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真夏の夜に  作者: 裕
30/41

侵心

巧と千春の学校の様子。特に読まなくても問題ないかと

 彼女はいつだって穏やかに微笑んでいた。

 けれどそれは涙を堰き止めるためのものであって、本当に心静かであったわけではないのだと千春は知っていた。そういう風にしたのは彼女を取り巻く環境と千春のエゴだったから。

 初めて侑莉に出会ったのは、侑莉の母親のお通夜の席だった。

 一人家に置いておくわけにはいかないからと連れて行かれ、大人達が何をしているのかも分からずただ退屈で、そして異様な空気の流れるその場に辟易していた時だった。

 子供ながらに感じ取った重苦しさが漂う会場から抜け出してあてもなく歩いていると、通路の奥から何やら話し声が聞こえた気がして自然とそちらへと向かった。

 フロアの隅で縮こまり抱き締めあう、自分と同じくらいの歳の子等に気付き、興味半分で近づいた。

 持て余す退屈を共有でいないか、そんな軽い気持ちで。

 だが一見してすぐにその子等がこの葬式の当事者であると分かった。中にいる大人達と同じ、いやそれ以上に二人は沈み切っていた。

 困惑する弟にしがみ付いてすすり泣く女の子に掛けた第一声が

「泣かないで」

 だった。子どもらしい、その場限りの慰めのようなものだ。自分が居づらいから何とか堪えてもらいたい。そんな気持ちが多きかったように思う。

 この言葉が自分と侑莉の関係の位置づけに深く関わってくるなんて、当然思いもよらなかった。

 侑莉はいつだって柔らかく微笑む。

 他でもない自分が彼女にそう願い、そうあるように訴え、侑莉から涙を流すという選択肢を奪ったのだ。幼かった時分はまだ純粋に慰めようとする意思はあった。

 彼女の小さな手と自身のものがまだ同じような大きさであった頃は、必死になって元気にさせようとしていた。

 初めて会った日以降、毎日のように足繁く侑莉の元へ通い、彼女にぴたりと寄り添う弟と共にあれやこれやと手を尽くす。元気になって欲しい、笑ってもらいたい、自分の方を向いて。

