娘、吠える
アステリアは、種族保有スキル“ラビリント”で自分の住まいであるこの迷宮ダンジョンを作成した。つまりこの迷宮ダンジョンのマスターはアステリアである。迷宮ダンジョンをいじったりできるのはダンジョンマスターのみ。
しかし、例外がある。それは、マスターであるアステリアより高位のモンスター(身内に限る)が手を加えることが可能、ということだ。つまり、アステリアにとっては父や母、叔母にあたる。
「ターリア姉さん、ダンジョン内部に魔物放した? あたしが設置した落とし穴にはまってんだけど?」
叔母であるターリアと会話しているとき、アステリアはダンジョン内部に違和感を感じとり、近くにあるスキルの要である鏡を見た。そこにダンジョン内部の様子が映し出され、魔物が我が物顔で闊歩している光景が見てとれた。もちろん、罠にかかったあわれなおバカさんな魔物もいた。何で魔物がかかるんだ。
『ええ、放したわ』
「何で?」
ターリア叔母は、アステリアから見てワンランクもツーランクも上の身内のモンスターだ。だからこそ、アステリアの許可無しに色々手を加えることができる。
『だって、ニンゲンどもが入ってきたんだもの。それにニンゲンならあれくらいで倒されちゃうでしょうよ』
ターリア叔母いわく、島内のSランクの魔物をダンジョン内部に放逐したらしい。ダンジョンの入り口にはもうひとつランクが上のSSランクを置いたという。
島内ではSは上から四番目ランク、ターリア叔母やアステリアから見たら“弱い”ランクだ。しかしニンゲンにとっては“強い”ランクらしい。
ちなみに島内で、魔物・モンスターひっくるめて一番強いのは主(雇われ)ではなく、オーナーが遣わした主(雇われ)の護衛のぴーちゃんである。アステリアは一応客人なので含まれない。
「ニンゲン? まさか」
『おそらく、義兄さんのいってた討伐隊ではないかしら』
「あー…、あいつら!」 アステリアを“危険”と勘違いしているニンゲンだ。まいたと思っていたのに、ここまで来るとはあっぱれな根性の持ち主たちだ。
『もう一度、引っ越す?』
「いいえ、引っ越さない。あれ、結構魔力消費大きいから」
ならどうするか、と両腕を組んで悩み始めたアステリアをよそに、ターリア叔母はいいにくそうに口を開いた。
『ねえ……、アスティ』
「?」
アステリアは頭上に疑問符を浮かべて叔母を見た。首をかしげると、髪がどばっと顔にかかりアステリアの視界をふさいだ。アステリアは眉間にシワを寄せて、鬱陶しそうに髪をかきあげてから叔母を見た。叔母は、人差し指と人差し指でツンツンして明後日の方角を見た。
『あの……姉さんと、義兄さん呼んじゃった』
ターリア叔母は、爆弾発言を投下した。アステリアは少し理解するのに時間がかかった。フリーズしたのだ。そんなアステリアから、ターリア叔母が少しずつ離れていく。
「何ですってぇええ!!」
ターリア叔母は、アステリアの両親を呼んじゃったらしい。
『だって、だって』
「何がだってよ! あたし一人でなんとかなるのに、援軍呼んだの?!」
『ちが、違うって、呼んだ理由は援軍じゃないの』
アステリアは訝しげに、首をブンブン横にふる叔母を見た。胡散臭さ極まりない。
『アステリアの姿が変わったことを、よ!』
「そのこと? でも……」
アステリアが、肩を落として溜め息を吐きながらいった。
「でも、この状態の時に呼んだら、ダンジョンめちゃくちゃにされるわよ! ニンゲンと戦いになるわよ、もう……冗談じゃないわ。ニンゲンから見たら本当の討伐対象なわけだし。魔力少し足らないから引っ越しできないし……もう!」
ニンゲンは、アステリアを“かつて暴れたミノタウロス”と思っている。そこへ、討伐隊のニンゲンをよく思わないだろう“父”がきたらどうなるか。必然的に戦いになる。
「あたしはただ引きこもっていたいだけなのに!」
ダンジョン最奥部にて、アステリアの雄叫びが放たれたのはいうまでもない。