狩人、剣闘士に語る
「ドラゴン、どうするんだ? 次の作戦は?」
のたうちまわる死のドラゴンを指差し、剣闘士は狩人に問う。まだ突飛な作戦でも控えているのだろう。そう思い、剣闘士は問うたのだが―――
「ありません」
狩人は、にこやかにすぱっと言い切った。しかし発言内容は、明らかににこやかにすぱっと言い切る内容ではなかった。
「……は?」
狩人の発言は、剣闘士が思わず聞き返しても無理もなかった。
「次の、作戦というほどの作戦はありません。たてていません。
そのうち、毒が回るでしょう。それまでけして近付かなければいいんですよ」
確かに、回復薬の原液は魔物にとっては猛毒だ。その効果は、魔物の強さに比例する。強ければ強いほど、効果は高くなり、毒性が高まり、致死性が増す。
「しかし」
地に転がる盗賊を回収しにいく狩人に、剣闘士は声をかけた。
「……見てられないんだ」
剣闘士は苦しそうに呟いた。
苦しみ、もがく姿。視界からそらしても、巨体なドラゴンが暴れれば、自然と足をつける地面は揺れる。振動が伝わり、ドラゴンが苦しむことがわかる。
「……それに」
ドラゴンは、彼らにまだ敵意を向けていなかった。いつかは敵意が向くかもしれない。その“いつか”を無理やり作り出した。
「君は優しすぎるんです」
背を向けたまま、狩人は呟く。
「生命を前に慈しむ心、それは美点です。しかし、魔物に憐憫の感情を持ってはいけません」
狩人はきっぱりと告げた。剣闘士にはその背が大きく、越えられない背中に見えた。
「しかも、君のその憐憫は中途半端です。中途半端な憐憫は足を引っ張ります」
「でも」
「君は、敵意を持ち挑んできた魔物に対しては容赦ありません。コロッセオに集められる魔物は、各地で討伐された魔物の一部です。わざと退治せず、生かし―――ひとへの憎悪を、敵意を増加させる」
初めて知るコロッセオの真実に、剣闘士は口をつぐんだ。
「敵意を持つ魔物との戦いには慣らされていても、敵意なき魔物には戸惑う。君は、コロッセオという限られた空間では限りなく強者です。しかし、外に出たら、いつも通りに対峙できますか」
剣闘士は、何もいえなかった。その通りだったからだ。
「道端にいる小さな小さな動物に見える魔物を倒せますか。ふるふる震える魔物を倒せますか。倒せないでしょう。しかし、あれは擬態です」
盗賊を引き摺り、剣闘士に顔を向けた狩人の表情は優しかった。
「魔物は、生きるものたちのマイナスの感情が凝り固まって生じます。魔物が生まれたところを見たことがありますか?
―――魔物は、ある日いきなり発生する白い霧から生まれます」
気を失う盗賊を寝かせ、狩人は手際よく手当てをしていく。
「わたしは、コロッセオのジョルージオ支配人とは旧知でしてね」
手当てを終えた狩人は、手当てに使用した救急セット(本当にどこから取り出したのだろう)を手早く片付けながら、剣闘士を見た。それは、まるで息子を見る父親の顔で。
「彼は君が優しすぎることを心配していたんですよ。いつか、敵意を感じさせない魔物に油断し、君が傷付いてしまわないか、とね」
―――だから君は、他の候補者をおいて、今回のメンバーに選ばれたんです。
狩人は、固まる剣闘士の肩をポンポンと叩いた。
「肩の力を抜いて、ゆっくり進めばいいんです―――君の道は、コロッセオを出たところから、まだ始まったばかりですからね」
―――君はまだ若い。
この日、孤児だった剣闘士は初めて泣いた。




