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真夏の夜に  作者: 裕
9/41

距離3

「この炎天下で元気だなぁ、あのカップル。熱中症なりますよ」

「お前こそ暑さのせいで頭湧いたみたいだな。なんで校内にカップルがいるんだよ」

 玄関に続く廊下を歩きながら、窓の外をぼんやりと眺めながら言ったのは水無瀬学園生徒会の書記の砂原さはら

 砂原を必要以上に冷たくあしらったのは生徒会長の宮西みやにし たくみといって侑莉の弟だ。

 巧の髪は茶色く染めて背中に届くほど長い侑莉とは違って黒く短い。

 だが男にしては小柄で、体つきもほっそりとしている。顔も侑莉にそっくりで女の子だと言っても通用するだろう。その外見と強い口調とのギャップに大抵の人は驚く。

「ひでぇ、ツンデレのデレが無さ過ぎるー!」

「あってたまるか」

「そんなぁ……、ていうかホントにいるんですって。見てくださいよ」

「お前が屋上から飛び降りたらな」

「えー……あ、分かった! 先輩わざとツンツンしてオレの気を引こうとしてるんでしょ!」

 ブチリ。不吉な音がして砂原はヤバいと思ったが既に遅い。

 巧の血管が切れる音だ。もちろん実際に切れているわけではなく、砂原がこれまで積んできた経験からくる警告音のようなものだ。

 顔を上げた巧の眼光は鋭く砂原を睨みつける。怒鳴りつけるわけでなく黙ったままジッと。

「……一人で死ぬのが難しいなら手伝ってやる」

「すみません、調子こいてすんません! だから、うぎゃああーっ!」

 尻目掛けて重たい蹴りをお見舞いする。床に倒れ込んだ砂原の上に容赦なく乗って、何気なく窓の外を見た。

「うわ、マジでなんか人いるし。思いっ切り不法侵入じゃねぇか」

「だーかーらーいるって言ったのにーっ!」

 砂原がジタバタともがきながら大きな声を出すのもお構いなしに巧は乗り続ける。

 砂原など構っている場合じゃなかった。

「……侑莉?」

 巧のいるところからだと、ちょうど背を向けられていて女の顔は見えないが、姉を間違えたりはしない。

「あいつこんな所で何やってんだっ」

 飛び降りると「ぐえ」と潰れた蛙みたいな声が聞こえた気がしないでもないがどうでもいい事だ。

 それよりも。侑莉が何故ここにいるのか。あの一緒にいた男は誰なのか。

 隣にいる男はニヤニヤと意地悪そうに笑って侑莉を見ていて、その顔が無性に腹立たしかった。

 それに舌打ちをする。

「侑莉っ! お前こんな所で何やってんだ。そこで待ってろすぐ行く!」

 捲くし立てると侑莉は男の方を窺うように見て話しかけた。

 それにもう一度舌打ちをして、窓を閉めた。

「あん人達って先輩の知り合いっスか?」

「男は知らん」

 実際には巧は凌の事を知っていた。というよりも見た事があるような気がした。

 知り合いというわけではないから嘘をついているとも言えないが。


 やはりというか予想通りご立腹だった巧の様子に侑莉は項垂れた。

 出来る事なら今すぐ逃げてしまいたいが、そんな暴挙に出た日にはどんな報復が待っているか分かったものじゃない。

 ビクビクとしながら巧が到着するのを待つ。

「えっらいご立腹だったなぁ弟」

「………」

 何故か楽しそうな凌を見て侑莉はため息を吐き出した。

 予想以上に怒っていた巧。二週間以上も家を勝手に空けたのだから当然だ。こればかりは仕方ないと腹をくくった。

「そうだ。香坂さん、巧の容姿については触れないでくださいね。ひどいですよ」

 顔? と凌はさっき窓から乗り出していた顔を思い出そうとしたが、遠かったのもあって記憶はぼやけている。それでも小柄ではあったからその事だろう。

「で、ひどいって何だ?」

「すっごく怒るんです」

 急にヒヤッとした空気が肌に触れた、ような気がした。

 涼しい? と言おうとしたが、巧の仏頂面がすぐそこにあって口を閉ざした。喋っている間にどうやら弟が着いてしまっていたようだ。

 真夏にもかかわらず寒さを感じたのは、巧の怒気が伝わってきたからか。

「場所移すぞ」

 開口一番にそう言われ、侑莉は「はい!」と姉とは思えぬ従順っぷりで答えたのだった。


 着いた先は、カラフルな色使いとポップなロゴのファミレスだった。

 店内は軽やかな店舗のBGMが流れ、なんとも和やかな雰囲気なのに、それを一瞬で壊す一組のテーブル席。

 巧はさっさと一人座ると、向かい合う位置を差されて侑莉を座らせた。

 そのソファに座ってからまだ立ったままの凌の方を見た。横に座ってくれというサインだ。

 侑莉の希望通りに腰を下ろした凌だったが、どうやら傍観する気でいるらしい。一言も発しようとしない。

