新政権誕生②
夕刻になり韓侂冑は屋敷に姿を現した。今日は傍らに用心棒らしき大男まで付き従えてきていた。その証拠に腰に大きな剣を佩いていた。
「おっほん。趙汝愚、あなたには失望した」
「おっほん」と言う奴が本当にいるとは思わなかった。数日前よりうっとうしさの度合いが格段上がっており、趙汝愚はすでに追い返したくなっていた。
ところが当の韓侂冑は自分の世界に入っていた。
「私はこの国のためを思い身を削り、骨を折り、血を流し……おっと、血を流すは言い過ぎでしたね」
全部だよと言いたかったが、とりあえず黙っておくことにした。
「趙汝愚殿、あなたは私に位を与えることを約束していましたよね」
「考えておくと言っただけだ」
「しかし、約束は約束です。それを反故にすることはできないでしょう。もしそれを反故にしたということが外部に知れたら、あなたの評判はどうなりますか?おい、そこの使用人。新しい茶を持って来い」
韓侂冑は趙汝愚の側に立っている李明に命じた。
「俺は使用人ではありませんよ。この人の相談役ですよ」
「黙れ。身なりが薄汚いから使用人にしか見えん。くだらないことを言ってないで持って来い。私は気が短いのだ」
「俺じゃなくて、お宅のデカ仏にでも持ってこさせればよいでしょう。労働にはぴったりの体格じゃないですか」
「なんだと?貴様の屋敷の仕事を私の使用人の周筠にやらせるつもりか?もうよい。周筠、斬ってよいぞ」
周筠という男は、にやりと笑うと腰に佩いている剣に手をかけて李明に近寄った。
趙汝愚の額から多量の汗が流れ出た。これはまずい状況になった。言いくるめて返そうと思っていたのだが、李明が余計なことを言うものだから、けんかにまで発展してしまった。
ここはなんでもいいから、位を渡しておいた方がよいかもしれなかった。
「待て、韓侂冑。今のはこの李明に非がある。この男の非は私の非だ。だから私から謝る。すまない」
趙汝愚はその場でいさぎよく頭を下げたが、この金持ちのお坊ちゃんがこの程度で許すとは思えないので、第二手を出すことにした。
「お詫びといってはなんだが、先ほどの位の件。重々承知した。そなたにぴったりの位を授けよう。しばしの間、待ってくれ」
果たしてどうだろうかと思い、ちらりと顔色をうかがうとやはりだった。
韓侂冑はさっきと打って変わってほくほく顔だった。




