外戚の男⑥
やがて趙汝愚も地面に腰を下ろした。いまだに韓侂冑は戻って来る気配が無かったので、しばらくの間ゆっくりしていても悪くはないはずだろう。
「少し昔話をしてもいいかな、李明?」
「ご自由に」
「私はこの臨安の生まれではなく、余干という片田舎で生まれたんだ」
「そうだったのですか。皇帝の子孫といっても必ずしも、都生まれではないのですね」
「確かに俺は皇帝の末裔だが直系の子孫ではないから、皇帝になれるはずがない。父親はすぐに死んでしまったから、十代の時から一族をたばねるしかなかった」
「へえ、若い時から随分とご立派なことを……」
しばらくは父親の遺産で食いつないだが、それだけでは一族を食わしていくことができなかった。
趙汝愚の一族は大小を合わせると軽く三百人は超えており、その数を考えると遺産だけでは到底無理だった。日に日に遺産が減っていくのを目の当たりにした趙汝愚は一つの決断をした。
科挙に合格して官僚になろう。そうすれば今よりも、ずっと楽な暮らしができるに違いない。
一族もその意見に反対ではなかった。それどころか全面的に協力するという者も現れた。自分の一族から官僚が出ることは、宋代では誇らしいことであり、そのためにはどんなことでも惜しまなかったのである。
一族は全財産を出し合って余干に塾を設立し、家庭教師も各地から呼び寄せた。家庭教師は現代では聞こえはいいが、この時代では何度も科挙受験に失敗して官僚になることを諦めた人達がなる雇われの職業だった。
「勉強はきつかったですか?」
「気が狂いそうだったよ。時には疲れが頂点に達して、硯を家庭教師に思いっきりぶつけてやったりしたよ」
「うわあ、おっかねえ」
「お前だってこの国の人間だから、科挙受験ぐらいしたことあるだろう」
「ありますよ。でもつまらなかったので、一回でやめました。もうあんなのこりごりです。みんなあんなつまらないものを、よく何度も受けますね」
「世の中はお前が考えているほど単純ではないんだ」
しかし、猛勉強の成果もあったのか、初めての受験で合格したのは奇跡だった。通常、何度も受験して合格というものである。下手すると、老人になるまで合格できないというパターンもある。
さすがにそこまでなると諦めろと指摘したくなるが、それでも受けにくる奴らはいるのだ。




