さぁ、もうすぐ―2
「るんったらったー」
魔女はこのうえない上機嫌だった。
「るんたったったー」
鼻歌を歌うくらいに上機嫌だった。
スキップしながら前を進む魔女の前に立ち塞がる魔物はいない。
なぜなら、魔女がお口から噴いた火炎殲滅魔法(範囲調整タイプ、出力全開)で文字通り殲滅してしまったからだ。
「見通しばっつぐーぅん☆」
魔女の放った火炎殲滅魔法は、何も魔物だけを駆除しただけではなかった。
魔女が進む“道”はない。あるのは“広場”のみ。
「るんたら、るんたったったーらー」
魔女の軽やかで能天気な鼻歌とスキップの足音が広場と化した洞窟内部に響く。魔女が火炎殲滅魔法をぶっ放すまでは、そこは確かに通路が存在していた。幾重にも別れ、迷えばもう後戻りはできない通路が。
しかし魔女の魔法は全てが規格外であったため、通路を作っていた壁までも破壊し、結果壁が凪ぎ払われた通路は広場と化したのである。そりゃ見通し抜群になるはずである。
「たらったーるんたったー」
こうして魔女は最奥部へと進んでいた。
「さぁ、もうすぐ」
魔女はスキップを続けながら、にたりと口の端をつり上げた。
「さぁ、もうすぐ、もおすぅーぐ……たぁのしい、楽しーい狩りまで、ねーぇ……☆」
魔女はくすくすと楽しそうに笑った。
たいへん腹黒い笑みだった。
「で、どうするのかしら、アスティ」
アステリアは、父がお星さまになって飛んでいって開けた穴をスキルで塞ぎ、母を見た。母は娘の頭部に変化が出ていたのに、何にも触れなかった。
「どうって、追い出すつもりだけど」
キャラ崩壊から復活したアステリアは、視界を邪魔する髪を鬱陶しそうにかきあげながら呟いた。
「あら、髪が邪魔?」
リンダリンダは娘の側まで行き、どこからか白いレースのリボンを取り出した。
「母さん?」
「少し、じっとしてなさいね」
リンダリンダはアステリアの髪を手早くひとつにまとめあげた。後頭部で一本にしたのだ。リンダリンダはアステリアより背が低いが、器用に羽をはためかせてポニーテールにしたのである。
「これでよし。動いてもよくってよ」
アステリアは久々に首がスッキリしたような気がして安堵を覚えた。実際は頭部が変化して、そんなに長くない時間なのだが、アステリアにとってかなり長く感じてしまっていたようだった。事実、嫌な汗がじっくりと首を伝っていた。
「それにしても」
リンダリンダがぽつり、一言。
「何でいきなり変化してしまったのかしら」
それはわたし自身が知りたい、とアステリアは心の中で突っ込んだ。
「おーい……?」
ひとり放置されてるターリアが二人に流れる重い空気を打ち破った。
「何かしら、妹」
「あの……、近付いているわよ」
「何がかしら」
リンダリンダは、実は探索関係が鈍い。だからリンダリンダはいつも状況を読まずに力任せに突っ込む嫌いがある。それが今回あだになってしまったようだ。アステリアが気付けなかったのは、ただ単にこの状況についていくのに精一杯だからである。何しろ、頭部が変化して緊張していたことにも、今さら気付いたくらいだから。
彼女ら親子とは違い、ターリアは水と鏡の妖精、探知能力に優れていた。水のあるところ、鏡のあるところはもちろん、一見それらがないところでも――空気中の僅かな水分や、例えば敵が放った水属性の魔法からでさえ探知することが可能だ。姉とは真逆である。
「若作りの魔女一行と、ハンター一行。討伐隊は一組のはずだから、二手に別れて奇襲をかけるつもりなのか、それとも単にアスティの仕掛けたダンジョン内のトラップに引っ掛かったかはわからないけど」
着実に、“その時”は近付いていた。