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真夏の夜に  作者: 裕
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 夕方になってもまだ外は太陽が昇っており、沈む気配も未だ見せない。

 ぼんやりと眺めていれば八月の空とはこんなにも明るいものだったのかと、今更すぎる感想が頭を過ぎる。

「こんにちは」

 笑顔で挨拶して入ってきた希海に、侑莉は同じように挨拶を返した。

 今侑莉は数日前から始めたコンビニでもバイト中で、もう次のシフトの希海と交代の時間だ。

「あれ一人?」

「うん、さっき用事があるからって先に帰ったよ」

 朝から一緒に入っていたアルバイトの子が、ごめんねと何度も謝りながら帰っていく様子を思い出した。

 最初に希海が言った通り、ここのコンビ二はとても居心地が良かった。

 アルバイトの店員も、今まで会った人たちは皆気さくで、初対面の人には身構えてしまう所のある侑莉でもすぐに打ち解けられた。

 まだ夜のシフトに入ったことがないから、いつも話題に上がってくる深夜のクルー達には会っていない。一度オーナーに、どんな人達なのか見てみたいと何気なく言うと物凄い剣幕で却下されてしまったのだ。

「え? ダメダメ。あんなのに囲まれたら侑莉ちゃんなんて一溜まりもないから。会わずにいられるならそれにこしたことない!」

「そんな……ケンカするんじゃないんですから」

「うーん、ケンカはまぁしないけど。でもやっぱりお薦めできないねぇ。見てるだけで疲れるし」

 頑なに拒まれ、それでも会いたいと思うわけでもなく、また実際に会ったとしても確実に自分がその雰囲気の中に入れないだろうという自覚もあり、それ以上は何も言わなかった。

 けれどこのオーナーにここまで言わせてしまう人達に、興味を持ってしまうのは仕方のないことだろう。

 店内に客が誰もいないのを確認してから、希海に向かって口を開いた。

「希海ちゃんは深夜の人達と仲良いの?」

「え……」

「……え?」

 目を大きくして不思議そうに見てくる侑莉に、希海は至極真面目な面持ちで言った。

「私はあの人達と無関係でありたいと常に思ってるよ」

「そうなの?」

「でも、どうして?夜にシフト入る事になったの?」

「そうじゃなくオーナーに止められて。だからどんな人達なのかなぁって思ったから」

 ああ、と納得したように頷いてから希海は笑った。

「多分だけどね、アイツ等のせいだけじゃなくてオーナーは侑莉さんを夜遅い時間に帰すのが心配なんだと思う」

 この辺りは治安がいいと言っても外灯が所々にあるだけの暗い住宅街を一人で歩かせたくないのだろう。子どもじゃないのだからとも思うが、実際に危険な目にあえば何の対処も自分が出来ない事も容易に想像がつく。

 希海が笑った意味が分かった。心配性ともとれるオーナーの心遣いはとても温かい。

「まーったく、時間とお金にルーズな男ほど嫌われるものないよ!?」

 インターホンが鳴るとともにオーナーと、彼に引き摺られる頼が入ってきた。

 どうせ寝てて遅刻してくるに決まっているから、と言って起こしに行っていたのだ。半分以上目が閉じている頼を見れば、本当にさっきまで寝ていたようだ。

 このコンビニは四階建てのマンションの一階部分にある。希海は二階、頼は三階の一室を借りて住んでいるらしい。階段を上り下りするだけの距離だから、希海は夜にバイトしている。

「はよーっす」

「岸尾寝すぎ」

「いつまでも寝られるってのは若者の特権だからな!」

「意味分かんないし」

「お前は老人決定」

 こういうやり取りをしていると、二人は仲が良いと侑莉は思う。住んでいる場所と歳が近いのも関係があるかもしれない。

 そう本人達に言ったら「侑莉さんも歳の差感じた事ないよ」と返されてしまい、それは自分が子どもっぽいからだろうかと内心ショックを受けた。

 侑莉は十九歳で頼と二歳、希海とは三歳の差がある。

 今は侑莉の事をさん付けで呼んでいる頼だが、初対面では同い年だと思ってアンタと言っていたくらいに童顔なのも手伝ってか、あまり年上だという意識を持たれていないらしい。

