娘と父
アステリア、今年で25。世間の婚期は15から20なので嫁き遅れ街道爆進中、そして記録更新中。しかし彼女の外見では、この先ずっと嫁にいけぬだろう。
「すまない、アスティ。父さんに似たばかりに」
これは毎日のように繰り返される父の言葉だ。父の言葉通り、アステリアの外見は父親に似た。
「父さんは悪くないわ」
間違いなく父親に似たと、十人中十人がそういうだろう。まかり間違えても母親似なんていわない。
「でも、父さんのせいで」
その言葉も、アステリアは聞きあきた。耳がタコを通り越して、もうどうでもよくなった。
「父さんのせいで……父さんに似たからって、引きこもっちゃうなだんて! 父さ」
「うざい」
げしっ、という低く重い音がしてアステリアの父は放物線をきれいに描いて飛んでいく。着地地点は剥き出しの岩肌で、嫌な音とともに憐れな呻き声が洞窟内に響いた。
「父さん」
アステリアがカッカッと靴音をたてて父に近付く。アステリアが履くのは革のブーツ・ヒール付きだ。女冒険者に人気の小人社製で、小人職人が丹精込めて作ったブーツは高さや太さがリクエスト可能なヒールだけでが人気なのではなく、どんな岩場や砂場を歩いてもつまずかない・むれない・疲れても革に織り込まれた自動魔術ヒールのお陰で疲れ知らず! が特に大人気なのである。
「もう一度、蹴られたいの」
アステリアは尻をさする父を見下ろし、いつでも蹴りを放てるように構えた。
アステリアが履くブーツは脚力も大幅にアップされ、“これで一蹴りすればか弱いあなたでもあら不思議、あっという間に狂暴なゴーレムの群れをなぎ倒し☆”という表向きの売り文句と“もしかしたらあなたもこれで夜の女王さまに?! 夜の下僕が増えるよ☆”という裏のキャッチフレーズまである。
ようするに、中級なモンスターなどこの一蹴りで昇天である。値は張るけれど。
「ねぇ、父さん」
ぎろ、と父譲りの眼力で父を見下ろす。父は若い頃、この射殺す眼力だけでかかってきた冒険者ども相手に無双したのだという。
「ごめんよぉ、アスティ」
今となってはそのかけらも感じられないのだが。
「それで、何なの父さん。何か用があって迷宮くんだりまで来たんでしょ」
アステリアは父に手を貸して起き上がらせた。最近足腰が弱くなってきたらしい。そう聞いたときアステリアは、かつて父の目だけで射殺された冒険者が可愛そうになった。
「ふぅ、年かなぁ」
それ、冒険者どもが聞いたらどう思うのだろうか。
「父さん」
かつての面影などない父に、アステリアは先を促す。
「あぁ、アスティ。アスティは悪くないのに」
またか、とアステリアは思った。
「蹴られたいの」
「いや、違うんだよ可愛いアスティ。父さんに似たアスティは強く見えるだろう?」
そして父が語り終えた後すぐに、アステリアは洞窟内に響き渡る咆哮をあげた。
「なぁんですってぇええ!!」
アステリアの咆哮はびりびり、と辺りの空気を震わせた。
アステリアは父親似だ。紛れもなく父親似だ。ミノタウロスという名のモンスターである父に外見が似てしまった。
額から突き出た見事な二本の角、真っ赤なぎらぎらと暗闇に鈍く輝く深紅の瞳。艶めいた真っ黒な毛並みは首の半分まで続く。その頭は、牛。鼻息も荒く一睨みすれば荒々しく鳴くオーガも怯えて泣くという。
女性がいないミノタウロス族の中でも、初めて生まれたメスのミノタウロス。それがアステリアだった。だからといって、同じミノタウロス族のオスにはもてない。なぜなら、オスどもはヒトガタの女性にしか興奮しないから。
どうせ初めて生まれたメスならば、母の種族に似たかった。母は妖精族なのだから。同じ種族以外でも、牛女を相手にする強者は現れなかった。
なぜ、父に似た。最初は泣いた。泣いて泣いて、自身の種族のスキル“ラビリント”を使って洞窟内に迷宮を作って引きこもった。
引きこもってどれくらいたった日だったか、いつしか吹っ切れてしまった。洞窟内は平和だった。誰もいない平和な世界だった。時折食事や生活のために外へ買い出しに出るとき以外は平和だった。
そして、ついに。
「あたしを、討伐するですって?!」
この迷宮は、かつて父が作って一暴れした迷宮のそばにある。アステリアの父はミーノースのミノタウロスとして有名なのだ。残虐非道を繰り返し、あたりを血の色に染め上げたのだという。若気の至りだと父ははにかんで語ろうとしないが。なぜ照れる、父。
「ボクの子供がいるって口が滑っちゃって」
父いわく、酒の席で昔の迷宮の同僚にあったのだという。そして酒が入った彼らはおおいに盛り上がり、お互いの家族まで話が及んだのだという。
「そしたら、彼からするするっと」
父の同僚はインキュバスだった。しかも狩りの対象の人とねんごろになって大恋愛をして夫婦の誓いを誓っちゃったインキュバスだ。そのインキュバスは口が軽かった。あっという間に伴侶にいってしまい、そこからコロコロと転がりヒトの世へと流れ出た。もちろん、尾ひれもしっぽもたくさんたくさん付いて。
「せっかく、ただの洞穴にしか見えないように作ったのにぃい!」
アステリアは、引きこもるためだからと、それはそれは誰にも見つからないように念入りに念入りにここを作ったのだ。
「あたしを討伐するパーティーが組まれて、こっちに向かってるですって?! 父さんの、父さんの……あほんだらー!」
その日、ミノタウロスが地中より突如現れてお空へぶっ飛んでお星さまになったとか、ならなかったとか。




