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真夏の夜に  作者: 裕
33/41

断ち、向かう2

 教室の半分くらいの広さの生徒会室の中は煩雑だった。

 机の上は空いたスペースが無いくらいに物が溢れていて、段ボールや資材も適当に積まれ、ホワイトボードには何やらびっしりと書き込まれている。どれだけこの文化祭のために忙しい日々を送っていたのかが知れた。

 皐月達と別れた侑莉は、ぐるりと校内を回った。もちろん千春と一緒に。大まかに見終えここへ来た。

「どうしたの? 何か困った事でもあった?」

 説明もせずに鍵を取り出し、生徒会室に連れて行ってくれと言えば困惑もするだろう。人に聞かれたくない話があると解らないはずが無い。解ったならば千春は絶対にこう聞くのだ。

「大丈夫?」

 心配そうに顔を覗き込んで来た千春に侑莉は頷いた。ああ本当に

「変わらないね」

 昔から千春はいつも泣き出しそうになると「大丈夫?」と侑莉に尋ねる。大丈夫だと答えても、それが本心でないと見破って、何も言わずに傍らにいてくれるのだ。

「春くんは相変わらず私に甘すぎる」

「ねぇ侑ちゃん……それが全部、下心からくるものだって知ってた?」

 侑莉が言葉を続ける前に千春は口を開いた。この状況で何を言われるのか想像はついている。彼女の表情が物語っているから。

 だから侑莉が結論を言ってしまう前に、伝えておかなければならない。

 事ある毎に侑莉は千春が優しいと言う。当然だった。そう見られるように振舞ってきただけだからだ。

 そうするのが一番手っ取り早かった。大丈夫かと問えば大丈夫だと答える彼女に、他人の前では弱さを一切見せないようにさせて、とことんまで追い詰めた所を甘言で付け入った。

 無理なんかしないで、俺がいるから。もっと頼って。尤もらしい台詞ばかりを吐いて。

「俺にだけたまに見せる泣きそうな顔が見たくて、辛いって言葉とか聞きたくて、そんな事のためにギリギリまで追い込んだりした。追い込んでおいていつだって心配するふりをして、優越感に浸ってたんだ。ずるくたって何だって良かった。他の奴に取られるくらいなら……」

 そのくせ、別れを切り出された時にはあっさり身を引いた。縋りたくても出来なかった。みっともないと思ったから。格好つけた。物分りのいいふりをした。

 馨に指摘された通りだ。

 侑莉の事だから、すぐに他の男に靡く事はないだろうとたかを括ったのもある。きっと自責の念にかられて、千春を忘れられないだろうと。だから頃合を見て、また近づけばいいと考えていた。それまでは大人しく幼馴染の位置にいようと。

「ずっと自分の事しか考えてなかったよ、侑ちゃんのためになんかじゃ……ない」

 こうして話していれば、もう侑莉は二年前に囚われていないと分かる。誰かが千春が長い時間を掛けて沈みこめた侑莉を引き上げた。もう侑莉は千春を必要としない。戻れないのだと気付いた。

 離れるべきじゃなかった、あの時に侑莉が嫌がっても手を放すべきじゃなかった。子供みたいにみっともなくても縋いていれば良かったのかもしれない。

 けれどそれを今思ってみて何になる。

 侑莉にしてみたらもう二年も前に区切りのついた事なのだから、今更どうする事も出来なかったのだ。諦めるしかないのだけれど、せめて最後にもう一度だけ――

 歯を食い縛り俯かせていた顔をそっと手で挟まれて上向かされた。

「泣かないで。大丈夫?」

 いつか千春が侑莉に言った言葉。まだ素直に彼女を心配していられた頃と同じ。幼かった千春の精一杯の思いやりの言葉。

 同じセリフを何度となく伝えてきたけれど、いつからこんなに想いは歪んでしまったんだろう。

「こうやって言ってもらうとね、強くなれるような気がしたんだよ。強くなろうって思えたの。実際には全然だったけど」

 侑莉は照れたようにはにかんだ。決して彼女は弱くなんてなかった。去勢を張ってでも自分の足で立とうとしていた。

 それを千春がさせなかっただけで。

「春くんが優しいふりをしてたって言うならそうかもしれないけど、私だってそんな春くんに甘えて利用してた。それにね、春くんがいなくても私は私で勝手に追い詰められてたと思う。だからいつも傍にいてくれて大丈夫って聞いてくれて、手を引いてくれて……救われてたんだよ」

 侑莉の思うような優しさではなかったかもしれない。でもそんなのは関係なかった。確かに侑莉は千春の存在に助けられていた。彼が居てくれたからこそ、泣き暮れていた日々から脱出出来たのだから。

 暫らく何も言わず、侑莉の言った事を反芻しているように黙っていた千春だが、きつく眉を寄せてから、すぐに笑顔を作った。泣き出しそうで、困っているような、そんな弱々しいものだった。

「もう一度ちゃんと言っておきたかったんだ……、ずっとずっと自分の立場も侑莉ちゃんの気持ちも利用してきたけど、でも。でも本当に好きだったんだ、好きだった」

「私――」

「やめろ変態―っ!!」

 外から聞こえてきた巧の怒声と、更にそれを掻き消す程の勢いで開いた部屋のドア。呆気に取られた二人は口を開けたまま固まっていた。

 開ききったドアの向こうから顔を覗かせているのは気まずそうな皐月と、にこやかな静矢。暴れる巧に、彼を抱きすくめている瑞貴。そして

「こ、香坂、さん……!?」




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