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真夏の夜に  作者: 裕
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断ち、向かう

 夏休みに来た時には閉ざされていた大門は、多くの人を招き入れるべく開放されていた。皐月達とはここで待ち合わせをしている。一番オーソドックスで迷いようのない場所だ。

 他にも連れの姿を探してきょろきょろしている人がちらほらと見受けられた。その中でも一際目立つ二人組に侑莉は手を振る。

 時間厳守、五分前行動が基本の皐月と、彼女とセットの静矢はもう既に着いていたようだ。

 二人とも目立つ容姿をしているから周囲の視線を集めている。探す手間が省けて楽だなぁ、などと侑莉は他人事だ。

「おはよ、お待たせ」

「ううん全然だよ、皐月が張り切って早く着き過ぎただけ」

「張り切ってない! 私は小学生か」

「小学生の頃の皐月も可愛かっただろうね」

 毎度同じような内容で不毛な会話を飽きもせず続けるこのカップルに、高校からの付き合いである侑莉は慣れっこだ。「そうね」なんて簡単な相槌を打ちながら学校の中に入っていった。

 この学校は何度来ても広いと感じる。侑莉達が通っていた兄弟校だというのに、規模が違う。

 立地条件や交通の利便性を考えると、こちらが断然に良いとは言い切れないが。パンフレットと睨めっこしながら中庭を目指す。

「え、もうあそこ行ったの?」

「早く着いちゃったから時間つぶしに。ほら皐月が張り切って」

「違う! 待ち合わせ一時間間違えただけ!」

 ラウンジの横を通る際、そこでカフェをやっているのだと皐月に教えられた。二人は侑莉との待ち合わせ時間になるまで、あそこにいたらしい。

 一際賑わいを見せるカフェは、店員の生徒が各々個性的な衣装で接客してくれるとかで。ちょっと見てみたかったなぁと後ろ髪を引かれながらも通り過ぎた。

「じゃあもう食べ物いらない?」

「模擬店のくらい幾らでも入るよ、侑莉じゃあるまいし」

 これから行こうとしているのは中庭で、そこに巧のクラスの出し物があるのだ。

 たこ焼きらしい。本人曰く、普通かどうかは定かではないという事だけれど、一体どんな店に仕上がっているのだろう。

 「あれ何かな」と静矢が指差した先には人集りがあった。店に行列を作っているというわけではなく、どうやらこの大人数は野次馬のようだ。覗いてみたくても中心は見えそうもない。何の店だろうと首を傾げつつも通り過ぎようとしたその時

「あーっ、ドッペルさんだぁーっ!!」

 人の垣根を抉じ開けて出てきた生徒が一人、侑莉を見て驚いた。目をまんまるにさせ、指差してくる。だが侑莉の方が更に驚きだ。

 ドッペルさん?

