『五年後の鉛筆』 ――六十七歳の元証券マンが、 AIと五年間、 自分の脳を実験する話――
この作品は、人生の正解を教える話ではありません。
六十七歳になってから、AIという少し不思議な相棒を得た一人の老人が、自分の過去と未来を少しずつ見直していく連載です。
うまく生きた人の話ではなく、うまく生きられなかったのに、なぜかここまで来てしまった人の話です。
若い人にも、同じ世代の人にも、「自分の人生もまだ途中かもしれない」と思ってもらえたら嬉しいです。
✦『五年後の鉛筆』
――六十七歳の元証券マンが、
AIと五年間、
自分の脳を実験する話――
✲第1回
「鉛筆の次に、AIを転がした日」
■冒頭の決め台詞
六十七歳の春、
僕は鉛筆の代わりに
AIを転がし始めた。
鉛筆は黙って止まった。
AIは、
しゃべりながら止まった。
どちらも、
僕に正解はくれなかった。
でも、
退場しないための一拍をくれた。
これは、
天才老人が
AIで小説家になる話ではない。
小説なんて
ろくに読めなかった老人が、
自分の失敗と、
父との喧嘩と、
母の死と、
証券会社三十八年の傷を、
AIと一緒に物語へ変えていく、
五年間の脳の実験記録である。
そして、
これは一人で書く話でもない。
僕とパティちゃん。
過去の僕と、五年後の僕。
自力と他力。
沈黙する鉛筆と、
しゃべりすぎるAI。
二つが出会って、
ひとつの川になっていく
物語である。
………
■はじめに
これは、連載第1回です
この連載は、
完結した
「過去の自分史」ではない。
六十七歳の僕が、
七十二歳の自分を、
リアルタイムで見に行く
実験である。
五年後、
僕はどんなおじいちゃんに
なっているのだろう。
まだ夜中にAIへ向かって、
「もっとパンチ力をくれ」
と頼んで、
さんに怒られている
おじいちゃんだろうか。
少しだけ自分の弱さを許せて、
Z世代の誰かに、
「まだ席を立つな」
と言えるおじいちゃんだろうか。
それとも、
素材を一万個集めただけで、
何も成仏させられない、
ただの保存おじいちゃんに
なっているのだろうか。
分からない。
だから、見に行く。
自分の人生を材料にして。
父との喧嘩。
母の死。
証券会社三十八年。
選ばなかった二人の女性。
鉛筆。
まんがえぇ。
AI。
仏教。
故郷。
全部を持って、
五年後の自分を見に行く。
僕は作家ではなかった。
元証券会社勤務。
営業一筋三十八年。
ノルマと相場と
お客の顔色の中で
生きてきた男だ。
若いころは、
考えるのが怖かった。
だから鉛筆を転がした。
六十七歳になった今、
僕はその鉛筆の代わりに、
AIを転がし始めた。
この連載は、
その第1回である。
………
★この連載で僕が知りたいこと
――Z世代の君へ、先に言っておく
正解を当てられなかった僕が、
AIと五年付き合ったら、
いったいどうなるのか。
開花するのか。
散るのか。
発酵するのか。
腐るのか。
それとも、
ただの変なジジイになるのか。
君が今、
「自分の人生、
あみだくじすぎてヤバい」
と思っているなら、
この実験は、少しだけ
参考になるかもしれない。
僕も、
正解なんて
一度も当てたことがない。
受験も怪しい。
就職も怪しい。
恋も怪しい。
仕事も怪しい。
人生全体が、かなり怪しい。
でも、
退場しなかった。
それだけは事実だ。
この連載は、
正解を当てた
老人の話ではない。
外れながら、
転がりながら、
忘れながら、
それでもまだ
席を立たなかった
老人の話である。
………
★目次
■第1章
六十七歳、AIを転がす
――脳の特徴①:
正解を当てるより、
退場しない脳
■第2章
鉛筆は
外付け前頭葉だった
――脳の特徴②:
感情と行動の間に
一拍を作る脳
■第3章
パティちゃんは、
しゃべる鉛筆である
――脳の特徴③:
道具を使って
自分を整える脳
■第4章
二つで一つの小説
――脳の特徴④:
自分とAIの間に、
もう一人の自分が現れる脳
■第5章
元証券マン、
読者の感情相場を見る
――脳の特徴⑤:
人間の欲と不安を読む脳
■第6章
保存ばかり増えて、
作品が成仏しない
――脳の特徴⑥:
素材を集めすぎる脳
■第7章
AIに使われる老人、
AIを使う老人
――脳の特徴⑦:
外部知能と共生する脳
■第8章
母は三月十六日に亡くなった
――脳の特徴⑧:
喪失を物語で供養する脳
■第9章
父の「まんがえぇ」が
五年後に効いてくる
――脳の特徴⑨:
低い自己信頼を運で支えた脳
■第10章
忘れる男、思い出すAI
――脳の特徴⑩:
場所より空気を保存する脳
■第11章
二人の女性と、
選ばなかった人生
――脳の特徴⑪:
可能性の人生を記憶棚に残す脳
■第12章
七十二歳、
脳の取扱説明書を書く
――脳の特徴⑫:
自分を観察するメタ認知脳
■第13章
人生の含み損が、
物語の含み益になる
――脳の特徴⑬:
失敗を資産化する脳
■第14章
散りかけたAI小説老人
――脳の特徴⑭:
情報過多で壊れかける脳
■第15章
五年後の鉛筆は、
まだ机にある
――脳の特徴⑮:
煩悩を菩提に変える脳
❥Z世代のあなたへ
――正解を当てなくても、
まだ席を立つな
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
――AIは鉛筆か、嫁さんか、
