夢見鳥3
「なんだ、元気だな」
気が抜けるくらいに明後日な方向の返事が来た。告白に対しての反応はないの!?さすがにそこまで言う威勢は無くなっているが、それでも早く答えを聞き出したい。
でないと侑莉は身動きが取れないからだ。
「香坂さん……他に何かありませんか」
「まぁお前が俺を好きだって知ってたからなぁ」
「へ?」
まじまじと見つめてくる侑莉を凌は抱き締めた。今度は何の抵抗もなく大人しくしている。
侑莉はそれどころじゃなかった。
ちょっと待って、ちょっと待って!
混乱しきった頭を落ち着けようとその言葉ばかりを繰り返すも、そこから先に思考が一歩も進まない。 一体誰に疑問を投げかけているのか、目の前で思考の渦に巻き込まれて遭難しかかっている侑莉を掬い上げるわけでなく、凌は可笑しそうに見ていた。
それに気付いた侑莉は一度萎んだ自分勝手な怒りがまた膨らんできて、間近にある凌の顔を睨み付けた。
こっちは体調崩すくらい真剣に悩んでたっていうのに笑う?
気持ちを抑え込んででも一緒にいたいと必死に隠そうとしていた所とか、この人はずっと黙って見てたっていうの。
それは凌が侑莉の事を何とも思ってないからこそ出来た事だろう。今なら、凌が優しいと言うと誰もが否定した理由が理解出来る。
なんて底意地の悪い人だという怒りと、一人相撲を続けていた恥ずかしさをぶつけるように凌の肩を乱暴に押して立ち上がった。
「だから、好きになんてなりたくなかった……、もうホント無理。実家に帰らせてもらいます……」
「お前はどこの妻だ」
ベッドの下に置いてあったカバンを開けて、その中にこの一ヶ月で増えた荷物を次々に突っ込み始めた侑莉の腕を掴もうと伸ばした凌の手は、思いがけず寸前で叩き落とされた。
「触らないで下さい」
横目でジロリと睨みつけてくる姿は、下手に手を出すと噛み付いてくる犬のようだ。
さっきのように、溜め込んでいた感情が堰を切って溢れ出したのとは違う、これは完全に拗ねてしまっているのだ。
ちょっと面白がって揶揄いすぎたか。侑莉が泣くのも怒るのも、初めてだったからついつい度を越したらしい。
「おい」
「話しかけないで下さい、放っておいて下さい」
取り付く島もない。ついに目さえ合わさなくなった侑莉に、どうしたものかと頭を掻く。
「そんなにここにいるのが嫌か」
「……いや」
荷物を詰める手を止めた侑莉は下を見たまま震える声で呟いた。
「……じゃないです。ていうかさっきから言ってるじゃないですか、一緒にいたいって! 聞いてなかったんですか!?」
「んな事言ったか?」
「知りませんよ!」
「メチャクチャだな、おい」
自分が何を言って、何を心の中で叫んだのか、その境が不鮮明になっているくらいに頭の中がぐちゃぐちゃになっている事を侑莉自身もよく分かっている。
「誰のせいだと……」
凌はベッドから降りて、また瞳に涙を溜め始めた侑莉を掻き抱いて、あやすように背中を撫でた。
「あーはいはい、分かったから泣くな」
「分かったって、何を……」
「こんな泣き喚かれても苦じゃないなんてどうかしてる。これがお前の言ってる好きってのと多分同じなんだろ?」
何を言ったのか理解出来なかった。難しい事を言ったわけじゃないのに、頭に入ってくるまでに随分と時間が掛かって、そして理解してから頭が真っ白になる。
「こ、香坂さんが好き、とか似合わない……」
「俺だってまさか自分がこんな事思う日が来ると思わなかったから、今の今まで気付かなかった」
だけど思い返してみれば、これが好きだという事なんだろうと言える場面が幾つもある。
侑莉の気持ちに気付いても、これまで相手にしてきた女達のように切り捨てようなんて考えなかった。それに、まず一ヶ月もの間ただ一緒に生活するだけで手を出さなかった自分に驚く。 相手に気があると分かっていたのだから尚の事。
凌が言えば侑莉は拒まなかっただろう。けれどしなかった。出来なかった。
『実は出て行ってほしくないだろ?』
ああ、そうだよ。きっと拒まない代わりに侑莉は出て行っていただろう。無意識にでもそれを避けていたんだ。
まだまだ思い当たる節は山ほどある。一々挙げていってはきりがない。だけど、侑莉が必要とするなら全部挙げ連ねていってもいい。
「で、これでもまだ出て行くって言うか?」
ここで肯かれたとしても離すつもりは無いが、同時に侑莉が嫌がる事を強制するのを躊躇う自分もいる。なんとも厄介な想いを身につけてしまったものだ。
「……侑莉?」
