さぁ、もうすぐ―4
彼ら三人の前には、巨大なドラゴン。そして、ドラゴンの向こうに見える木製の扉の向こうに、きっとこのダンジョンのマスターである討伐対象のミノタウロスがいるのだろう。
「さて」
狩人は悩んだ。
ドラゴンは、眠っていた。大きな鼻提灯を大きくしたり小さくしたりして夢の中。
そして、ドラゴンは黒かった。真っ黒。明かりひとつない夜の深淵の闇のような黒ではなく、夜空のような綺羅綺羅しい黒。ようするにラメな黒である。
綺羅綺羅しい黒、それはある属性を意味する。その属性は大変厄介なので、狩人は思案していたのだ。その属性、なるべくなら戦いたくはない属性であり、不幸か幸いか、いまその属性のドラゴンは眠りについている。
「ふむ」
ここに魔女か神官がいないことが悔やまれる状況だった。彼ら三人は魔法が使えないので、目眩ましなんて手段は使えない――……
「ああ」
狩人はひらめいた。
「で、俺っちが?」
不安そうに問う盗賊に、狩人は頷いた。
「君は相手に気取られずに行動をとるのが得手と聞いています」
しかし先程は魔物にすぐやられていたのだが、それは今は関係ないことにしようと狩人は決めた。だから盗賊がそれを盾にしてもごり押しする気満々だった。
「何、簡単ですよ」
どこが簡単なんだと、盗賊は思った。にこにこして簡単ですよという内容ではないと思った。
「実に簡単ですよ。あのドラゴンに気取られずに、このナイフを刺すだけですよ」
狩人の手には、小型のナイフ。先が少し湾曲しているこのナイフ、よく見れば刃が潰されていた。そのナイフで刺せという。
えのつく世界の扉をいくつも開けた盗賊ではあるが、さすがに下手したら一瞬であの世へ仲間入りすることだけは嫌だった。しかも可能性が100パーセント以上にある。かなり高い確率で仲間入りすることになるだろう。
近付くだけならよかったのだ。近付くだけなら、まだいつもの範囲内だから。しかし、あんな刺せないもので刺したら、熟睡しているドラゴンもさすがに起きそうなものである。
「これはドラゴンスレイヤー垂涎ものの一品です。とある昔の刀匠が作成したドラゴンのみを切る、対ドラゴン専用の刀です。その刀に、いま回復薬の原液を塗りましてね」
そう語る狩人は、盗賊には大変黒く見えた。
「回復薬は、原液を薄めたものがよく売られています。しかしあれはかさ張りますからね、大抵冒険者は原液を持ち歩きます。かさ張りませんからね」
狩人は小さな小さな小指サイズのビンを取り出した。それは回復薬の原液だった。
「通常の薄めたものはこの五倍の長さはありますからね」
狩人は、ビンを開けて中身を刀に垂らし始めた。粘り気をもつ原液は、地面に垂れ落ちることなくナイフの表面を滑っていく。
「回復薬は、人にしか効きません。魔物には大層劇薬となります。その効果は、魔物が強くなるほど効果がある」
何も、軽いからという理由だけで冒険者は原液を持ち歩いていなかった。その辺の水や雨で薄めればすぐ使えるという利点だけではない。
回復薬の原液は、魔物避けとして知られる薬草を原材料としている。その薬草、別名を魔物殺しという。弱い魔物の群れならば、これ一滴を地に垂らすだけで一瞬で死滅する。ちなみに薄めた通常の回復薬でさえ、同じ群れをひるませる効果である。
その効果、魔物が強ければ強いほど効くという“人類の最後の砦”といわれるくらいである。
ならば、魔物の頂点であるドラゴンならどうなるか?
「だからさっさと刺してきなさい」
にこにこしてそんな発言をするのは絶対常識はずれだ、と盗賊は思った。