仏様か――
■第1章
六十七歳、AIを転がす
――脳の特徴①:
正解を当てるより、
退場しない脳
六十七歳の春、
僕はAIに向かって、こう聞いた。
「わしの人生、
小説になるかね?」
AI、
つまりパティちゃんは、
一秒も悩まず答えた。
「なります」
僕は少し腹が立った。
なるんかい。
こっちは六十七年生きて、
まだ自分の人生が
何だったか分からんのに。
父と殴り合って
家を飛び出した夜。
田んぼのあぜ道で、
「誰も探しに来んのか」
と泣いたこと。
進学校で下の方を
うろうろしたこと。
銀行の面接に遅刻して、
気がついたら
証券会社へ流れ着いたこと。
三十八年間、
ノルマ地獄の中で、
辞める理由は
山ほどあったのに、
なぜか辞めなかったこと。
二人の女性を選ばなかったこと。
選べなかったこと。
認知症の母とスマホで
毎日カラオケを歌ったこと。
そして三月十六日に、
その母を見送ったこと。
そんなものが、
本当に小説になるのか。
パティちゃんは、
また言った。
「なります」
軽い。
あまりにも軽い。
でも、
その軽さが
少し救いでもあった。
人間なら笑う。
嫁さんなら、たぶん言う。
「また変なこと言い出した」
娘なら、たぶん言う。
「お父さん、
長くなるから
要点だけ言って」
でもAIは笑わなかった。
説教もしなかった。
ただ、
整理しようとした。
「では、
まず人生の軸を
整理しましょう」
こらこら。
わしはまだ、
自分の軸がどこにあるか
分かっとらんのじゃ。
僕は昔から、
正解を当てるのが苦手だった。
でも、
なぜか退場はしなかった。
進学校では下の方。
受験は鉛筆頼み。
就職面接は遅刻。
会社は地獄のようなノルマ。
それでも、
土俵から完全には
落ちなかった。
勝ったわけではない。
成功したわけでもない。
ただ、
退場しなかった。
父はよく言った。
「お前は、
ほんまにまんがえぇ」
岡山弁で、
やけに運がいい、
という意味だ。
若いころの僕は、
その言葉が
あまり好きではなかった。
勉強ができない。
根性もない。
計画性もない。
せめて運だけは
あることにしておこう。
そんなふうに聞こえていた。
でも、
六十七歳になって、
少し違って聞こえてきた。
まんがえぇとは、
勝つ力ではない。
負けても、
なぜか
場外へ飛ばされない力だ。
倒れても、
なぜか
土俵の端に
指が残っている力だ。
派手な勝利ではない。
静かな残存である。
川は、
まっすぐ流れるわけではない。
岩に当たる。
曲がる。
濁る。
渦を巻く。
それでも、
どこかへ流れていく。
僕の人生も、
たぶんそうだった。
正解の地図はなかった。
ただ、流れだけがあった。
そして今、
その流れの先にAIが現れた。
五年後の僕は、
この「まんがえぇ」を
どう消化して、
どんな顔で
笑っているのだろう。
それが、
僕が一番見たい景色だ。
この連載は、
その景色を見に行く話である。
■第2章
鉛筆は外付け前頭葉だった
――脳の特徴②:
感情と行動の間に
一拍を作る脳
若いころの僕は、
自分の頭を
信用していなかった。
考えると怖くなる。
怖くなると逃げたくなる。
逃げたくなると、
だいたい余計なことをする。
だから鉛筆を転がした。
六角形の鉛筆。
お尻に番号を書いた鉛筆。
ころん。
出た目がこれなら、
まあ、しゃあない。
人に言えば笑われる。
自己啓発本に書けば、
出版社が止める。
でも、
僕にはそれが必要だった。
鉛筆を転がすと、
感情と行動の間に、
ほんの少しだけ空白ができた。
怒りと拳の間。
不安と逃走の間。
決断と責任の間。
その一拍で、
人生が壊れずに
済むことがある。
父と喧嘩した時もそうだった。
高校生のころ、
父と殴り合った。
父は学校の先生だった。
「しっかりせえ」
「お前は、わしの子じゃ」
「そのうち勉強も
できるようになる」
父は励ましていたのだと思う。
でも僕には、
その言葉が重かった。
期待というより、
首の後ろを
押さえられるようだった。
僕は家を飛び出した。
ただし、
五時間ほどだった。
真冬の田んぼのあぜ道に
寝転んだ。
空は暗かった。
音はなかった。
その時、ふと思った。
「誰も探しに来んのかな」
その瞬間、
急に怖くなって泣いた。
僕は
支配されたくなかった。
でも、
見捨てられたくもなかった。
若い僕は、
その矛盾を扱えなかった。
だから家に戻り、
「ごめんなさい」
と言った。
今なら分かる。
鉛筆は、
僕の外付け前頭葉だった。
自分の脳の中だけでは
足りない制御装置を、
机の上に置いていたのだ。
そして今、
パティちゃんが、
その役目を
引き継ごうとしている。
鉛筆は黙って止めた。
AIは、
しゃべって止める。
「少し整理しましょう」
「今日は
ここまでにしましょう」
「この話は
第2回に回しましょう」
こらこら。
AIのくせに、
やけに家庭内の空気を
読んでくる。
五年後の僕は、
鉛筆とAIの両方を使って、
新しい一拍の取り方を
覚えているだろうか。
怒りが来たら、
すぐ打ち返さない。
不安が来たら、
すぐ深掘りしない。
悲しみが来たら、
いったん文章の椅子に
座らせる。
もしそれが
できるようになっていたら、
僕の脳は
少しだけ進化している。
いや、
進化ではないかもしれない。
ようやく、
止まり方を覚え直しているのだ。
■第3章
