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死闘の行方は――3




「きりがありませんね!!」


 右手の羽ペン型の矢を投げる狩人は、言葉に反しまだまだ余裕に見えた。

 既に息を切らしかけている剣闘士、この仕事が終れば彼に師事しようと心の中で決めた。


「なかなか、刺したいところに刺さりません」


 狩人はナイフを刺したい場所に刺すタイミングをはかっていた。先ほどからずっと狩人の視線は、ドラゴンの鱗で覆われた顔の軟らかい場所に向いている。


「またですか!」


 近付けば、ドラゴンは毒の霧を吐く。狩人はそれを的確なタイミングと距離で避けて離れる。狩人とドラゴンはそれを繰り返していた。


「おらーっっ!」


 そして、狩人とドラゴンの戦いでたまに生じるドラゴンの隙を見て、剣闘士が大剣を振り抜き真空の刃をその剣筋に生じさせ、ドラゴンを襲う。これは彼がコロッセオで会得した技であった。


「効かないか、やはり!」


 しかし頑丈な鱗には傷ひとつつかない。それでも一瞬だけ、ドラゴンの注意は彼に向く。

 ―――それが、新たな隙となる。


「くらいなさい!」


 狩人が身近の壁を蹴って、人並み外れた跳躍をしてみせた。ひと蹴り、ふた蹴りであっという間にドラゴンの頭の高さに滞空する。この一連の動作、ドラゴンが隙をみせた“一瞬”より短かった。


「はっ!」


 狩人の気合いの掛け声とともにナイフが放たれる。ナイフは狩人の狙い通り、寸分違わず―――


「鼻の穴に入りました!」

「目じゃねぇの?!!」


 狩人が狙ったのは、鼻の穴。ドラゴンの、鼻の穴。


「まずは毒の息から封じないと!!」

「鼻から?!!」


 死のドラゴンは、触れれば瞬時に触れた箇所が壊死する毒息、その毒にまみれた鋭く尖った針のような爪、そして巨体に似合わない素早さを誇る。

 それらは短時間のうちに彼らふたりが導いた特徴。しかし、剣闘士は口から、狩人は鼻からだと意見が別れていた。


「鼻……」


 答えは、鼻。しかも穴。剣闘士よりはるかに現場慣れし、戦い抜いた数も多い狩人が正しかった―――何事も経験がものをいう、と剣闘士が実感した瞬間であった。

 しかし剣闘士は何となく、虚脱感というか脱力感がどうにも拭いきれなかった。


「まだですよ」

「まだ?」


 剣闘士はいいかけた。でもドラゴンの鼻の穴から、魔物にとって劇薬に等しい回復薬が―――と。少し離れた場所のドラゴンも、痛そうに鼻を抑えのたうちまわっているではないか。時折、加減のない尾の強打で木の扉がミシミシいっている。


「あれはドラゴンスレイヤー垂涎のナイフではありません」

「はっ?! でも」

「騙すなら、身内からです」


 たいへん人の悪い笑みで狩人は語った。


「そうでもしないと、あの状況は作れませんでした」


 狩人の話によれば、ドラゴンを目覚めさせるきっかけがまず欲しかったらしい。

 幻種といわれるドラゴン、あまりにも特徴や生態がわかっていない。少しでも情報は多く欲しい現状ではあるし、何より起こさずに通過するのも無理だった、起こし倒す道しか残されていなかった。


「盗賊くんは、人相手だと“気配消し”が成功する確率が高い。それは常に人を相手にしていたからです。しかし彼は魔物相手は経験不足。だからすぐに気付かれる――そこを利用させていただきました」


 普通に攻撃したら、毒の息やなんなりの反撃にあう――しかもこの時点では、相手の戦略やら戦力やらがわからない。


「だから、彼に斥候を頼んだんですよ。今までの戦いで、十中八九背後に回ってもすぐに魔物に気付かれていたのを見たでしょう」


 あまりにもタイミングの悪い盗賊。狩人はそれを逆手にとった。


「それに、こういう作戦は下手に教えて意識させない方がいいんです。だから騙すなら身内から、です」


 こうして、相手の力をはかる。それが狩人の作戦だった。

 そして、作戦はまだまだ続く。


「鼻の穴に投げたナイフは、ある薬を塗ってありました」

「劇薬の回復薬ではなかったのか」

「違います」


 ふたりの前で、のたうちまわっていたドラゴンの動きが止まった。


「お酒の粕を塗り込みました。特別に魔物も酔わせることが可能に成分を調合した度数の高いアルコールですよ」


 剣闘士は、もはやどこに突っ込んでいいかわからなかった。


(酔わせてどうするんだ……?!)


「そろそろですかね。君もそろそろ構えておきなさい――その前に耳を塞ぎなさい」

「?」

「いいから塞ぎなさい」

「これで」


 ―――いいのか、と続く言葉はかき消された。

 何に?

 それは、

 

「ぎゅおおあああああ!!!」


 思わず耳を塞ぎたくなる、ドラゴンの金切り声だった。その金切り声は周囲の空気をビリ、ビリといわせて止んだ。剣闘士が耳を塞いで、これだった。耳を塞いでいなければ、今頃鼓膜が破れていただろう。

 その様子を見た狩人がにやりと笑ったのを、剣闘士は見た。


「ついに来ましたか――アンデッド!」


 死のドラゴン、その名前は壊死する毒ゆえではない。


「気持ちわりぃ……!!」


 剣闘士は思わず鼻に手を当て、不快感を示した。周囲の地面から、ぼこっぼこっと嫌な音を立てて―――


「うっ、わ……」


 ここへ来るまで、彼ら3人は結構な数の魔物を倒してきた。それもランクの高い魔物を。Sランクを、だ。

 そのSランクの倒した魔物の死骸が現れたのである……しかも、腐り異臭を放ち、生前の姿を半分しかとどめていないアンデッド、ゾンビの姿で。

 ―――死のドラゴンは、死した魔物を呼び、配下となし操る。


「あんた、これがわかってたのか?!!」

「はい」


 戸惑いと焦りを隠せない剣闘士に、狩人は笑ってみせた。余裕の笑みだった。

 しかし、剣闘士は余裕なんてなかった。

 なぜなら、彼らは……数十を軽く超す魔物のゾンビに囲まれていたのだから!


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