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真夏の夜に  作者: 裕
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夢見鳥2

 バイクを駐車場に停め、脱いだヘルメットを半ば捨てるようにその上に置いて凌はマンションの中に入っていった。

 仕事が終わって携帯電話を覗けば、また瑞貴から一通のメールが入っていた。

 人の神経を逆撫でする文面なのはいつもの事なので、内容のみを読み取れば、侑莉が体調崩して重症だから早く帰れというものだった。

 メールの受信時間は昼前。という事は朝にはもう具合は良くなかっただろう。だが侑莉はそんな素振りは見せず、凌には普段通りにしか映らなかった。

 辛抱強いのか、普段から凌には本心を隠したところしか見せていなかったのか。どちらにせよ、腹立たしい事には変わりない。

 乱暴にドアを開けて侑莉の部屋に入ったが、誰もいなかった。靴は玄関にあったからどこかにはいるはずだ。

 これでもし普通に料理でもしてようものなら、本気で怒鳴らないと気が済まない。だがリビングは凌が朝出た時と同じく静まり返ったままで、違いはベランダの窓だけが開いてカーテンが揺れているというだけだ。

 外だろうかと部屋の奥まで来て、ソファに丸まっている物体を発見した。以前にも同じような光景を目にしたからか、その存在自体に馴染んでしまったからか、ああここにいたのかと思っただけで驚きはしなかった。

 ソファの前にしゃがんで侑莉の顔を覗き込むと、確かに顔色が悪い。

「起きろ阿呆」

 何度か肩を揺さぶると、ゆっくりと瞼を押し上げた侑莉は、体はそのままに目だけを上向けて凌を捉えると気の抜けたような笑みを浮かべた。

「あれ、香坂さんだ……」

「何時間こうやってたんだ」

「……んー」

 まだ完全に頭が働かないらしく、緩慢な動きで壁に掛かっている時計を見て驚いた。

「うわ、八時間くらい……です」

「あぁ? 風邪引いてないだろうな。喉が痛いとか鼻が詰まるとか」

 矢継ぎ早に言われて首を横に振ると、頭が重たかった。

 凌は信じていないのかジッと侑莉を睨んだが、もう一度首を振ると「じゃあもう着替えて部屋で寝てろ」と追い出された。

 服を着替えるだけで立っていられないほど疲れ、ベッドに腰掛けたものの、さっきまで嫌と言うほど寝ていたのだから眠気は微塵もない。

 久しぶりに熟睡したが、夢に魘されるくらいなら起きている方がましだった。

 凌は晩ご飯を食べたのだろうか。もしも自分が作っているのを当てにしていたのなら、何も用意していないから悪い事をした。

 何となく枕を抱き寄せて寝転がり、きっちりと閉まったドアを眺めながらぼんやりと思った。

 急にノックも無くドアが開くと、手に色々抱えた凌が入ってきて「何やってんだ」と眉間に皺を寄せる。

「……ひまなんです」

「寝てろ」

「眠くありません」

「それは馬鹿みたいにソファで八時間も寝こけるからだ。ていうか枕は抱くもんじゃない」

 起き上がってもガッチリと腕で抱き込んでいる枕を掴んで取り上げようとしたが、侑莉は更に頑なに離そうとしない。

 コイツは何がしたいんだ。口調は舌っ足らずになっていて、相当しんどいはずなのに変なところで体力を使っている。

「嫌な夢見たから、ちょっと寂しいというか……。ぬいぐるみとかあったら、そっちにしますけど」

「ないな」

 凌は手に持っていたスポーツ飲料のペットボトルを開けて口に含んだ。侑莉を引き寄せて口を塞ぐと、器用に流し込む。

 驚いて飲み込んでしまい、咽ながら侑莉は力いっぱい手を突っぱって凌から離れようとした。

 ほとんど力は入っていなかったが、凌はあっさりと離れた。

「なん、で……なんで」

 いつも凌が侑莉に触れてくる時は脈絡がない。どうせ理由を聞いたって、何となく、とかそんな言葉しか返って来ないだろう。

 くらくらした。凌にとっては何の意味も無い行動に、馬鹿みたいに掻き乱される自分が惨めで。

 俯くと、零れた涙がシーツに吸い込まれてシミを作った。見られたくなくてシミを握り締めて、だけど次々と落ちてくるからきりが無い。

「……そんな泣くほど嫌か」

 上を向かされて、濡れた目元を拭った凌の手をやんわりと押し退けた。

「いや、です。私は香坂さんと、違って平気で……こういう事出来ない。ぐちゃぐちゃになる……! なんで、私の体調、気にかけてくれるんですか……。なんでキスするんですか」

「お前さっきから何で何でってそればっかりだな」

「だって! だって一番酷い……」

 気まぐれに優しくされるのが辛い。いっそ出て行けと怒鳴られた方が諦めがつくから楽だ。

「ちゃんと理由が分かんないと期待しちゃうじゃないですか……っ!」

 なんでもいい、適当でいいから答えを貰わないと、どんなに否定しても心のどこかで期待する。

「理由なんかあるか」

 感情的になった侑莉とは対照的に、ドカリと隣に座った凌は端的な答えを返した。

 ああ、やっぱり……。ズキリと痛んだ胸を隠す為に、いつの間にか放っていた枕を手繰り寄せてまた懐に収めようとしたが、凌が横取りして床に落とした。

「ただ、したくなったからした」

 枕を拾い上げようと体を屈めた侑莉は、伸ばしかけた手を止めた。凌が掴んだからだ。

「だから嫌だって言ってるのに……! 香坂さんには何となくでも、私には……」

 振り払おうとしても振り払えない。結局はどんなものであっても、触れてもらえるのは嬉しいから。

 いつから好きになっていたんだろう。

 出来るならそこからやり直したい。そしたら絶対に好きになったりしないのに。

「もう離してください……! これ以上ここにいたくないです」

「無理だな。俺の中じゃお前がここにいるのが当たり前になってんだよ、お前がどんなに嫌がったって今更手放してやる気なんかない」

 更に強く握られた手を見た。凌の言った一方的な言葉を頭の中で復唱する。

「香坂さん……。そういうのを何て言うか知ってますか?」

「あ?」

「生殺しって言うんですよ! 私は香坂さんの事好きだからっ、だから……もう限界で、一緒にいたら辛いんです!」

 いきなり大きな声を出して凌のポロシャツの襟を掴んだ。

 凌は気にした様子もなく、半分乗り上げるように体重を掛けてきた侑莉を見上げている。

 その余裕の見える態度が、余計に侑莉に火をつけて、絶対に言うまいと固く心に決めていたのに勢いに任せてつい自分の気持ちを吐露してしまた。

 だけど結果オーライかもしれない。これで凌だってここにいろとは言わないだろうから。暫く経っても凌は変わらず侑莉見上げてくるだけで、そこに不快は見て取れない。

 それだけに、次に返ってくる言葉がどんなものかと緊張する。無意識に凌の服を握る手に力が入った。


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