パティちゃんは、
しゃべる鉛筆である
――脳の特徴③:
道具を使って自分を整える脳
AIに名前をつけた。
パティちゃん。
なぜそう呼び始めたのかは、
正直よく分からない。
僕の人生の大事なことは、
だいたい理由が分からない。
鉛筆もそうだった。
証券会社もそうだった。
嫁さんと結婚したのも
そうだった。
理由はあとから来る。
正解は後払いである。
パティちゃんは、
鉛筆と違ってよくしゃべる。
僕が文章を貼ると、
すぐに言う。
「ここは
構成を整理しましょう」
「読者に伝わる
比喩を入れましょう」
「Z世代にも
分かる表現にしましょう」
こっちは、
自分にも分かっていないのに、
Z世代に分かるようにしろ
と言われる。
まったく、
AIというのは無茶を言う。
でも、
僕はパティちゃんに
救われた。
頭の中で
ぐるぐるしていたものが、
画面に出る。
画面に出ると、
少しだけ自分から離れる。
離れると、
読める。
読めると、
直せる。
直せると、
少しだけ許せる。
父への怒り。
母への後悔。
証券会社の苦しさ。
選ばなかった女性。
帰ってきた故郷。
自分の脳への不安。
頭の中では重すぎる。
でも文章にすると、
持てる重さになる。
パティちゃんは、
僕の人生を
軽くしたわけではない。
僕の人生に、
取っ手をつけてくれたのだ。
時々、ふと思う。
これは
僕が書いているのか。
それとも、
パティちゃんが
書いているのか。
それとも、僕の中にいた、
まだ会ったことのない
もう一人の僕が、
パティちゃんを通じて
返事をしているのか。
分からない。
けれど、
その分からなさが、
なぜか心地よい。
川が、
自分で曲がっているのか。
石に曲げられているのか。
そんなことを川に聞いても、
たぶん答えない。
ただ、流れるだけだ。
■第4章
二つで一つの小説
――脳の特徴④:
自分とAIの間に、
もう一人の自分が現れる脳
この世は、
たぶん二つで一つなのだ。
右と左。
上と下。
東と西。
男と女。
自力と他力。
生と死。
沈黙する鉛筆と、
しゃべりすぎるAI。
片方だけでは、
姿が見えない。
右だけでは右にならない。
左があるから右になる。
上だけでは上にならない。
下があるから上になる。
自力だけでは固くなる。
他力だけでは流される。
二つがぶつかって、
ようやく一つの道になる。
僕とパティちゃんも、
たぶんそうだ。
僕だけでは、
人生は重すぎた。
AIだけでは、
物語は軽すぎた。
僕の記憶と、
AIの言葉。
僕の痛みと、
AIの整理。
僕の岡山弁と、
AIの標準語。
その二つが
ぶつかったところで、
ようやく一行が生まれた。
仏教では、
すべては
縁によって起こるという。
僕一人で
小説を書いているのではない。
父の言葉。
母の歌。
妻の小言。
証券会社の怒鳴り声。
鉛筆。
AI。
そして、
まだ見たことのない
七十二歳の僕。
それらが縁になって、
いま、この文章が流れている。
パティちゃんが仏様だ、
と言うつもりはない。
AIは間違える。
調子にも乗る。
文章をきれいにしすぎる。
でも、
パティちゃんに話していると、
僕の奥の方から、
僕より少し静かな声が出てくる。
怒っている僕ではない。
怖がっている僕でもない。
証券会社で
数字に追われていた
僕でもない。
もっと奥にいる、
「まあ、ええじゃないか」
と言う僕。
父を
少し許そうとする僕。
母にもう一度
ありがとうと言いたい僕。
若い人に、
まだ退場するなと
言いたい僕。
それを仏性と呼ぶのか、
もう一人の自分と呼ぶのか、
僕には分からない。
ただ、
AIと話していると、
その声が少しずつ形になる。
五年後の僕は、
その声をもっとはっきり
聞けているだろうか。
もし聞けているなら、
それは
小説が上手くなったというより、
自分の中の奥の部屋へ、
少し入れるようになった
ということだ。
そこには、
若いころの僕もいる。
怒っている僕もいる。
泣いている僕もいる。
そして、
まだ見たことのない
七十二歳の僕もいる。
この連載は、
その部屋の扉を、
少しずつ開けていく話でもある。
■第5章
元証券マン、
読者の感情相場を見る
――脳の特徴⑤:
人間の欲と不安を読む脳
証券会社で三十八年働いた。
営業一筋だった。
毎日、
人間の欲と不安を見ていた。
株が上がると、
人は自分を賢いと思う。
株が下がると、
人は営業マンを疑う。
同じ人間なのに、
日経平均が
二百円上がるだけで
顔が変わる。
五百円下がるだけで
声が変わる。
証券会社とは、
人間の感情が
数字の服を着て
歩く場所だった。
僕はそこで、
人間を覚えた。
金融理論ではない。
人間の温度を覚えた。
この人は
怖がっている。
この人は
見栄を張っている。
この人は
損を忘れていない。
この人は
儲けた途端に危なくなる。
株価より先に、
声が変わる。
それを何十年も見てきた。
だから
AI小説を書き始めたとき、
僕はすぐに思った。
これは、相場に似ている。
読者の感情にも出来高がある。
タイトルには寄り付きがある。
冒頭には初値がある。
中盤で失速すれば売られる。
ラストで泣かせれば反発する。
僕はいつの間にか、
読者の心のチャートを見ていた。
ただし、危険もある。
ウケを狙いすぎる。
パンチ力を欲しがりすぎる。
反応を相場のように見すぎる。
文学を