 そして何故か巧の隣には勝手についてきた砂原が座る。

 まるで先生と面談をしているような緊張感を持ちながら巧の様子を窺う。

「うわぁー瓜二つ! そっかぁ、宮西先輩はお姉さん似の美じ――」

 空気を読む事も感じる事さえ皆無な砂原が二人の顔を見比べながら嬉しそうにはしゃいでいた。

 だが、言い終わる前に巧が握り締めた拳が頭に振り下ろす。

「痛っ! あた、頭割れるかと思った!」

「砕ければ良かったのに」

 巧の容赦ない一撃に一番恐怖を覚えたのは侑莉だった。

 どうして弟がこんなにも凶暴になってしまったんだろうと、少し悲しくもある。

「ね、香坂さん言った通りでしょ……」

「痛そうだなぁ」

 背をもたれに預けたまま腕を組んで凌はこの状況を一人楽しんでいた。そんな凌を巧は一睨みしてから侑莉に向き直る。

「家を飛び出した理由は聞いた。あれは親父が悪い」

「でしょ、でしょ!?」

「家出した日からあの男と一緒にいたのも知ってる」

 父親の非を巧に同意してもらえて浮上しかけた侑莉の気持ちが凍りついた。

 家を出てからすぐに携帯電話は捨ててしまったし、巧や知り合いの誰にも会わなかったはずだ。

「もしかして……コンビニに停まってた車って巧が乗ってたの?」

「そう。帰りが遅かったから但馬さんに迎えにきてもらってた。車の中で親父に電話で事情聞いてる最中に侑莉がコンビニに入ってくのが見えたから停まって。変な男と出てきたからどうしようかと思ったけど無理矢理連れて帰んのも嫌だし放っておいた」

「う、ありがと……」

 巧の話す内容は侑莉の心情を理解してくれているのに、言葉の端々が妙に刺々しい。

「で、その男誰だよ」

「香坂さん。ずっと居候させてもらってるの」

「こうさかぁ?」

 怪訝な顔でジロリと凌を見た。

「えらくつっかかってくるな弟。顔は姉ちゃんそっくりなのに中身は逆か」

「たっ、巧! 落ち着いて!」

 ダンッと机を叩きながら立ち上がった巧の肩を押さえながら侑莉は後ろを見た。

 凌はやはりニヤニヤと笑っている。

「わざと焚きつけるような事言わないでくださいよぉ」

「弟の器がちっせーんじゃねぇの?」

「香坂さん!」

 侑莉はもう前を向く事が出来なかった。触れている巧の肩が怒りで震えているのが分かる。

 これは絶対に殴りかかると思ったが、侑莉の予想は外れて巧は静かにソファに座りなおした。

「侑莉……前々から男の趣味があんまり良くないと思ってたけど、あれは最低だぞ。今すぐ別れた方がいい」

「た、巧何言ってるの! 香坂さんはそういうんじゃないよ」

「はぁ? ちょっと待て、恋人でもない男の所にいんのか!?」

 う、と侑莉は言葉に詰まった。たまたまコンビニに居合わせた男性の家に転がり込んだなどと言えばどうなるか。

 怒られる程度では済まないだろう。強制連行される可能性もある。

「まさか見ず知らずの赤の他人とか言わないよな。そんな常識無い事してないよな」

「……ごめんなさい」

「お前ぇー」

 有り得ない姉の行動に巧は頭を抱えた。怒りを通り越して呆れるしかできない。

 普段大人しい人間ほど切羽詰った時にとんでもない事を仕出かすものだと身を以って体験してしまった。

「それで。いかにも手が早そうな男だけど変な事されてないだろうな?」

「巧! いくら本当にそう見えるからって失礼でしょ」

 前に乗り出して巧にだけ聞こえるように言った。

 正確に言うと侑莉のイメージとしては、手が早いというより来る者拒まずといった感じだ。

「聞こえてんぞ」

「きゃぁ!」

 頭を後ろから掴まれてビクッと体が跳ねた。

 そろそろと横を向くと鋭い眼が侑莉を見下ろしていた。

「お前が俺をそんな風に見てたとは知らんかったなぁ」

「その、なんていうか。間違ってます……?」

「この二週間お前に手出してないだろうが。あ、でも出そうとはしたか」

「えぇ!?」

 思ってもみなかった凌の言葉に侑莉は大きな声を出した。一体いつの事なのと振り返ってみても全く思い当たる節がない。

 きっとでたらめを言っているんだろう。そう思って凌にヘラッと笑うと、今日になってやっと見せるようになった笑顔を向けられ、それに安心して頭に手を乗せられたままの状態で息を吐いた。

「どっちだと思う」

「……え? まさか」

「まぁ実際には何もなかったから気にすんな」

 グリグリ頭を回されながら結局どっちなんだろうと考えても分からないものは分からない。

 凌の言う通り気にする事でもないかと、それ以上考えるのをやめた。


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