「侑莉ちゃんお疲れー。でもその前に一つ。明日からお盆だけど家に帰らなくていいの? 家主さんとは仲良くしてる? お父様元気?」

 もう交代の頼も来たので帰ろうとしていた侑莉に、バックルームのイスに座ってパソコンの画面を眺めていたオーナーが聞いてきた。

 彼は侑莉がこの街に来た理由を知っている、というよりも侑莉から無理やり聞き出している。そして凌の家に居候している事もだ。

「一つって言いませんでしたか……?」

「気にしない、気にしない」

「えと、家には帰りません。連絡も全然入れてないんですけど、父は元気だと思いますよ」

 あの人が病気に掛かるなんて想像できないし、と心の中でそう付け加えた。

 それに、侑莉が帰りたくなくても父親がその気になれば強制的に連れて行かれるだろうから、放っているという事は今はまだ好きにしていいのだろうと考えている。

 もしかしたら弟から何か一言あったのかもしれない。それから、今居候しているマンションの方へ意識を移した。

 オーナーが言っていた家主とは凌のことで、知らない人を名前で呼ぶのは抵抗があるからと『家主さん』という奇妙なあだ名を付けれられ、ここではそれで通ってしまっている。

「香坂さんは分かりません」

「はい?」

「あれから一度も会っていないので」

 一週間前、バイトの帰りに偶然凌に会って一緒に帰り、晩ご飯を食べ終わるまでの少しの時間だけ会話を交わした次の日から、また凌の仕事が忙しくなったのか殆んどマンションにいる事はない。

 朝、リビングに行くと飲み終わって空になったコーヒーカップが置いてあったり、洗濯機が回っていたりするから、ああ自分が寝た後に帰ってきて起きる前に出て行ったのだなと推測するだけ。

 侑莉が寝る前からクーラーのリモコンの位置も何も変わってない日もあるから、毎日帰ってきているわけではないのかもしれない。

「うーん……彼女さんの家に泊めてもらってるのかなぁ」

 ユニフォームを脱いでロッカーにしまいながらのんびりと言ったが、それはオーナーが驚くには十分な内容だった。

「家主さん彼女いるの!? なのに侑莉ちゃん居候してて大丈夫!?」

「いえ直接香坂さんに聞いてはいないんですけど女性用のシャンプーとか置いてあったから多分、けどどうなんでしょう」

「き、聞いた方がいいんじゃないかな」

「ですよね。でもタイミングが……。それにじゃあ出て行けって言われたらちょっと怖いです」

「その時はこの上に居候すればいいよ」

 この建物自体がオーナーの持ち物らしいと希海が以前に言っていたのを思い出した。だが賃貸マンションであろう一室をこうも簡単に使っていいなどと普通言えるだろうか。

「あの、いえ、私お金とか……」

「僕の奥さんって超がつくくらいのお金持ちでね、マンションもコンビニの経営も暇つぶしにやったら? 程度なのよ。だから全然そういうの気にしないでもらえるといいな」

 そう言ったオーナーの笑顔は、先ほど希海と話していて感じた温かさそのものだった。侑莉に、頼ってもいいのだと安堵させる大人の顔だ。

 父親よりは幾らか若いが、それでも兄というには歳が離れすぎている、紛れもない大人。

 みんなが雇い主のはずのオーナーに向かって冗談で憎まれ口を叩いたりしているのは、彼が自分よりも一回りも二回りも年下の子たちと同じ目線で話して隔てがないからだ。でも大人としての包容力からくる絶対的な信頼も寄せられている。

「ありがとうございます」

「うん、考えといてね」

 念を押すオーナーに侑莉は無言のまま笑顔で返した。肯定とも否定ともとれない曖昧なものだった。

 そのまま、お疲れ様でしたとバックルームを出ていく侑莉を見送って、オーナーは一人うーんと首を捻るしかない。

「さて、どうしたもんかなぁ」

 思っていた以上に侑莉は頑なだった。オーナーにしたように頼や希海にも「お疲れ様」と声を掛けると、希海が少し躊躇うように目を伏せてからもう一度侑莉の方を向いて言った。

「侑莉さんの今日の晩御飯って何?」

「え? んーまだ考えてないけどサッパリしたものがいいかなぁ」

「そっか。ありがと」

 どうしていきなりそんな事を聞くのかと思ったが、お疲れ様と話を切られてしまい、まあ大した事でもないかと侑莉もそれ以上は何も言わなかった。


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