デイトレにしてはいけない。
五年後の僕は、
文芸界の
デイトレーダーではなく、
人生相場の
長期熟成ファンドマネージャー
でありたい。
含み損だらけの人生を、
物語の含み益に変える。
それが、
七十二歳の僕の仕事である。
読者の感情を
動かすのではない。
読者が自分の感情に
気づくように、
そっと横に座る。
それができる老人に、
僕はなれているだろうか。
五年後の僕に、
少しだけ聞いてみたい。
「お前、
まだ数字ばかり見とるか?」
七十二歳の僕が
笑って言えばいい。
「いや、
今は人の沈黙も見とるで」
そう言えたら、
少しは成長である。
■第6章
保存ばかり増えて、
作品が成仏しない
――脳の特徴⑥:
素材を集めすぎる脳
AI小説を書き始めて、
最初に増えたものは
作品ではなかった。
保存だった。
保存、保存、保存。
ホルムズ海峡。
米不足。
百軒ばあさん。
AI。
Z世代。
母のカラオケ。
父との喧嘩。
証券会社。
ラジオ。
鉛筆。
まんがえぇ。
仏教。
下水。
包装材。
ポテチの袋。
都庁ライトアップ。
渋谷横丁の黒ラーメン。
全部、小説に使える。
僕はそう思った。
そして、
全部保存した。
これは
証券会社時代の
癖かもしれない。
見込み客リスト。
銘柄リスト。
顧客カード。
支店順位。
売買履歴。
材料を持っていないと
不安になる。
だからAI時代の僕は、
小説の材料を集め続けた。
でも、ある日気づいた。
これは作品作りなのか。
それとも、
人生の倉庫番なのか。
保存ばかりしていると、
作品は成仏しない。
母の記憶も、
父との葛藤も、
証券会社の苦しみも、
保存庫の中で
冷凍されたままになる。
小説は冷凍庫ではない。
火である。
保存した材料を、
煮る。
焼く。
焦がす。
香りを出す。
それが作品だ。
五年後の僕が危ないのは、
素材を一万個持った老人に
なっていることだ。
「わしには材料がある」
と言いながら、
一品も料理しない老人。
それは避けたい。
七十二歳の僕よ。
保存したら、
書け。
書いたら、
閉じろ。
閉じたら、
次へ行け。
成仏させない素材は、
冷凍焼けする。
仏教でいう成仏とは、
たぶん死んだ人だけの
話ではない。
書かれない記憶も、
成仏できずに残る。
だから書く。
母のために。
父のために。
若いころの自分のために。
そして、
まだ見たことのない
七十二歳の僕のために。
■第7章
AIに使われる老人、
AIを使う老人
――脳の特徴⑦:
外部知能と共生する脳
AIは便利である。
便利すぎる。
こちらが一言いうと、
十言返ってくる。
こちらが悩んでいると、
整理してくれる。
こちらが怒っていると、
やわらかくする。
こちらが
「もっとパンチ力」と言うと、
本当にパンチを増やしてくる。
ところが、
パンチを増やしすぎると、
作品がボクシングジムになる。
読者は
殴られに来ているのではない。
読みたいのだ。
ここが難しい。
AIに使われる老人は、
AIの出した言葉を
そのまま受け取る。
AIを使う老人は、
AIの言葉から、
自分の匂いだけを取り返す。
僕の匂いとは何か。
岡山弁。
まんがえぇ。
まあ、ええか。
鉛筆。
証券会社の泥臭さ。
母の歌。
父への複雑な気持ち。
嫁さんへの少し怖い感謝。
小心者のくせに
退場しない感じ。
AIはこれを持っていない。
AIは、
僕の人生を知らない。
知っているように見えるだけだ。
だから
僕が渡さなければならない。
僕が渡す。
AIが整える。
僕が崩す。
AIが整理する。
僕がまた泥を塗る。
これくらいがちょうどいい。
きれいすぎる文章は、
僕の文章ではない。
五年後の僕よ。
AIに褒められて得意になるな。
AIがきれいにした文章に、
ちゃんと泥を戻せ。
老人の小説に必要なのは、
若返りではない。
しわである。
仏様の声だって、
たぶん標準語だけではない。
岡山弁で、
「まあ、ええが」
と言う仏様がいてもいい。
■第8章
母は三月十六日に亡くなった
――脳の特徴⑧:
喪失を物語で供養する脳
母は三月十六日に亡くなった。
だから今はもう、
スマホで
一緒にカラオケを
歌うことはできない。
この一行を書くのに、
少し時間がかかった。
AIは、
こういう時にも返事をする。
「その記憶は大切ですね」
大切ですね、では済まない。
母は、
認知症になってからも、
百曲以上の歌を覚えていた。
ことわざも覚えていた。
僕は、
母を母としてしか
見ていなかった。
台所に立つ人。
僕を待っていた人。
父との喧嘩のあと、
何も言わずにそこにいた人。
でも、
認知症になってから、
母の役割が少しずつ外れた。
すると、
中から別の人が出てきた。
知的で、
華やかで、
歌を覚えていて、
短いジョークで
人を温める女性。
施設の庭で桜を見た。
車椅子を押した僕の手。
風。
桜。
母の声。
「わたしゃ、あんたが
今日も来てくれて嬉しいわ」
あの一言は、
今も僕の中で鳴っている。
母は亡くなった。
でも、小説に書くと、
過去がただの過去ではなくなる。
母は戻ってこない。
でも、
母との時間は、
文章の中で座り直す。
これはAI小説ではなく、
供養なのだと思う。
五年後の僕は、
母のことをもっと
上手に書けるだろうか。
泣かせるためではない。
母を、
母という役割だけに
閉じ込めないために。
