましてでございますわ、おばあさま」
魔女ははっとした。
油断、していたのだろう。魔女は全く気付かなかった。先代とはいえ、魔女王とあろうものが、一匹のモンスターの接近を許してしまったのだ。
いや、それよりも。油断し、接近を許したことよりも、魔女は別のことに気をとられた。
このヒトガタのモンスター、今何といった。それに、このモンスターの顔。自分に似ている。
「まさかぁ……」
魔女はもとの姿に戻っても、甘ったるい舌足らずな話し方は変わらなかった。
これが魔女の本質、本質というのはいくら年を経ても変わらない。
「あたくしは、あなたが置いていった息子の娘にあたりますわ。つまり本当に血の繋がったあなたの孫ですわよ」
にたり、と魔女によく似たモンスターは笑う。
紅く滝のように流れる癖のない豪奢な髪、髪よりさらに赤い燃え盛る炎のような色の瞳、抜けるように白い蝋のような肌色。そして背に輝く、毒々しい色の蛾のような羽。
地面から浮いているその姿はまぎれもなく、モンスター族のひとつ、妖精族だろう。
モンスターの若いような、年を取っているような―――その顔は美しかった。作りめいた美、人外の美。
魔女のそれは、ニンゲンとしては規格外の美。でもそれはあくまでもニンゲンの範疇内だ。同じような似通った顔でも、種族が変わればそれは人外の美に昇華するようだった。
規格外だけれど、あくまでもニンゲンの美しさ。同じだけれど、人外の美しさ。その同じようでいて、全く違う美しさをもつ両者の間に、重くはりつめた空気が流れる。
「……」
「……ふふふ」
無言で睨み付ける魔女、艶やかな得たいの知れない笑みを浮かべたモンスター。
血縁関係が両者の間にあろうとも、両者にはそれはもはや関係のないこと。
どちらが動くのが、先か。
「はぁ、よく寝たよく寝た」
―――その間の抜けた場違いな声に、魔女は一瞬だけ油断した。
「ふふふ」
モンスター―――リンダリンダは、その一瞬に“微笑んだ”。
「なっ?!」
水の気配が濃厚な闇の中に、突如炎でできた囲いが生じる。その囲いの中には、魔女ひとり。炎は大きくうねり、あっという間に鳥かごの形に変じる。炎の格子の向こう側から、リンダリンダは魔女に微笑む。
「地の利には勝てなくてよ、おばあさま。この場所はモンスターのダンジョン。いくら魔力が高くても、ニンゲンですもの、おばあさまは……ねぇ?」
にたり、と悪役の笑みをリンダリンダは浮かべる。ニンゲンにとってはモンスターが悪役ならば、モンスターから見れば逆にニンゲンが悪役だ。
そして、今回は。
「勝手に敵と見なし、勝手に悪と見なし、勝手に英雄気取りなんて、ニンゲンはたいそう利己的ですのね」
リンダリンダは、怒りを隠さなかった。血縁関係にあろうがなかろうが、魔女はニンゲン。かつては中立だったらしいが、今はニンゲン側だ。いくら規格外の魔力で、いくら不老不死でも、魔女はニンゲン。
でも怒れる反面、リンダリンダは思うのだ。
「そんなに永い時を生きるならば、どうして客観的に物事を見れませんの」
永い永い時間を生きるのに、どうして考えが変わらないのか。永い時間を過ごすならば、たくさんの機会があったはず。
「ねぇ、あなた」
リンダリンダは横をちらと見た。そこには、ゆっくりと立ち上がる彼女の夫。
いくら頑丈な種族とはいえ、空に蹴上られ、地の底付近まで落下したのだ。まだ頭がぼんやりとするらしく、何度も頭を振っている。
リンダリンダは、笑みをさらに黒く深め、夫の頭に両手を置いた。リンダリンダは常に宙に浮いているので、身長差なんて関係ない。リンダリンダは頭ひとつ分、夫より高く浮いていた。その立ち位置は、夫の背後。
「もっとちゃんと調べましたら、この阿呆と阿呆の友達が原因の根拠もないただの噂だとわかりましたのに、ねぇ〜え!?」
「あだだだだだだたぁだおあああああ!!!」
リンダリンダは、おもいっきり両手に力を込めた。左手は夫の頭の左側部、右手は夫の頭の右側部。
その手は、炎をかすかにまとう拳。その拳で、ぐりぐりぐりと遠慮なく―――ぎりぎりと締め付けていく。
「ギブ、ギブ、ギブ、ギブ、ギィィブミー!!」
「それをいうならギブアップですわ! ギブミーはもっとしてという意味、ならばより力をかけるのみですわあああ!! こんの脳筋ぁあー!!」
リンダリンダは狂暴な笑みをたたえ、さらにぐりぐりぐりと力を込めるものだから、夫であるゲオルダンデウスの艶々な黒の毛並みから煙が上がり始めた。ボヤである。
「あがぁあああ、ヘルプ、ヘルプミー!!」
「だぁれに助け求めてんのですわよぉお!!」
「そこの黒いアスティのそっくりさん!」
すかさず即答する夫に、リンダリンダの笑みと動きが一瞬停止する。
「え゛?」
ゲオルダンデウスは、凄まじい殺気と灼熱の熱気を背後から感じた。そして、たらたらと冷や汗を流し始めた。毛並みがすぐに汗でぐっしょりとべたつくが、すぐに熱気で乾く。乾くが汗で――を繰り返しながら、ゲオルダンデウスは覚悟を決めた。
「何敵に情けを求めるかーっ!!」
―――その日またもやミノタウロスが、ダンジョン内部で穴を開けたという。
愛しの妻に蹴りあげられ、天井の穴を次から次へと作成し、あっという間に上部へと姿が消えていった。