 何故そんな風に呼ばれたのかも、彼が誰なのかも知らない。どこかで会った事のある子だろうか。

 蜂蜜色の髪が特徴的な、あまり男臭さのない子だ。彼の容姿に引っかかりは覚えたものの、知り合いではなさそうだ。

 というかこの学校での顔見知りなど巧と千春くらいしかいない。

「ちょうど巧帰って来てるから呼んできますねー」

「侑莉、知り合い?」

「え、えー……んー?」

 こそっと皐月に耳打ちされたが、答えに詰まった。本当に誰なのか判らない。

 相手は侑莉を認識しているのにこちらは覚えていないというのは、もしかしなくてもかなり失礼な話だ。急いで記憶を巡らせてみるが上手くいかなかった。

 侑莉が思い出すよりさきに、また人混みを掻き分けて少年と巧が来た。すると野次馬達は今度は侑莉達を注目し始めて、どうやらこの子等が渦中の人だったらしい。

 「じゃあ僕は昼ご飯買いに行くね」と手を振って去っていった少年を見送って、侑莉は巧の袖を引っ張った。

「ね、あの子って家に遊びに来たりしてたっけ?」

「は? 緒方が? あいつ、侑莉が夏休みここに来たときに会ったって言ってたけど?」

「……あー! ああ、あの時の子かぁ!」

 そう言われればそうだったかもしれない。やたらと印象的な対面だったのだが、顔までは覚えていなかった。相手は巧と侑莉が瓜二つだったから忘れようが無かったのだろう。

 皐月達に馨との出会いを説明すると微妙な反応が返ってきた。「まあそんな事はいいとして、巧くん久しぶり」とあからさまに話を変えたくらいに。

「巧、たこ焼き!」

 弟の手に提げられているのを目敏く見つけた侑莉は手を出す。本人はその存在を忘れていたらしく「ああ」と姉に渡した。

「巧も料理出来るようになってたなんて……」

 家では湯を沸かす以外でキッチンに立つことなど無いものだから、全く想像がつかなかったが。

 知らない所で成長していくものなのね、と大袈裟すぎる感慨に耽りながら皐月達にも渡す。

「たこ焼き焼けても料理出来る事にはならないだろ。てか言っとくけどそれ焼いたの俺じゃないし」

「なんだ……巧が私のために作ってくれたのかと思ったのに」

 しゅんとする侑莉がフタを開けたのとほぼ同時に皐月と静矢も中身を確認して、そして同じようなリアクションを取った。

 何これ? と巧を見る。

「だから、俺が作ったんじゃないからな。さっきの奴。あいつが作ったのだからまともじゃないとは思ってたけど」

 世間一般で言うところのたこ焼きという概念を取っ払った、斬新と言えば聞こえのいい、それはそれは規格外の食べ物だった。

 材料やソースは同じなのだから、味は確かにそうなのだけれど。イカ焼きともまた違う、何とも言いようのない歪な形状だった。

 マヨネーズでその上に猫や犬の絵が器用に描かれているのが和やかだが、何かが誤魔化されているような気がする。

「ほんとこの学校って変わった子多いよねぇ」

 固まっている皐月の隣で、静矢がおかしげに言う。以前、どこかで誰かも同じような事を言っていたような気がしたが、誰だっただろうか。

 千春だったかもしれない。侑莉がそう考えているのを見透かしたようなタイミングで巧が問うた。

「千春にはまだ会ってないのか」

「あぁうん、もう少ししたら」

 侑莉と巧は時計で時間を確認した。

「なら生徒会室使えば? こんな人だらけの中でするような話じゃないだろ」

「いいの?」

「千春だって役員だからな」

 鍵を侑莉に渡して巧はクラスのテントに戻っていった。身内の欲目も手伝って、良く出来た弟だと一人感動する。また今度お礼しようと思いながら、鍵を鞄の中にしまった。

「千春って……」

 久しぶりに聞いた名に皐月は目を見張った。何度か会った事のある、巧と侑莉の幼なじみの男の子。けれどそれだけじゃないと知っている。今更何を。そんな視線を受けて侑莉は苦笑した。

「退路を絶つため、かなぁ。私はすぐに誰かに縋ろうとしてしまうから。きっと香坂さんにフラれて私が傷心してたらハルくんは放っておけないと思うの。でもそんな事したら二年前……、もっと小さい頃から何も変わらない。また同じ事の繰り返しになる」

 だから今度は。今度こそは二の舞にならないように。もう幼なじみにも戻れないかもしれない。

 でも侑莉にはそれだけの事をしたのだという自覚がある。彼はまだ笑い掛けてくれるけれど。決してそれに頼ってはいけないのだ。

「宮西さんの決意って重いね」

 巧にもらったたこ焼きもどきを完食した静矢は関心したように言う。聞き捨てならなかったのは皐月だ。

「なに、静は軽いノリで私と付き合ってるわけ」

「違うよ! そりゃ俺も一大決心で大勝負に出たけどね。何て言うか、相手への気持ち以外のものが大きい気がする。うん、そういうのって邪魔だよね、判断鈍らせるから」

 静矢の言いたい事はよく理解出来た。凌が好きで、それは間違いないのに、気にしてしまう過去と自分以外に凌に好意を寄せる人の存在。

 だから侑莉は逃げた。

「でもそういうの全部集めたのよりも、好きな気持ちが大きくなるのが俺は早かったってだけ。皐月もね」

「……まぁ、そうかな。侑莉は時間が掛かったからこそ、ちゃんと伝えないとね。大丈夫、フラれたら私達がいくらでも慰めてあげるから」

「皐月……」

 ありがとう、ありがとう。皐月に抱きついて、何度もそう伝えた。



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