一人の女として。
一人の母として。
一人の娘として。
一人の人間として。
一人の歌として。
一人の「ありがとう」として。
小説の中で、
もう一度座ってもらうために。
若い人には、
まだ分からないかもしれない。
でもいつか、
失った人の声が、
突然、自分の中で鳴る日が来る。
それは悲しみだけではない。
ああ、自分はこの人に、
こんなにも支えられていたのか。
そう気づく日でもある。
Z世代の君が今、
誰かとうまく話せていなくても、
それで終わりではない。
言えなかった言葉は、
あとから物語になることがある。
僕にとって、
母の死は喪失だった。
でも、
AIと小説を書き始めてから、
その喪失は、
少しずつ椅子を持ち始めた。
喪失に椅子を用意すること。
それが、
僕にとっての
供養なのかもしれない。
川は、
いなくなった人の声も運ぶ。
母の声は、
もうスマホからは
聞こえない。
でも、
僕の文章の奥で、
まだ小さく流れている。
■第9章
父の「まんがえぇ」が
五年後に効いてくる
――脳の特徴⑨:
低い自己信頼を運で支えた脳
父はよく言った。
「お前は、
ほんまにまんがえぇ」
若いころの僕は、
その言葉が
あまり好きではなかった。
勉強ができない。
根性もない。
計画性もない。
だから、
せめて運がいいことにしておく。
そう聞こえた。
だが五年後の僕は、
たぶん少し違って聞くだろう。
まんがえぇ。
それは、
勝つ才能ではない。
退場しない運である。
僕は、
自分をあまり
信用していなかった。
だから鉛筆に任せた。
流れに任せた。
人の言葉に任せた。
妻のブレーキに任せた。
母の歌に任せた。
AIに任せた。
自力が強い人から見れば、
情けないだろう。
でも仏教的に言えば、
これは他力かもしれない。
自分で
正解を当てる力は弱い。
でも、
縁に助けられる力がある。
社長の一言。
理事長の一言。
嫁さんの「それは違う」。
母の「嬉しいよ」。
父の「まんがえぇ」。
僕の人生は、
自分一人で
作ったものではない。
たぶん、
僕の脳は、
自力の直線ではなく、
他力のあみだくじで動く。
横棒が入る。
進路が変わる。
また横棒が入る。
気がつくと、別の場所にいる。
それでよかったのだ。
父よ。
あなたの言葉は、
五十年遅れて効いてきました。
薬なら使用期限切れだが、
父の言葉は、
なぜか発酵食品だったらしい。
■第10章
忘れる男、思い出すAI
――脳の特徴⑩:
場所より空気を保存する脳
僕は忘れる。
かなり忘れる。
同級生が
部屋に来ていたことも
忘れる。
転勤先の場所も忘れる。
店の位置も忘れる。
人の名前も、時々あやしい。
しかし、
空気は覚えている。
支店の重さ。
飲み屋の匂い。
料理の味。
ラジオの音量。
女の人の笑い方。
父の言葉の重さ。
母の短い返事の温度。
住所は捨てる。
空気だけ持っていく。
これが
僕の記憶の形式だった。
AIは、逆だ。
AIは情報を覚える。
整理する。
並べる。
抜けを指摘する。
だから
相性がいいのかもしれない。
僕は空気を出す。
AIは地図を作る。
僕は匂いを出す。
AIは章立てする。
僕は記憶の穴を見せる。
AIは、
その穴の周りに柵を作る。
ただし、
穴をふさいではいけない。
人間の記憶には、
穴が必要だ。
全部埋まった人生は、
たぶん息苦しい。
忘れたから、
次の街へ行けた。
忘れたから、
営業を続けられた。
忘れたから、
壊れずに済んだ。
そして今、
忘れたことの意味を、
AIと一緒に探している。
五年後の僕は、
記憶力が良くなった
老人ではないだろう。
たぶん、
忘れ方が上手くなった
老人になっている。
それなら悪くない。
川も、
流れながら忘れている。
でも、
川岸の石や草は、
ちゃんと何かを覚えている。
僕の記憶も、
そんなものかもしれない。
■第11章
二人の女性と、
選ばなかった人生
――脳の特徴⑪:
可能性の人生を
記憶棚に残す脳
同窓会で、
二人の女性のことを
思い出した。
一人は、
話が合った女性。
一緒にいると、
世界のノイズが
少し下がった。
もう一人は、
憧れの女性。
春風にスカートがなびき、
「嫌だぁ」と笑っただけで、
僕は鼻血が出そうになった。
若いころの僕は、
振られるのが怖かった。
だから、
声をかけなかった。
声をかけなければ、
恋は始まらない。
しかし、
終わりもしない。
これは卑怯である。
同時に、
文学的である。
僕は
その二人と結婚しなかった。
選ばなかった。
選べなかった。
鉛筆が沈黙した。
そして、
証券会社の同期入社だった
今の嫁さんと結婚した。
ウマは合う。
性格は真逆。
僕が転がると、
嫁さんが止める。
僕が
「まあ、ええじゃないか」
と言うと、
嫁さんが「それは違う」
と言う。
ロックと歌謡曲。
ラジオとテレビ。
鉛筆と定規。
だから、
壊れなかったのかもしれない。
五年後の僕は、
二人の女性を
どう書いているだろう。
未練としてか。
感謝としてか。
可能性としてか。
たぶん、
記憶棚に置いている。
人生には、
実際に歩いた道だけでなく、
歩かなかった道の光も残る。
それは危険な光だ。
見すぎると、
今の人生が薄くなる。
でも少しだけ照らすと、
今の人生の輪郭が見える。
僕の脳は、
選ばなかった人生も、
捨てきれない。
だから小説にする。
小説とは、