一向に返事をしようとしない侑莉に痺れを切らせて名前を呼んで催促すれば、侑莉はピクリと凌の腕の中で身動ぎした。
凌の肩に顔を埋めているから見えないが、代わりに視界に入ってきた耳が真っ赤になっていて、それがもう答えのように思えた。暴れないのもいい証拠だ。
「ここにいたいです、でも、好き……とか言われたら、欲が出てくるというか」
「欲? ああ、何なら今からするか。ベッドあるし」
「なっ、香坂さん! ああ、じゃないですよっ。私真面目な話してるんですけど!?」
「俺だって至って真面目に言ってるんですけど?」
口調を真似て言い返せば、からかわれていると思ったのか顔を真っ赤にしたまま顔を上げて睨んでくる。
更に凌を非難しようと開きかけた口を塞いでやろうと顔を近づけると、察知したらしい侑莉に素早く手で口を押さえられてしまった。
「……他の女の人達ともこれまで通りです、よね?」
さっきまでと打って変わって不安そうに見上げてくる侑莉が何を言いたいのか分かった。特定の恋人を作ろうとせず、誘われるがままに複数の女性と関係を持っていた凌を侑莉は知っている。
侑莉がここで暮らすようになってからもずっとそうだったから当然だ。だから、これからも変わらないのでしょうと言っているのだ。
馬鹿かと怒鳴りつけたくなったが、今までの自分の行いを思えば出来るはずもない。初めて後悔した。
煩わしいと言っては切り捨てられるような人間関係しか築いてこなかった事を。それを侑莉に知られてしまった事を。こんな凌だからこそ、侑莉は好きになるんじゃなかったと思い詰めてしまったのだから。
凌はポケットから携帯電話を取り出すと、侑莉の手に乗せた。意図を測りかねてそれを眺めながらパチパチと目を瞬かせている。
「好きにしろ。それが無かったら連絡のつけようのない女ばっかりだ」
「へ? ……いや、好きにと言われても。それに、仕事だってこれが無いと……」
「大丈夫だ。侑莉が持っててもいいし壊してもいい。得意だろ?」
「と、得意じゃないですよ!」
突き返そうとしたが、凌は受け取ろうとしなかった。それがどういう意味なのか侑莉にも分かる。
嬉しいはずなのに、こうも簡単に渡されてしまうと少し怖い。侑莉もすぐに同じ運命を辿るんじゃないだろうか。
思った事がそのまま顔に出たらしく、凌は眉間に皺を寄せた。
「お前を手放す気なんかない。この俺が執着してんのなんか初めてなんだからな。解れ」
勝手な言い分だが、侑莉にはこのくらい言わないと想いは伝わらない。
「あとな、お前も他の男の方見んなよ。えらくバイトの客にモテてるらしいけど」
以前、侑莉が持って帰ってきていた名刺はほんの一部らしいと、今朝入ってきていた瑞貴からのメールで知った。その他携帯番号やメールアドレスの書かれた紙を渡されたりという事が頻繁にあるらしい。
「あ、あれは……こっちから連絡はしませんってちゃんと、断ってます」
携帯電話を持たない侑莉には、渡されたところでアクションの起こしようがない。
急に振られた話題に、しどろもどろになりながら無難な言葉を返すも、凌は不満そうに見下ろしてくる。
既に凌は侑莉の本音を理解しているが、敢えて本人から言わせようとしているのだと気付いた侑莉は、忙しなく目を動かして狼狽えたが、外れない凌の視線に堪えかねて早口で捲くし立てた。
「香坂さんがいるのに他の人に目が行く余裕なんてありません!!」
言ってしまった……。恐る恐る凌の顔を窺い見るとニンマリと笑っていて、なんだか恥ずかしいと言うより負けた気分になった。
頭を撫でながら「そういやお前、しんどくないのか」なんて今更過ぎる気遣いをする凌に肩を落とす。
「すごく疲れました……」
「なら寝るか」
侑莉をベッドの奥に寝かせて、当然のように凌もベッドの中に入ってくる。
「や、ちょっと香坂さん!?」
「一人じゃ寂しいんだろ? 俺が優しくもぬいぐるみ代わりになってやるっつってんだ。さっさと寝ろ」
こんなふてぶてしいぬいぐるみがあるだろうか。しかも侑莉が逆に抱き込まれてしまっている。この状況で眠れるわけがない。なんとか脱出しようと試みるが「襲うぞ」の一言で身動きが取れなくなった。
本当この人にはどうやったって敵わないんだわ。開き直った侑莉は、考えるのを止めて素直に温もりに縋る事にした。
「一時間後に起こすからな。そしたら飯だ」
そう言って、ゴソゴソと動いて一番収まりが良い場所を探し当てて眠りにつこうとしてる侑莉の髪を梳いた。




