上皇の死③
「たった一人だけいますよ。喪主に適役な人物が」
「李明、お前が誰のことを言っているのか分かっている。嘉王様だろう」
「当たり、当たり。さすが趙汝愚様だ。話が早い。彼に喪主をやらせればいいのですよ」
嘉王は現皇帝の第二子で皇太子だった。長子は早逝したので、次に生まれた彼は必然的に皇太子となっていた。
趙汝愚は直接会ったことがないのでどんな人物なのか知らないが、聡明・寛容・孝行と周囲からの評判はよく聞いている。
しかし、そのような評判の人物は大概が凡夫であり、噂はその人物の本性を隠すための隠れ蓑にすぎない。
「嘉王様なら周囲の評判からすれば、喪主として申し分なしでしょう」
「馬鹿だな、李明。喪主は継子でなければいけないと、さっき言ったばかりだろう」
「でも緊急時の例外もあるでしょう?」
「むっ」
「皇帝のことは、今の廷臣一同が重々承知しているはずです。ならばここで例外を行っても誰も異論を唱えるはずがありません」
確かにそれは言えていた。朝廷では皇帝に退位してもらいたいどころか、死さえも望んでいる者もいると耳にしていた。
この状況を利用して廷臣を説得すれば、嘉王に喪主をやらせるどころか皇帝を退位に追い込めるかもしれなかった。
そうすれば嘉王が自然と次の皇帝になり、その役目に貢献した自分はうまくいけば政治を思うがままにできる。この国は上皇が生きていたころは、彼の独裁体制が強かった。
だが、上皇が病床に臥して以降は弱まった。やるなら今かもしれない。
「やるぞ」
「そう来ないと面白くありません。俺は思いっきり暴れさせてもらいます」
「暴れてどうする。しっかりと諜報活動をしたりするんだ。さあ、早速仕事だ」
「はいはい」
途端に急に手を差し出した李明だった。どうやら、もう一度金を払えと言いたいらしい。
要するに最初にもらった金が前金で、今からが後金だそうだ。
「ほら」
懐から小袋を出して渡すと李明は中身を確認していた。
「少ないですよ。もしかして給金を減らされましたか?いやあ、不況ですね」
「おい、今度からやらんぞ」
「へいへい、じゃあ行ってきます」
強い風が吹いた。
気が付くと李明の影も形も無くなっていた。
あるのは彼が残していった床の泥だけだった。
「あいつ人の屋敷を……次に会った時はただではすまさん」
趙汝愚は拳を握りしめた。
***
翌日には上皇の死は朝廷内に広まっていた。そして十二日には皇帝に喪主として出て来るように上奏文まで奉ったが無駄に終わった。