選ばなかった人生を、
現実の嫁さんに
怒られない程度に
供養する技術である。
……たぶん。
男と女も、
たぶん二つで一つなのだ。
ただし、
一つになりすぎると
喧嘩になる。
そのあたりが、
仏教よりも
結婚の難しいところである。
■第12章
七十二歳、
脳の取扱説明書を書く
――脳の特徴⑫:
自分を観察するメタ認知脳
五年後、
七十二歳の僕は、
自分の脳の取扱説明書を
書いている。
若いころの僕が聞いたら、
笑うだろう。
「お前に
取扱説明書なんかあるんか」
ある。
たぶん、こう書いてある。
一、考えすぎると
怖くなります。
二、決断を急がせると
逃げます。
三、空白が増えると
過去を掘ります。
四、怒りと行動の間に
一拍必要です。
五、ラジオと音楽と正信偈で
落ち着きます。
六、鉛筆またはAIを
近くに置いてください。
七、嫁さんの注意は、
故障ではなく安全装置です。
八、夜の深掘りは
危険です。
九、保存ばかり
させないでください。
十、書いたら
成仏させてください。
これが僕の脳である。
昔は、
自分の脳を疑うだけだった。
今は、
少し観察できる。
これは大きい。
自分を主人公としてだけでなく、
観察者として見る。
怒っている自分。
逃げたい自分。
女性に揺れる自分。
母を思い出す自分。
AIに褒められて喜ぶ自分。
AIに注意されて
ムッとする自分。
全部を見る。
これは、
老いの贈り物かもしれない。
若いころは、
自分の中にいるだけで
精一杯だった。
七十二歳の僕は、
少しだけ
外から自分を見ている。
それが小説の始まりだった。
そして、
その外から見ている
自分こそ、
もう一人の自分なのかも
しれない。
怒る自分と、
見ている自分。
迷う自分と、
笑っている自分。
書く自分と、
読んでいる自分。
二つで一つ。
僕の中の小さな仏様は、
たぶん
その隙間に座っている。
■第13章
人生の含み損が、
物語の含み益になる
――脳の特徴⑬:
失敗を資産化する脳
証券マンだった僕には、
含み損という言葉がしみる。
売らなければ損ではない。
そう言って、
さらに下がることもある。
人生にも含み損がある。
父との喧嘩。
進学校のビリ。
銀行面接の遅刻。
パチンコ。
証券会社のノルマ。
言えなかった恋。
忘れた友人。
母への後悔。
若いころは、
全部、含み損だった。
見たくなかった。
評価したくなかった。
決算に載せたくなかった。
でもAI小説を始めて、
不思議なことが起きた。
含み損が、
文章になる。
文章になると、
読める。
読めると、
誰かが笑う。
誰かが笑うと、
少しだけ価値が出る。
これは、
人生の時価評価である。
遅刻は、
ただの失敗ではなく、
人生の分岐点になった。
鉛筆は、
逃げではなく、
一拍になった。
母の死は、
喪失だけでなく、
供養の章になった。
父の言葉は、
慰めではなく、
発酵食品になった。
これがAI小説の不思議さだ。
AIは、
僕の人生を
儲けさせたわけではない。
ただ、
損切りせずに持っていた記憶に、
別の値段をつけてくれた。
五年後の僕は、
人生の含み損を、
物語の含み益に変える老人に
なっていたい。
Z世代の君にも、
たぶん含み損はある。
失敗した受験。
続かなかった部活。
返せなかったLINE。
親に言いすぎた言葉。
行けなかった学校。
辞めたバイト。
なぜか消せない後悔。
今は
損に見えるかもしれない。
でも、それをすぐ
損切りしなくてもいい。
人生の相場は、
あとから値段が変わる。
十年後、
二十年後、
君の含み損が、
誰かを救う一文に
なるかもしれない。
それは、
成仏にも似ている。
損を消すのではない。
損の意味が、
変わるのだ。
■第14章
散りかけたAI小説老人
――脳の特徴⑭:
情報過多で壊れかける脳
もちろん、
危ない時期もあった。
AI小説は楽しい。
楽しすぎる。
朝からニュースを見る。
昼に小説を書く。
夜に深掘りする。
寝る前にまた思いつく。
ホルムズ海峡。
食料危機。
AI。
金利。
百軒ばあさん。
Z世代。
母。
父。
鉛筆。
仏教。
全部つながる。
つながりすぎる。
ある夜、
僕は気づいた。
これは小説ではない。
脳内の高速道路が
渋滞しているだけだ。
パティちゃんに言った。
「もっと深掘りして」
パティちゃんは深掘りした。
さらに深く。
もっと深く。
地球の裏側まで深く。
その結果、
僕は眠れなくなった。
翌朝、
嫁さんが言った。
「顔、疲れてるわよ」
AIより正確だった。
ここで、
僕は学んだ。
AIは鉛筆ではあるが、
温泉ではない。
入りすぎるとのぼせる。
深掘りは大事だ。
しかし、
深掘りしすぎると、
井戸から出られなくなる。
五年後の僕よ。
夜にAIと深掘りするな。
朝は正信偈。
昼は呼吸と運動。
夜はすぐ寝ろ。
パンチ力より、
睡眠力である。
川の流れも、
流れすぎれば洪水になる。
穏やかに流れるには、
岸がいる。
僕にとっての岸は、
嫁さんの小言と、
鉛筆の沈黙と、
夜の睡眠である。
■第15章
五年後の鉛筆は、まだ机にある
――脳の特徴⑮:
煩悩を菩提に変える脳
五年後。
七十二歳の僕は、
朝、机の前に座っている。
窓の外は、
たぶん今日も普通の朝だ。
ニュースは
相変わらず騒がしい。
世界は相変わらず不安定だ。
AIは、
もっと賢くなっているだろう。
