新政権誕生③
「いや、こちらこそ失礼しました。ついかっとなってしまい、大人気ない振る舞いをしました。では、趙汝愚殿。位の件は全てあなたに任せます」
韓侂冑は周筠に目で合図した。
主からの命令なので周筠も仕方がないのか、剣から手を放した。でも、目はじっと李明を見つめていた。
李明も負けじと睨み返していた。
「韓侂冑」
「なんでしょう、趙汝愚殿?」
「位は寄越すが、これだけは覚えておけ。私は宗室でそなたは外戚ということを。この意味を深くかみしめておけ」
「……承知しました」
韓侂冑は深く頭を下げた。顔は見えなかったが、その表情がどうなっているのか、趙汝愚はずっと気になって仕方がなかった。
屋敷から韓侂冑を見送ると趙汝愚は、
「わざわざあんな猿芝居をしおって」
と溜息をついた。
「あれ、ばれてましたか?あいつ鬱陶しいから、追い返そうと思ってちょっと俺らしくないですけど、猿芝居をやることにしました」
「そうか。すまないな」
「いえいえ。でも、あなたも古い話を引き合いに出しましたね」
「ばれてたか」
「これでも一度は科挙を受験していましたので、それぐらい知っていますよ」
趙汝愚が韓侂冑に向かって言ったことは実は、宋の官僚制の古いしきたりの一つだった。北宋が建国されたころ、政事を担う主要な官僚には宗室や外戚を就任させないということを決めていたのである。
その理由は過去の王朝が宗室や外戚の専横により衰退の一途をたどったので、宋もその轍を踏まないようにするために彼らを中央から遠ざけた。
要するに趙汝愚が韓侂冑に向かって言ったのは中央である朝廷には来るなという意味だったのである。
「でも、今時あんな言葉にひっかかる奴がいますかね」
李明が苦笑していた。彼が苦笑するのも無理はなかった。実は宋が決めた宗室や外戚の登用禁止制度はだいぶ様変わりしていたのである。
最初は徹底されておりよかった。しかし、時が流れるにつれて中央が人材不足になり結局、彼らに頼らざるを得なくなっていた。
「まあ、科挙を受けていない韓侂冑のことだから歴史などには疎いはずだろう」
「なるほど。頭を使いましたね。ところで、彼への位はもう決めましたか?」
「ああ。観察使にでも任命しておこうかな」
「うわあ。きついですね」
観察使とは宋では宗室や外戚がよく就任していた位であり、かなり高い位だったが、実質的な権力はまったく無かった。ただの有名無実の位である。




