さぁ、もうすぐ―3
「ついに到着しましたね」
狩人は自信を持って宣言した。この場所こそがこのダンジョンの最奥部だと。
「ここか……こほっ」
剣闘士が緊張のあまり唾を飲み込むのを間違え、むせた。
「ぞくぞくしてきたっすね」
いったい何がぞくぞくするのか、盗賊はにやけが止まらない顔だった。常識人たることを自負する他二名はスルーすることにした。とくに剣闘士は、一気にスルーするスキルがめきめきと上達していた。
「さぁ、覚悟はよろしいですか」
狩人は若者二名に問うた。狩人は余裕であることがよく伝わってくる笑みを浮かべていたが、若者二名はとても緊張していた。
剣闘士はこれから起きる戦いに緊張していた。そして、足手まといにならないかという不安、生存して帰還できるかという不安など、たくさんの不安で胃がぎゅうぎゅうに締め付けられていた。心なしか顔が青い。愛用の大剣を握る手も震えているようだ。
一方、盗賊は緊張しているものの、どこか興奮していた。戦いを前にして興奮する者は多くいる。自分の力を試したい、より強い相手と戦いたいなどの、とても好戦的な性格の場合だ。しかし、盗賊は違う。
「…………」
狩人の目には、盗賊が喜びから興奮しているようにしか見えなかった。何への喜びかは知りたくもなかった。
(…………若いですねぇ)
狩人は心の中で呟いた。
狩人は剣闘士の現在の心境が痛いほどよくわかった。かつて狩人自身も同じ道を通ったから。
でも、狩人には盗賊の気持ちはわからなかった。わかりたくもなかった、断固拒否の構えだった。なぜなら一度理解してしまうということは、狩人にとって“開けたくない扉”を開けてしまうことに他ならないからだ。
狩人はずっと常識人でいたかった。奇しくも、それは緊張している剣闘士も同意見だった。
現在、彼ら三人は大きな空間にいた。
あまり広いとはいえなかった通路を、狩人のカンに頼り進みどれだけの時間が経過したかは、もはや誰にもわからなかった。
ただ、わかることはひとつ。
彼ら三人がたどり着いたこの場所が無駄に広く、大きな魔物が一体いること。
「ドラゴンですね」
そう、ドラゴンだった。 大きな――建物三階建ての高さはゆうに越えているだろうこのただっ広い空間に、天井に頭がつかえそうなくらい大きなドラゴンがいた。
「おー☆」
魔女は、足を止めた。なぜなら、魔女の目の前に大絶壁が立ちはだかったから。上部がかすんで見えないくらいの壁。横に広くないが、縦に異常にのびていた。
「ひとっとびー☆」
いうが早いか、魔女は箒にまたがりハイスピードという名の瞬速魔法を使い、一気に上部へたどり着く。 魔女を追うために、魔女に召喚されたちゃっぴーはある行動に出た。
「はーやーくー、ちゃっぴーぃーっ!」
ちゃっぴー(オス、五歳)は飼い主のために、頑張った。
「ぐほうー!」
大きな――まさに地響きと呼べるレベルの雄叫びをあげ、短い足でどどん! と地面を踏み鳴らし、再び雄叫びをあげ、上空をにらみ――
「ぐっほーおー!」
ちゃっぴーは、飛んだ。否、跳んだ。短い足で大地を蹴り、たった一度の跳躍でびゅーんと、文字通りひとっとび。これぞ正しいひとっとびであった。
「さっすがー☆」
途中魔女を追い抜き、ちゃっぴーは白い牙を見せて魔女に微笑んだ。その微笑みは「わしすごいでしょ」と語っていた。
「ぐっほ!」
ちゃっぴーは上部――崖の上に、両腕をぴん! と伸ばして着地した。決まった、とちゃっぴーは思った。わしカッコいいと思った。
しかし、その達成感に満ちた気分もすぐに下降した。なぜなら、
「ぐほーっ!!(涙)」
ちゃっぴーの腹部の袋内にて、神官がリバースしたから。
ちゃっぴーは神官が高所恐怖症ということを、主から聞かされていたのにすっかり忘れていたのだった。
「ちゃっぴーぃいー?」
ちゃっぴーの背後から、とっても黒い声が聞こえた。それはちゃっぴーが愛してやまない主の声だった。普段なら、歓喜して跳びはねながら主のもとへ馳せ参じていただろう。だが、とっても怒気に満ちていたので、ちゃっぴーはおそるおそる振り返ることしかできなかった。
「ぐ………ほぅ」
そのあと、ちゃっぴーは盗賊が見ていたならば「羨ましいっす!」といわれること間違いなしのお仕置きをされたのであった。