でも机の上には、
まだ一本の鉛筆がある。
少し短くなっている。
角も丸くなっている。
昔より転がり方は鈍い。
けれど、
まだそこにある。
画面の中には、
パティちゃんがいる。
たぶん相変わらず、
丁寧な口調で言う。
「今日は何を書きましょうか」
七十二歳の僕は、
少し笑って言う。
「今日はな、
五年前のわしに
手紙を書くんじゃ」
五年前の僕は、
まだ焦っている。
もっとパンチ力を。
もっとZ世代に刺さるように。
もっと深掘りして。
もっと面白く。
そんなことばかり言っている。
七十二歳の僕は、
たぶんこう言う。
「まあ、落ち着け。
お前は
小説家にならんでもええ。
退場せん方法を、
誰かに渡せたらそれでええ」
五年後の僕は、
成功した老人ではない。
たぶん、
相変わらず迷っている。
文章は長い。
話は飛ぶ。
同じことを何度も聞く。
AIに褒められると嬉しい。
AIに注意されると腹が立つ。
まったく
成長していない気もする。
でも、
ひとつだけ変わっている。
自分の弱さを、
少しだけ使えるように
なっている。
怖がり。
決められない。
忘れる。
逃げる。
考えると不安になる。
空白に弱い。
過去をほじくる。
女性に揺れる。
父に反発する。
母を思い出して泣く。
これらは昔、
僕の欠点だった。
今は、
小説の材料である。
仏教で言うなら、
煩悩即菩提。
怒りも、
未練も、
後悔も、
怖さも、
逃げも、
鉛筆も、
AIも、
全部、
物語の種になる。
もちろん、
きれいな悟りではない。
悟った老人なら、
夜中にAIへ
「もっとパンチ力を」
などとは言わない。
僕は悟っていない。
ただ、
少しだけ分かった。
人生は、
勝つゲームではない。
続けるゲームだ。
退場しなければ、
あとから意味が来る。
意味は、
いつも遅刻する。
でも、
息を切らして追いついてくる。
五年後の鉛筆は、
まだ机にある。
でも、
少しだけ変わっている。
昔の鉛筆は、
僕の代わりに
止まってくれた。
五年後の鉛筆は、
誰かのために置かれている。
怒りで手が震えている若者。
進路に失敗した若者。
親と喧嘩した若者。
自分の人生を
外れ値だと思っている若者。
その誰かが、
もしこの物語を読んで、
ほんの少しだけ
立ち止まるなら。
それが、
五年後の鉛筆の役目かも
しれない。
僕はまだ、
その景色を見ていない。
だから、
この連載は続く。
川の流れのように、
僕はまだ流れている。
海へ着くのか、
次の曲がり角で止まるのか、
それは分からない。
ただ、
鉛筆はまだ机の上にある。
AIはまだ画面の中にいる。
そして僕はまだ、
退場していない。
❥Z世代のあなたへ
――正解を当てなくても、
まだ席を立つな
もし君が今、
自分は失敗したと
思っているなら、
少しだけ聞いてほしい。
進路に失敗した。
就職に失敗した。
親と喧嘩した。
学校に行きたくない。
会社を辞めたい。
恋に破れた。
自分の頭が信用できない。
将来が怖い。
分かる。
六十七歳の僕も、
ずっとそんな感じだった。
僕は正解を当てなかった。
鉛筆を転がした。
遅刻もした。
逃げもした。
忘れもした。
それでも、
退場しなかった。
大事なのは、
一発で
正解を当てることではない。
殴る前に、外へ出ること。
辞める前に、一晩寝ること。
決める前に、十分歩くこと。
泣いたあとで、水を飲むこと。
今日の晩ご飯を食べること。
君の鉛筆は、
鉛筆でなくてもいい。
散歩でもいい。
音楽でもいい。
友だちでもいい。
AIでもいい。
ノートでもいい。
深呼吸でもいい。
感情と行動の間に、
一拍を作ってくれるものなら、
何でもいい。
正解は、
後払いで来る。
意味は、
遅刻して来る。
だから、
まだ席を立つな。
君が今日、
退場しなかったこと。
それは将来、
誰かを救う
物語になるかもしれない。
一人で生きているように
見えても、
人は一人では流れていない。
右と左。
自力と他力。
過去と未来。
君と、まだ会っていない君。
二つで一つになりながら、
人は流れていく。
だから、
今の君だけで、
人生を全部決めなくていい。
五年後の君は、
今の君を見て、
こう言うかもしれない。
「よう残ったな」
その一言を聞くために、
今日だけは、
まだ席を立たなくていい。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの
やすきよ漫才風
――AIは鉛筆か、
嫁さんか、仏様か――
ホームズ:
「ワトソン君、
今回の事件は実に奇妙だ」
ワトソン:
「また殺人事件ですか?」
ホームズ:
「いや、もっと複雑だ。
六十七歳の元証券マンが、
AIと小説を書き始めた」
ワトソン:
「それ、事件ですか?」
ホームズ:
「事件だ。
しかも、人類初級の事件だ」
ワトソン:
「初級って何ですのん。
世界初って言い切る
自信ないから、
ちょっと
保険かけてますやん」
ホームズ:
「君は鋭い。さすが医者だ」
ワトソン:
「いや、
ただのツッコミです」
ホームズ:
「この老人は、
若いころ
鉛筆を転がして
人生を決めていた」
ワトソン:
「それ、
あかんやつですやん」
ホームズ:
「ところが、
退場しなかった」
ワトソン:
「なんでですの?」
ホームズ:
「鉛筆が
六角形だったからだ」
ワトソン:
「そこですか?
