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娘、決心する




 アステリアはミノタウロス族の初のメスとして生まれた。牛の頭にヒトのからだのミノタウロス族にはオスしか生まれてこないから、それは前代未聞だった。

 アステリアは父がミノタウロス族、母が妖精族。ミノタウロス族の子は、母が何族だろうが、必ずオスならばミノタウロスとなり、メスならば母の種族になる。それは当たり前の話、不文律であった。アステリアが生まれてくるまでは。

 けれどもアステリアはメスなのに頭は牛、からだはヒトだった。母と同じ背に羽が生えた可愛らしい妖精族には生まれなかった。

 そして――あきらかに、牛の頭部にヒトのからだのミノタウロスであったアステリアを見たモンスター族はといえば。


「やーい、うしおんな!」


 小さい子、というのは残酷だ。思ったものを思ったままに話すし、見たものを見たままに話す。

 幼い頃、どれだけモンスター族の子供たちにそういわれたか。


「スミマセンスミマセンスミマセン!」


 いわれる度にアステリアは蹴ってやったが。






 そしてモンスター族として婚期を迎えたとき、その見た目がおおいに影響した。


「牛だから」


 モンスター族内でも有名なお見合いオバチャンにそういわれた。牛だからなんだというのか。そのオバチャンは父に蹴られて全治一年になったらしいと後から噂で聞いた。


「可愛いアスティ」


 幼い頃からアステリアは父と母にそう呼ばれた。可愛いアスティと。周囲が不気味だといえば父は蹴りにいったし、母は背の羽を羽ばたかせ毒の鱗粉をばらまきに行った。アステリアにとって、父が愛情を込めて呼ぶその呼び掛けがかなりうざくなった。

 今までは、よかったのだ。別に牛頭でも、同じミノタウロス族からは見放されないと思ったのだ。彼らは総じてヒトガタが好きだから。羽がはえてても、角があっても、足が魚でもヒトに近い容姿ならどんなモンスター族も好みの範疇らしい。オバチャンは妖精族だったから、牛だからといって断ったのだ――そうアステリアは思ったのだ。

 そう、最初の頃は。


「なんですって?」

「だから、顔がさ」


 モンスター族にとって、婚期は動物でいう盛りの時期でもある。だから普段よりいっそう魅力的に見える時期でもある。アステリアは、首から下には自信があった。15にしては早熟なからだは、よりメスらしさを兼ね備えたバランスだと自負していたのだ。

 ミノタウロス族のオスはたいそう色気に溢れたからだつきをしている。メスであるアステリアもその点だけは例に漏れず色気に溢れたからだつきをしていたのだから。


「だから、顔って何」

「いや、牛だし」


 なのに、同族のオスはオバチャンと同じことをいうのだ。

 お前たちだって同じ牛だろうにとアステリアは思う。なぜメスだと牛頭を指摘されるのか。理不尽だとアステリアは思う。

 ミノタウロス族は、皆が皆アステリアを拒否した。盛り、発情期を迎えればオスは皆他族のメスを誘いにいく。しかしアステリアのところには来ないから、アステリアは皆に聞いて回ったのだ。するとあの返答だ。牛だから、と。随分な返答だった。


「あっ、そ!」


 当時15であったアステリアは純朴だった。たいそう傷ついた。だから、その場にいた同族のオスに思い付く限りの罵詈雑言を吐いた。

 もちろん、蹴ることは忘れなかったが。







 アステリアは、引き留める父と母から逃げて、結局父が若い頃に陣取った迷宮ダンジョンの近くに新たに迷宮ダンジョンを作成した。

 その場所はミーノース島の小さな小さな洞穴だった。その洞穴の奥に、種族特有のスキル“ラビリント”を使用し、自身の引きこもり先を作成したのだ。そして、引きこもった。


 引きこもって数年はアステリアは泣き暮らして生活していた。引きこもりといっても一人だから、お腹がすけば身近の動物を狩って飢えをしのいだし、スキルのおかげでダンジョン内部は快適だった。

 たまに父と母が帰ってこいといいに来たが、早い一人立ちだと説得して帰ってもらっていた。本当に、一人だから楽だった。






 そして十年経過した現在、泣き暮らす段階はとうに過ぎていた。最初の何年かはそれはもう、とてもとても悲しかったけれども。誰も好き好んで唯一のミノタウロス・メスとして生まれたわけではないのだから。


「だからといって」


 独り暮らしは楽しかった。アステリアを指差して誰も牛頭とはいわないのだから。誰も可愛そうといった視線を向けてこないのだから。むしろなんでメスだからといってこんな目に遭わないといけないのか。オスのミノタウロスは皆格好いいとかエロいとかいわれて、比較的モンスター族の中ではモテてるのに。


「だからといって」


 なぜ、メスだからといって討伐対象になるのだろうか。理不尽だとアステリアは思う。






「来たか」


 泣いて手伝うよとかほざいていた父が帰った後、アステリアは自室にてため息をついた。 この自室は、アステリアの趣味にありふれていて、アステリアにはとても過ごしやすい癒しの部屋だった。

 アステリアは種族スキルとして迷宮ダンジョンをつくる“ラビリント”を持つ。洞窟内とか決めた特定の場所に、異空間を発生させてそれを迷宮と化するスキルだ。

 このスキルは空間内部を自由にカスタマイズできる。だから、この室内も内装は自由にできた。

 白地に小花が散らされた可愛らしい壁紙も、暖かみに溢れる茶色の木の床も。

 もちろん、アステリアの目の前にある壁にかけられた鏡もだ。ただこの鏡だけは特別だ。スキルの中心、要ともいえる代物で、これを壊されたら異空間は破滅するだろう。


「剣闘士一人、魔女一人、盗賊一人、神官一人、狩人一人の計五名」


 アステリアの頭くらいの大きさの鏡には、ニンゲン五名が映っていた。これが噂によって結成された“アステリア討伐隊”か。


「あたしは別にニンゲンには迷惑などかけていないのに」


 アステリアはただ引きこもっているだけだ。だというのに、おバカさんな父によって討伐対象となってしまった。

 このアステリアの住まいである迷宮ダンジョンだって、入り口だけでいえばただの洞穴だ。内部へと繋がる通路だって、それだと判別しにくいように作ってある。だから、本当にぱっと見ただけではただの洞穴なのだ。


「第一関門抜けて来やがったのね」


 怒りのあまり、口調が汚くなる。だってあんまりだろう。ダンジョン内にはモンスターなどいないのだから!


「馬鹿馬鹿しい。まったくもって、馬鹿馬鹿しいわ」


 アステリアは馬鹿馬鹿しくなった。何で、何もしていないアステリアを討伐対象とみなすのか。かつての若かりし頃の父とは違い、アステリアはニンゲンなど襲いやしないし、食事だって動物を狩るだけだ。しかもその動物はニンゲンを襲うという狼や熊ばかりだ。むしろニンゲンに感謝されたいくらいだというのに。やはり口の軽いインキュバスから漏れでた噂か。噂が悪いのか。


「……決めた」


 アステリアは決めた。このダンジョンごと引っ越そう。今すぐにでも引っ越そう。噂の広がっていない場所に引っ越そう。思い立ったが吉日だ。さぁ、引っ越そう。







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