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真夏の夜に  作者: 裕
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「暑い……」

 閉め切った部屋に高く上った太陽の光が差し込み、まるでサウナのような暑さにたまらず声を出した。

 寝ている間に随分と汗を掻いたらしく髪が首に張り付いて気持ちが悪い。


 目が覚めてから事態を把握するまでほんの数秒。

 ぐるりと部屋を見渡しても、白い壁と閉め切った薄いカーテンしか映ってこない。

 ああと、昨晩あったことを思い出して侑莉はのそのそと起き出した。


 この部屋の主の事を思い出しドキリとする。

 胸が高鳴る、なんてわけはない。怖い。もう一度顔を合わすのが物凄く怖かった。

 一体どんな顔すればいいのか……。

 どきどきしながらゆっくりとドアを開けてリビングを覗き込むが、昨晩のまま整然とした部屋は静まり返っていて誰もいる様子は無かった。

 朝が早いと言っていた通り、もう出て行ってしまったようだ。

 ホッと安堵の息を吐いた。

 しかし主のいない部屋に一人、というのもそれもとことん居心地が悪い。

 一晩泊めてもらったお礼を言いたかったが、待っていても迷惑そうな顔をして追い出されそうだと考え直す。

 相手の事など何も知らないが、それだけははっきりと想像が出来て侑莉は小さく笑った。

けれど出て行く前にシャワーを借りてもいいだろうかと迷いながらもリビングを出た。


 出てすぐのドアを開けるとそこがバスルームで、侑莉はとりあえず顔を洗おうと洗面台の前に立って鏡に映る自分の顔に思わず「うわ……」と小さな声を出してしまった。

 昨晩はそのまま寝てしまい、しかも汗をかいたのだから化粧が崩れているのは当然だ。

 どうにかしないといけないのだが、男の一人暮らしにメイク落としは置いてないに違いない。どうしたものかと綺麗に棚に並べられた整髪剤を目で追って、ふとクレンジングオイルという文字を発見した。

 それはドラッグストアなどに売っている、侑莉もよく目にした事のある物で、どうしてここに何の違和感も無く置いてあるのか不思議に思いながらも有難く使わせてもらう事にした。

 ああ、もしかしたら恋人のものだろうか。

 その考えに行き着いたのはシャワーを浴びている時だった。


 シャンプーやトリートメントなども女物が一通り並べられていて、でもそれは使われた形跡がほとんどなく、たまに来る恋人が使っているだけなのだろうという結果に至り、果たして自分がこれを勝手に使っていいのだろうかと暫く手を止める。

 少しだけなら……

 気持ち量を少なくして遠慮を見せつつ、ちゃっかりと使わせてもらって浴室を出た。

 また元の服を着るのは抵抗があったけれど、それしか持っていないのだから仕方がない。

 侑莉は同じ服に袖を通し、リビングに置いていたバックを取って玄関へと向かった。



「お前が? 天変地異起こるわ、それ」

 駅近くの居酒屋で、食事中にコンビニの夜間店長をする友人に、昨夜の出来事のあらましを言って聞かせて返ってきた感想がこれだった。

 確かに他人事として聞くだけなら笑って終わる内容だが、当事者となってしまった香坂こうさか しのぐにとっては苛立たしいだけの出来事だ。

 その出来事とは侑莉を一晩泊める破目になったことで、しかも発端が目の前で笑っている男の勤め先であるコンビニで起こったものだから、言っておかないと気が済まなくて今日は呼び出した。

 彼は関係ないと言ってしまえばそれまでなのだが、要は凌も想像もしなかったような事態が起きた事を誰かに言いたかったのだ。

「その子可愛かった?」

「……顔だけならお前好みだな」

「マジか! オレんとこ来ればよかったのにー。その方がお互いのためじゃね?」

「お前昨日いなかったろうが。それにもう遅ぇよ」

 この友人はコンビニで仕事をしていないときは大抵どこかに出かけていて、家には居ないことが多い。昨日いなかったのは確認済みだったので出かけているのだろうと踏んでいた。

