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真夏の夜に  作者: 裕
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待ち伏せ

 今日の晩ご飯は何にしようかな。講義が終わり、帰り支度をしながら侑莉は自宅の冷蔵庫の中身を思い浮かべていた。

 ファイルを仕舞おうとカバンを開けて、携帯電話が振動しているのに気付いた。別の学科の友達からの着信に迷わずに出る。

「ひっさしぶりー!」

 「はい」と返事をする前に相手からの挨拶が入り、侑莉は電話を耳に当てたまま固まった。友達は女の子のはずなのに、明らかに耳に届いたのは男性のものだ。

 あれ? と一端離してディスプレイを見てもやはり想像通りの子の名が記されている。その間も男は何かを喋っていた。

 どこかで聞いた事のある声のような気がする。

「え、あの……?」

「二ヶ月ぶりくらいじゃね? オレ今門のとこいんだけど、これから時間ある? つーかないと困るんだわぁ」

 侑莉の困惑など知ったことかと言わんばかりに、矢継ぎ早に相手は述べる。その口調と強引さ、咄嗟に自分のペースに上手く引き込んでしまう話術にはやはり覚えがあった。

「いや、ていうか……み、瑞貴さん、ですか!? なん、何でどうして!」

「まぁまぁ直接話そうや。んじゃ早くな」

 混乱しきりな侑莉を置いてさっさと通話を切断された電話を眺める事暫し。はたと我に返り、事の成り行きを黙って眺めていた友達に謝って先に講堂を出た。

 二ヶ月ぶり。そう、そのくらいだ。もうそんなに経ってしまった。

 懐かしいと言う程昔の事ではないけれど。元の生活に戻った今となっては、彼らを思い浮かべようとすれば過去の思い出を引っ張るような形になる。

 みんな元気にしているだろうか。どうして。どうして今になって瑞貴は現れたんだろう。何かあったのか。

 オーナー達か凌、どちらの用件だろう。息苦しく感じるのはきっと走っているせいだけじゃない。

 瑞貴が何故わざわざ大学にまで侑莉を探して来たのか見当がつかない。どうしてこの大学に通っているのを知っていたのか、と疑問に思う心の余裕もなかった。

 もちろん、この情報もまた履歴書を漁った結果だが侑莉が気づくはずがない。

 全速力で走る侑莉をすれ違う学生達が驚いて見ている。けれど速度を緩めず門まで急いだ。


「すみません!」

 それほど体力のない侑莉は膝に手をついて息を切らしていた。友達はいない。瑞貴一人が壁に背を凭れ掛けさせてへらへらと笑っている。大丈夫かと尋ねられ、正直辛かったが頷いた。

「ごめんなぁ急に」

「い、いえ……、でも、どうした、んですか?」

「いやマジごめん。そんな全速力で走ってきてくれるとは」

 俺の周りじゃそういう人間いないからなぁ、しげしげと侑莉を眺めた。急げと言って本気で急ぐ素直さが珍しかったのだろう。

 侑莉が落ち着くのを待って近くの喫茶店に入った。瑞貴の様子を見る限り切迫したものは感じ取れない。

 どれだけ緊張した状況であってもそれを感じさせない人であると何となくでも知っているから安心は出来ないのだけれど。

「やー偶然声掛けた子が侑莉ちゃんの友達で助かったわ、探す手間省けた」

「あの、それで今日はどうして?」

「あーうん、用事があるっちゃあるし、ないっちゃないんだけどな。そういや侑莉ちゃんとこうして話した事無かったなーと思ってさ」

「そうですね」

 一ヶ月もの間近くにいたのに、侑莉と瑞貴が二人でこうやって話した事は言われてみれば無かった。

 そもそもが顔を合わせる機会も数えるほどしかなかったのだ。同じコンビニで働いていたけれど、朝から夕方までバイトをしていた侑莉と、基本的に夜と深夜の責任者をしている瑞貴と。

 だがそれでも今になって侑莉に会いに来た、その理由にはならない。

 辞めたバイト先の店長で、お世話になった人の親友で。それでも侑莉と瑞貴との間にはこれと言って名付けられるほどの繋がりも関わりもない。

 コーヒーを一口含んだ瑞貴は言い辛そうに視線を彷徨わせ、すぐに侑莉を真正面に捉えた。

「オレ実は侑莉ちゃんの事かなりナメてた。流されやすいっつーか意思が弱そうっつーか。……怒った?」

「いえ、当たってます」

 昔からそうだ。自分一人では何一つ為せない。誰かの助けが必要で、誰かの意思に便乗しなければ行動に移せなくて。

 人に逆らうくらいなら、自分の意見を曲げた方がよっぽどマシだと、そんな風に生きていた。

 自嘲気味に笑う。

「……だから凌に黙ってあそこ出てったのは予想外だった。絶対君からは離れられないって思ってたから。オレとしちゃ凌なんざフラれてざまぁみろってなもんだけどな!」

 ははは、と声を上げたものの瑞貴の表情は伴っていない。こんな彼は初めてでドキリとする。

 怒っているわけではないが、射抜くように侑莉を見ている。その目が少しだけ凌に似ているような気がした。

「フるも何も付き合っていたわけではないので……」

 そんな概念が彼には無かった。ただ目の前にいるかいないか、それだけだった。

 その点では瑞貴と何も変わらない。あそこに居る限り侑莉は居候であり続け、去った今となってはその関係性に名などないのだから。

 いらないのかもしれない。恋人だなんて形式に囚われずとも、確かにあの瞬間は心通わせていたのだと思えるならば、それでいいのだろう。けれど、だったとしても。

 確固たる証拠が欲しかった。独り善がりではないのだという証が。

 あなたは何なのかと問われても、答えに戸惑わずに済むように。

 凌に好意を寄せる女性達に堂々と、私がいるから彼は諦めろと言えたなら。侑莉から言えるはずもなかった。凌が言うはずもなかった。そんな面倒なものは作らないのだと凌自身から聞かされていたのだから。

 面倒だなんて思われたくない。ならばこのままでいい。望んで曖昧な関係に納まっていながらも、一瞬で断ち切られてしまいそうな自分の立ち居地に怯えが生まれた。

「だーから言わんこっちゃねぇ」

「え?」

 髪をぐちゃりと掻き混ぜながら吐き捨てるように呟いた瑞貴は「なんでもない」と侑莉の問いには答えなかった。


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