 何も知らなかったのだ。理解出来よう筈もなかった。

 人の死というものが何を意味するのか、どうなる事を言うのか半分も解らない程に子どもだった。

 千春と同い年である巧も大差なかったからこそ、母親がいなくなった現実を知りながらも侑莉のように泣き崩れたりはしなかったのだろう。

 そんな幼い二人の気遣いを察すれば侑莉も心配を掛けまいと平静を装うようになった。

 自分がしっかりしないと。きっとそう思ったに違いない。それでも侑莉が立ち止まり、涙を零しそうになる度に千春は手を取り引っ張った。

 彼女のものよりも自分の手の平が大きくなった時にはもう、以前と同じ気持ちではなくなっていた。


 文化祭までもう残された日数も僅かになり、放課後であってもどの教室も多くの生徒で賑やかにしている。千春は通り掛けに聞こえてきた、耳に慣れた声に立ち止まった。

 一緒にいた友人の福原ふくはら 壱都いちとも何も言わずに倣う。

 開け放たれた窓に手を掛けて中を覗き込めば、やはり巧がなにやらクラスメイト達と騒いでいた。

「巧、今日って生徒会はもう集まらないよね?」

 侑莉とそっくりの、けれども彼女よりも数段気の強そうな顔つきの巧は辺りに視線を彷徨わせ、廊下側の窓に凭れかかって中を覗いていた千春を見つけた。

「あー! イッチーどう元気ぃ?」

 巧ではない。彼の隣にいる、先ほどまで楽しげにはしゃいでいた緒方おがた かおるが身を乗り出して言ったのだ。

 そうすれば今度は千春のすぐ後ろに立っていた友人の福原ふくはら 壱都いちとが静かにひらひらと手を振る。肯定しているらしい。

 常にローテンションで、淡々と日々を過ごしているような壱都だから、元気という単語がどうにも結びつかないのだけれど。

「どうせ誰も行く暇なんか無いだろ、一年の奴等もバタバタしてるしな」

「分かった。じゃあ壱都……」

「あれ安部いたんだ、イッチーに隠れて見えなかった。ていうか視界に入れたくなかった」

 もう行こうか、と言い掛けた千春にこれまでとは別人のように調子を落とした馨の言葉。冷え冷えとした彼だが、千春は気にしない。というより一々気にしていられない。

 こんな馨の態度は今に始まったものではない。最初からこうであったわけではなかったが、いつの頃からか覚えていないくらい以前から馨はこの調子だ。

 千春の何が気に障ったのか知らないし、取り立てて関係を修復しようとも思わない。

 一つ溜め息をつけば馨は露骨に顔を顰めた。

「俺が気に入らないなら突っ掛かってこなければいいのに」

「気に入らないんじゃないの、嫌いなの。そのひん曲がった性格をアイロン当ててぴしっと真っ直ぐにしてやりたい」

「それは壱都に言ってあげて」

 ぼんやりと大人しく隣で立っている壱都だが、腹の底では何を考えているのか得体の知れない部分があるのは、付き合ってみれば直ぐに分かる事だ。中学のときから仲の良い馨だって当然知っているはず。

「イッチーはいいのよ、これで成立してるから」

「俺と何が違うって言うんだか」

「安部は見てて腹立つ」

 結局は言い掛かりではないか。説明になってない説明を大真面目な顔でする馨に、もういいと手を上げて制した。

 これ以上続けてもきりがない。彼のペースに巻き込まれれば、千春まで腹が立ってきそうだ。

 あまり感情に流される方ではないが限度というものがある。

「馨は気に障るんじゃなくて、気にしてる」

 ぽつりと壱都が呟いた。その予想外の言葉に千春は顔をまじまじと見た。まるで馨に心配でもされているのだと言っているような内容に驚いて。

 壱都は真っ直ぐ前を向いたまま。千春を見ようともしない。彼にとっては特に大した事でもないのだろう。特に嘘をつくほどのものではないという事だ。馨はと言えば、ばつが悪そうに顔を逸らしていた。

 子どもっぽいくせに妙に鋭くて。興味がないくせに敏感で。馨も壱都も。

 そして馨はついつい口を出してしまうのだろう。

「そうだ千春、侑莉がお前にメールしてもいいのかって悩んでた」

 金槌の柄で肩をとんとんと叩く巧。どうでも良さそうに言われたその内容に、目を見開いた。

「何それ、いつでもしてくれていいのに」

「分かった。じゃあそう言っとく」

 くるりと金槌を回しながらまた作業に戻っていった。侑莉はそんな事を気にしていたのか。彼女らしいと言えばそうなのだが。自然と緩んだ空気を察した馨がにやりと笑う。

「侑莉って誰?」

「巧のお姉さんだよ」

「……ああ! あのドッペルゲンガー!」

「はぁ?」

 ぽんと手を合わせた馨に思わず聞き返してしまった。どうやら顔見知りのようだが、何だろうその分かるようで意味不明な理解の仕方は。

 怪訝な表情の千春を放って、馨は納得したように「なるほどねぇ」と頷いた。

「ははーん? さては安部、ドッペルさんに告ってフラれて、更には相手に気を遣わせてギクシャクしちゃってんでしょー」

「ドッペルさん言うな」

「フラれたのは否定しない」

「ちが、う事もない」

 壱都の鋭い指摘に歯切れ悪くしか返せない。強く否定出来ない様に、しかし壱都は嘲る事も馨みたいにからかいもしなかった。

 そう、と短く呟いただけだ。だがそんな壱都の肩に圧し掛かった馨はそうはいかない。これはいいネタを掴んだとばかりに、とても良い顔でつっかかっくる。

「未練がましく縋る男ほど見るに耐えないものはないやね」

「縋ってない」

「したくても出来ないんでしょ、このカッコつけ。カッコつけ男!」

 何だそれはと言う気力も失せた。指摘しているのか、ただ馬鹿にしているのか分かったものではない。後者の可能性の方が断然高いようには感じるが。

「そういう所が大嫌い」

「おい馨いい加減にしろ! そしてこっちを手伝え!」

 見兼ねたのだろう、巧と作業をしていた小暮こぐれ 聡史そうしが馨を手招きした。馨や壱都といつも一緒にいる彼を千春も良く知っている。面倒見が良く頼りがいのある真面目な男だ。

 顔を合わせる度に始まる一方的な口論は聞き飽き、不毛さに辟易している彼だからこその仲裁だった。

「安部なんかさっさとフラれればいいんだ。二度フラれればいいんだ」

 怒られた馨は渋々といった感じで壱都から離れた。

「二度言ったね。大事な事だったのな」

 教室の中へと戻っていった馨の最後の言葉に壱都がぽつりと呟いた。



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