待ち伏せ2
「よく言うよな、女は言葉にしないと安心しないって」
全くその通りだった。侑莉から凌に要求するのはおこがましいと思うだろうし、それだけが原因で家に帰ってきたわけではないのだけれど、一部の要因ではあったのは確かだ。
「言葉足らずな凌に代わってオレがあいつの恥ずかしい過去を大暴露してやるよ」
瑞貴はこれからの長話に備えて喉を潤すかのようにコーヒーを飲み干した。
「言ってもオレが知ってんのは高校の間だけなんだけどな」
卒業後は当然だがバラバラで、凌が地元に戻ってくるまでのことは瑞貴は知らない。
連絡を取り合うなどという仲良しぶった間柄ではなかった、少なくともここ一年ほどまでは。
「出会ったときからあの仏頂面でよ、クソつまんなさそうに廊下歩いてるもんだからついついちょっかい掛けたくなってなぁ。初めのうちは何度か殺されかけたけど、そのうち普通に話すようになって……。まぁでも本当につまんなかったんだろうな」
「学校が、ですか?」
「何もかもが、だよ」
人と接するのが。動く事が。生きる事が。息をする事が。何もかもが面倒だと高校のときの凌は時折漏らしていた。
なら死んでしまえと瑞貴は言った。何もしたくないというのなら、生きていたくないのなら。短絡的だと自分でも思ったが馬鹿な考えだとは思わなかった。
「ああそうだな、世界が死んだら考えてやってもいい」
凌は学校で堂々と煙草を吹かしながら不遜に返した。破綻した答え。生にこだわらないくせに、凌は絶対に自らを滅ぼしたりしない。
例えこの世がこの瞬間失われても、凌は生きるだろう。考えるなどと言いながら。
「凌らしいだろ、でもあん頃は何だコイツって思ったね、実は馬鹿なんじぇねぇかって」
そんな凌だからこそ瑞貴は気に入って、長く付き合う事になったのだけれど。
「凌は何やらせても卒なくこなすんだ。それって裏を返せば何事も打ち込み甲斐が無いって事だよな。上手くなろうとか努力する間もなく出来ちゃうってのも面白味に欠けるんだと。嫌味ったらしい限りだけどそうなんだろうな」
どんな事をしても楽しくない。どれもこれも同じに見える。他の人が何をそんなに苦心しているのかが理解できない。
妬みや嫉みの対象にされても感じるものは無く、そんな人間の感情がやはり分からなかった。ただ煩わしいとは思い、近づいてくる人を全て切り捨てていくだけ。
そこに好きも嫌いもない。
「小さい頃からそうだったんだろうし、大学でも対して変わらなかったみたいだ。就職が決まったってこっち戻ってきた時の顔も高校と同じだったからな。でも最近は、うん。結構可笑しいよ」
思い出して瑞貴は笑った。侑莉はわけが分からないといった風だ。
「侑莉ちゃんはちょっと思い知るべきだ」
侑莉は知らない。知らなさ過ぎる。夏以前の凌がどうであったのか。今の彼がどうなっているのか。他人の行動一つで一喜一憂する凌なんて見た事無かった。
「随分人間らしくなったもんだよ、あの凌が」
「なんかそう言われると、私が何かしたみたいに聞こえます」
与えられるばかりだったのに。侑莉は居させてもらっただけだった。返したくても返す方法もないほどに、凌に頼り切っていた。
「凌の為って思ってしてなかったならその方がいんじゃん。だから多分良かったんだと思うよ、あいつ極度の鬱陶しがりだから「あなたの為にやりました」みたいなの毛嫌いするし。侑莉ちゃんはそこにいる事に意味がある、そんな感じだったんじゃないかな」
『俺の中じゃお前がここにいるのが当たり前になってんだよ』
思い浮かんだのはいつかの凌の言葉だった。よく凌はこう言っていた。これ以外の要求はされた事がなかった。
許容されているとは思っていた。でもそれだけじゃなくて、もしかして少しは必要とされていたのだろうか。
「そうだったら……」
もしそうだったなら嬉しい。少しでいい、ほんのちょっとでも彼も侑莉と同じように感じてくれていたなら。
目頭が熱い。二ヶ月経った今でもこんなにもまだ揺さぶられる。凌の話が出来るのが嬉しくて楽しい。
「うん。笑わせてやろうとか喜んでもらおうとか作為的に動くと凌は敬遠すんだよ、これオレの経験上だから間違いない。だから凌のことなんかあれこれ考えないで侑莉ちゃんがしたいようにするのが一番だよ」
瑞貴が言わんとしているところに気付いて、侑莉は目を見張った。
誰を傷つける結果になったとしても、心から想う人がいるのなら退くなと父に言われても尚二の足を踏んだのは、凌から離れて時間が経ちすぎているからだ。
彼の性格から言って、これだけ間が開けば侑莉のことなどどうでもよくなっていそうで。
「最初だってあの凌を押し切って部屋入っていったんだろ? やりゃ出来んじゃねぇの」
侑莉の次の台詞を先読みされてしまい、苦笑いをする。あの頃とは違う。凌という人物を把握しているからこそ躊躇する。けれど知っているから諦められない。
諦められないのなら、行くべき? 凌が迷惑するかもしれない、鬱陶しいと思われるかもなんて考えなくて良い?
期待する。一縷の望みがまだあるのではと。自分の小心のせいで逃げながら、再度縋りつくみっともない真似をしてもいいだろうか。
「ありがとうございます瑞貴さん」
「決心ついたか?」
漸くいつも通りに微笑んだ侑莉に、瑞貴は大仰に頷いた。
「でも本当どうしてわざわざ私のところに来てくれたんですか?」
「どこぞのお節介焼きがな、気にしてしゃーないんだわ。また具合悪くなってないかだ、どうにか二人くっつけられないかだ。人の事なんかほっとけっつーのに」
「希海ちゃん……?」
「ん、まあだから機会があったら顔出してやってくれ」
侑莉が視えないものを視、本人よりも的確に心の内に溜まったものを指摘した希海。
まだ気にしてくれていたのか。また心配させてしまっていたのか。
希海も今一度、侑莉の背中を押してくれた。




