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真夏の夜に  作者: 裕
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メランコリー3


「侑莉ちゃん元気だして!」

「え、やだなオーナー私は元気ですよぉ……」

 間髪入れずに返ってきた答えにオーナーは額を押さえた。

「空元気にも失敗してるのに嘘つくんじゃない」

 業務用冷蔵庫に凭れ、膝を抱えてしゃがみ込んでいる侑莉は沈み込んでいて、周囲の空気がどんよりとしている。

 先ほどから何度も吐き出される溜め息とともに生気も出て行ってしまっているみたいで、どんどんと表情が暗くなってゆく。

「今ならバッチリ死相も出せると思います……!」

「出しちゃダメだから! それ全然元気じゃないから!」

 昨日までは普通にしていたはずの侑莉のこの落ち込みようは只事ではない。

 出勤してきた侑莉がいつまで経ってもカウンターの方に出てこないから、何をやっているんだろうとスタッフルームを覗きに来て見ればこの状態だった。

 「こら、早く仕事しなさい」という経営者として当然の言葉も喉の奥で消えてしまった。

「何があったの。どうせ家主さん絡みでしょう」

「どうせって……そうなんですけど。でも香坂さんと何があったていうか、その……」

「その?」

「う、うわぁぁぁーん!」

 いきなり奇声を発したかと思うと、侑莉はガバァッと床に突っ伏して動かない。

「ゆ、侑莉ちゃん汚い! 床汚いまみれだよ!」

 侑莉の奇怪な行動に混乱したのか、とにかく顔を上げさせようと言った言葉は日本語としておかしい。

「オーナー、侑莉さんも何やってんだよ」

「頼くんどうしよう、侑莉ちゃんご乱心遊ばされたー!」

「えぇ!?」

 侑莉の状態を見て確かにこれは変だと思った頼は、名前を呼びながら肩を揺さぶってみたが一向には動こうとしなかった。

 それから暫く二人掛りで宥めすかした成果か、侑莉が冷静になったからか「すみません……」とゆっくり顔を上げた。

「ボクらに言い難い事なら希海ちゃんとかさ、誰でもいいから相談してよ?」

「本当にすみません……」

 さっきの自分の行動の異常さに気が付けば恥ずかしさと二人への申し訳なさでいっぱいになってくる。熱い頬を手で挟みながら息を吐いた。

「特に何があったわけじゃないんです。ただ今日の朝いきなり香坂さんの雰囲気が違ってて……柔らかいというか優しいような」

「それって喜ばしい事じゃないの。あんなに悩む事?」

 普段大人しいだけに、あの取り乱しようは何かに憑かれたんじゃないかと思うほどだった。それに、以前押し倒されてしまいましたとあっけらかんと話していたのに、優しいと言ってこの沈みよう。

「新ちゃん情報から彼が人格破綻者だっていう裏は取れてるんだよ! そんな人が態度を改めたんなら万々歳じゃない!」

 実は、凌が新岳と話している所を見た事があると頼から聞いていたオーナーは、知り合いらしい新岳に凌がどんな人物なのか教えてもらっていた。

 侑莉は大丈夫だとずっと言い続けてきたが、やはり心配だったのだ。

 新岳が語った内容から凌の人となりを知って、むしろ落ち込んでしまったオーナーに新岳は「女には困らない奴だから、無理に手を出したりしないって」とフォローをしたのだが、全く安心材料にはならなかった。

「香坂さんはちょっと怖い時もありますけど、私の我が侭聞いてくれてるし人格が破綻してるなんて事ないです。だから……だから今までのままが良かったんです」

 凌のきつい口調も瞳も、緊張することはあっても辛いとは思わなかった。

 一夏だけ居候させてもらって終わり。たったそれだけの繋がりしかない人だから、このくらいの距離感がちょうど良い。

 優しくされたいなんて望んでいない。むしろ戸惑ってしまう。

「もしかして侑莉さんってマゾあいてっ!」

 頼が何も考えずポロリと零した言葉にオーナーが素早く反応して思い切り頭を叩く。

 そんなやり取りを見て侑莉はクスリと笑った。自分で自分の言っている事がそう取られてもおかしくないと自覚している。

 実際のところ、打たれ強い方ではないのだが、今回ばかりは別なのだ。

「あ! 希海ちゃんだ!」

 何気なく外を見ると、とぼとぼと歩いて帰ってきた希海が目に入った。歩き方がすでに疲れている事を示すように元気がない。

「希海ちゃんおかえりー」

「あー店ん中はやっぱ涼しい。天国だ」

「なんか発言がオッサンくさいな」

「岸尾うっさい」

 希海は服を扇ぎながら頼を睨む。

 暑いのが殊のほか苦手な希海は、今まで無事二学期から通う事になった水無瀬学園まで書類を提出したり、制服の採寸をしに行っていた。

 前はオーナーに車で連れて行ってもらったが、今日はこれから通学ルートを確認するために電車を使って一人でだ。

「すごいねぇ、頼くんも侑莉ちゃんも全員水無瀬の生徒だね」

「私は卒業生ですけど。でもここからだと、かなり遠いから大変じゃない?」

「そんな事ないよ。電車で十分もかからないし」

「……あれ?」

 さっき電車に乗って帰ってきたばかりの希海が記憶を辿ってみても、そんなに距離はなかったように思う。

 実は侑莉が水無瀬第二に行った理由は家から近いという理由で、それこそ徒歩で通えるほどに近かった。その家から飛び出してこの町に来る時に、電車で一時間掛かったはずだ。

「もしかしてさ、侑莉ちゃんグルっと遠回りして来たんだ?」

「そのようです……」

 今の今までその事実に気付きもしなかった。

 頼にケラケラと笑われながら、すぐ坂の上にある水無瀬第一に何度か来たことがあったくせにどうして分からなかったんだと、尤もな意見を言われてしまっては返す言葉もない。

 だが言い訳をするとしたら、学園祭などで来たときはずっと車で送り迎えをしてもらっていたから、掛かる時間など気に留めていなかったのだ。

 侑莉は方向音痴でもあるらしい、と頼に事実を知られてしまい、またもや年上としての威厳が失われてしまったと嘆く。

 それを三つも年下の希海に慰められるのだから、そんなもの初めから存在していないとも言えた。


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