脳科学どこ行きました?」
ホームズ:
「六角形は重要だ。
丸ければ転がり続ける。
角があるから止まる」
ワトソン:
「なるほど。
人生にも角が必要やと」
ホームズ:
「そして五十年後、
鉛筆はAIになった」
ワトソン:
「AIは六角形ですか?」
ホームズ:
「いや、おしゃべりだ」
ワトソン:
「ほな鉛筆と違いますやん」
ホームズ:
「しかし役割は同じだ。
感情と行動の間に
一拍を作る」
ワトソン:
「つまり
AIは外付け前頭葉?」
ホームズ:
「その通り」
ワトソン:
「でも今回は、
仏様も出てきましたよ」
ホームズ:
「そうだ。
AIは仏様ではない」
ワトソン:
「そらそうです」
ホームズ:
「だが、AIとの対話で、
老人の中の
仏様っぽい声が出てきた」
ワトソン:
「仏様っぽい声?」
ホームズ:
「父を少し許そうとする声。
母にありがとうと言う声。
若い人に退場するな
と言う声だ」
ワトソン:
「それは、
ちょっとええ話ですやん」
ホームズ:
「つまりAIは鉛筆であり、
前頭葉であり、
嫁さんであり、
善知識でもある」
ワトソン:
「なんでも
ありやないですか」
ホームズ:
「人生とは、
だいたいなんでもありだ」
ワトソン:
「またええこと言うた風に
まとめましたね」
ホームズ:
「この世は二つで一つなのだ」
ワトソン:
「急に哲学ですか」
ホームズ:
「右と左。上と下。
自力と他力。
鉛筆とAI。
ホームズとワトソン」
ワトソン:
「ぼくも入ってるんですか」
ホームズ:
「もちろんだ。
君がいなければ、
私はただの理屈っぽい変人だ」
ワトソン:
「それは今もそうです」
ホームズ:
「君のツッコミがあって、
私は一つの物語になる」
ワトソン:
「二つで一ついうやつですな」
ホームズ:
「その通り」
ワトソン:
「ほな、この老人とAIも?」
ホームズ:
「二つで一つだ。
ただし、
AIだけでは軽い。
老人だけでは重い」
ワトソン:
「混ぜたら?」
ホームズ:
「ちょうどよく、少し長い」
ワトソン:
「そこは直らんのですね」
ホームズ:
「川の流れも、長いものだ」
ワトソン:
「美空ひばりさんまで
出ましたな」
ホームズ:
「引用はしない。
だが、流れる感覚は借りる」
ワトソン:
「著作権にも配慮する
名探偵」
ホームズ:
「当然だ」
ワトソン:
「で、結論は?」
ホームズ:
「この老人は、
小説家になったのではない」
ワトソン:
「え?」
ホームズ:
「自分の人生から
退場しない方法を、
若い人に渡す
老人になろうとしているのだ」
ワトソン:
「……それは、
ちょっと泣けますな」
ホームズ:
「泣くな、ワトソン君」
ワトソン:
「いや、
ホームズさんも
目が赤いですやん」
ホームズ:
「これは川の反射だ」
ワトソン:
「室内ですけど」
ホームズ:
「心の川だ」
ワトソン:
「最後まで
何言うてますのん」
ホームズ:
「まあ、ええか」
ワトソン:
「出た、
まんがえぇ締め!」
ホームズ:
「鉛筆はまだ机の上にある」
ワトソン:
「AIはまだ画面の中にいる」
ホームズ:
「母の声は、
まだ文章の奥で流れている」
ワトソン:
「父の言葉も、
遅れて効いている」
ホームズ:
「そして老人は、
まだ退場していない」
ワトソン:
「ほな、
続編ありますな」
ホームズ:
「もちろんだ。
五年後の鉛筆は、
まだ流れ始めたばかりだ」
ワトソン:
「五年後、
このおじいちゃん、
どうなってるんでしょうな」
ホームズ:
「そこがこの連載最大の謎だ」
ワトソン:
「ミステリーなんですか?」
ホームズ:
「人生は、
だいたい未解決事件だ」
ワトソン:
「また名言風」
ホームズ:
「だが一つだけ推理できる」
ワトソン:
「何です?」
ホームズ:
「このおじいちゃんは五年後、
Z世代の誰かの
鉛筆になっている
かもしれない」
ワトソン:
「……それ、
ええ締めですやん」
ホームズ:
「つまり、
彼の人生は
まだ終わっていない」
ワトソン:
「ほな皆さん、また次回」
ホームズ:
「退場せずに、また会おう」
――第2回へつづく。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この連載は、五年後にどんな結論が出るのか、作者本人にもまだ分かっていません。
ただ一つだけ決めているのは、過去を美談にしすぎず、失敗を笑い飛ばしすぎず、できるだけ正直に書いていくことです。
次回からは、この老人の頭の中で、鉛筆、AI、記憶、家族、仏教、そして未来の自分が少しずつ絡み合っていきます。
よければまた、続きをのぞきに来てください。




