上皇の死⑦
前日には留正に退位の意向を示したらしく、受け取った留正本人もあまりのことに動揺してしまったようだ。
さっきの異様な雰囲気はどうやら、それが原因だったようだ。趙汝愚は願ってもないものが降ってきた。こっちはさっさと今の皇帝を退位させて、皇太子の嘉王を即位させ、実権を握るのが目的なのだ。
邪魔なものがいなくなってくれて助かった。
しかし、幸運はそんな簡単に起きるものだろうか。腕組みをした趙汝愚の頭の中にある人物の顔が思い浮かんだ。
「うっ!」
「どうなされた、趙汝愚殿?」
通りがかった同僚が突然うめいた趙汝愚に声をかけた。
「いや、なんだか今朝から腹の調子があまりよくなくて……我慢して出仕してきたのだが、やっぱり駄目のようだ。すまないが、今日はもう屋敷に戻ったとみんなに伝えておいてくれないか」
「分かりました。でも本当に大丈夫ですか?お医者様を呼ばれた方がよいのでは?」
「いやいや、医者なら屋敷にもいる。彼の方が私の体を隅々まで知っているから、任せられる。それにここの医者は患者に対しての扱いが乱暴だ。お主も知っているだろう」
「確かに」
同僚は、こくりと頷いた。
それではと頭を下げて別れると趙汝愚は馬車に乗って屋敷へと戻った。もちろん腹痛なんて真っ赤な嘘だった。全ては奴に真相を確かめるための方便にすぎなかった。奴は全てを知っているはずである。
屋敷に到着すると、すでにそいつは門前で待ち構えていた。
「待っていましたよ」
「やっぱりお前だったのか、李明」
「ええ、俺です。事は順調に進んでいるでしょう。喜んでください」
「どうやったのか、教えてもらおうか」
「まずはお金を出してまらいましょう」
「馬鹿言うな。それはタネを明かしてからだ」
「やれやれ。仕方ないですけど、そうしましょうか。その代わり話したらくださいよ」
「納得する話だったらな」
「あなたも偏屈ですね」
屋敷の中に入った二人は、まずは四川の茶で一服した。お茶を飲むと心が落ち着く。
四川は数年前、赴任していたことがあった。その時に飲茶の慣習が身に付けた。
李明は相変わらず茶の味が分からないのか、ぐびぐびと飲んでいるだけだった。見ているだけでまずそうな飲み方だった。
「さっさと話せ」
「なんか気に障ることでもありましたか?」
「あったが、言う気にもならないから言え」
「はいはい。まず最初に言います。陛下に退位の意向を促したのは俺です」
「どうやって?」
趙汝愚は興味津々に身を乗り出した。