「面白い事になってんなぁ」

「面倒事の間違いだろ」

「いやぁ、お前をそこまでやりこめる子なんてそうそういるもんじゃないって」

 そんな事を言われても、今日中に出て行けと言っているのだからどうしようもない。

 もう、会いようがないのだ。会いたくもない。

 くだらない、と切り捨てて、時間としては夜食になってしまう晩ご飯を食べ終え、凌は友人と別れてマンションへと向かった。


 鍵を開けて玄関に入ると、明らかに自分のものではない高いヒールのミュールが左右綺麗にそろえて置いてあるのが目に入って目を細める。

 リビングは電気がついていない。手前にあるドアを開けて、ベッドしかない部屋を覗いても真っ暗で誰かがいる様子は無かった。

 一体どういうことだと首を捻りながらリビングに入ると、閉め切っていたのと昼間の熱の残りで、むわっとした空気に電気をつけてすぐに、テーブルの上に置いていたエアコンのリモコンに手を伸ばした。

「うわっ!」

 テーブルの上においてあるリモコンを取ろうとして、その向こうのソファに丸まっている女の子の姿に思わず大きな声を出してしまった。

 ミュールが置いてあったのだから、どこかに居るのは分かっていたはずなのに驚いた自分に腹が立って、その怒りの先矛を全く起きる気配を見せない侑莉に向けて、彼女の額にでこピンを一発当てるとやっと眉を寄せて目をうっすらと開けた。

「んー……、あ、おかえりなさい……」

 起きた侑莉が目を擦りながら間の抜けた寝ぼけ声で言った。

「くそっ、何っでいるんだよ。出てけっつっただろうが」

「いえ、出て行こうとは思ったんですけど鍵が……」

 そこまで言うと、凌は舌打ちをした。当然だが合鍵も何も持たされていない侑莉が出て行けば、凌が帰ってくるまでドアの鍵が開きっぱなしになってしまう。

 だからこうしてずっと待っていたのだ。

「で、エアコンもつけずこんなサウナみたいな中でずっといたのか」

「勝手に使うのは悪いと思って。また汗かいちゃいました」

 あはは、と笑いながら胸元を掴んでパタパタと仰ぐ。

「アホか。もっと他に悪いと思う場面があっただろうが」

「す、すみません……。あの、あなたも帰ってきたので私はそろそろ出て行きますね。本当にご迷惑をおかけしました」

 ペコリと頭を下げて立ち上がった侑莉に何の気なしに言葉を投げかけた。

「もう終電行ったと思うけど?」

「しゅ……今何時ですか!?」

 男が無言で壁に掛かった時計を指差し、それを見た侑莉は愕然とした。

 丸半日以上も寝ていたらしい。

「お腹が空いたと思ったぁ」

「何も食ってないのか。若いな」

「いや、それあんまり関係ないかと」

「それで、昨日行くところ無いって言ってたけど、どこに帰るんだ?」

「え? えー、えー……」

 突然話が切り替わった事について行けず、何故かしどろもどろになる侑莉。その様子を見て凌は溜息を漏らし、さっきの友人の言葉を思い出した。


『面白い事になってんなぁ』


 コイツがいたらもしかしたら面白くなるだろうか?

 面倒事も、退屈よりはいいかもしれない。

「行くとこないなら暫くここにいるか?」

「へ? あの、でも……」

「出て行くか、いるか今すぐ決めろ。三、二、一」

「え、あ、不束者ですがよろしくお願いします!」

 凌が急かしたせいで、自分でも何を言っているのか理解していないまま早口で言って頭を下げた。

「何だそりゃ。いるって事だな?」

「はい、ご迷惑でなければ……」

「かなり迷惑だけど。まぁ生活に変化持たせるのにちょうどいいだろ」

 そんな理由でここに置かれるのかとも思ったが、いさせてもらえるならこれほど有難いことは無い。

 そう考え直して「ありがとうございます」ともう一度頭を下げた。

「あ、名前! 私は……侑莉です」

「香坂 凌」

 こうして侑莉の父親に対する反抗心と、凌の軽い考えから始まった共同生活はこれから暫く続く



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