階段堂 BOOK STORE
瀬戸内海にはその海を臨むように丘がある。そんな丘には長い階段があり、その頂上付近には古びた書店があった。そんな書店を、四十代半ばの脱サラ男性が切り盛りをしていた。だが、この書店、普通の本は売っていない。売っているのは完全オーダーメイドの本だけだ。
さて、今日もオーダーメイドの本を求めて客が来る。
~客1 金子達吉~
ここは瀬戸内海を望む丘陵地。穏やかな風が毎日の様に丘を揚がって来る。
そんな風に誘われてなのか、それとも何かに導かれてなのか、それは分からない。
だが、今僕はここに居る。
それだけは確かな事実だ。
僕は四年前から、この町で本屋を営んでいる。
本屋と言っても、古民家を改築して使用しているので、見た目は昭和の中期に立てられたようなデザインだ。
今風に言えば、リノベーションとでも言うのだろうが、そんな横文字で言う程恰好の良い物じゃない。僕としてはやはり改築、もしくは射貫き物件が関の山だ。
そして驚くことに、なによりここの立地は、店を営むに最悪の場所となっている。
丘陵地なので、海が望めてそれは景色の良い所だ。
ただ、階段しかない道の中腹に建っているモノだから、交通の便は最悪だ。
バリアフリーが叫ばれている昨今、こんな所にわざわざ本を買いに来る者など物好きしかいない。
でもね、僕はある日、気づいてしまったのだよ。この店の秘密に。
いゃ、気付かされたと言った方が正解かな。
そうだね、もう一つ僕がここで、本屋をやっている理由を説明しよう。
どうやら、僕にはある力があるらしい。いゃ、これも語弊のある言い方だな。『ある力に気付いた』が正解かな。
まぁ、そんな訳で、僕は四五歳にもなって脱サラをして、こんな辺鄙な場所で本屋なんてものをやっているんのだよ。
こんな辺鄙な場所で食っていけるのか疑問だって?
それもそうだろう。
だが、安心してくれ。これが意外にもそこそこ儲けられるんだよ。なんせうちの本は一律『一万円』だからな。
えっ、そんな高価な本を買う人はいないって?
まぁ、そう思うよな。僕も初めはそう思っていたよ。でもね、これが週に二冊は売れていくんだよ。ほら、なんとなくほそぼそとは生きていけそうだろう?
さて、そんな事を話していると、今日一人目の客が来たようだ。
● ● ●
「いらっしゃ~い」
僕が声をかけると、ずんぐりむっくりの七〇歳は超えているであろう男性が、睨むように僕の顔を見た。
「ここは階段堂でええか?」
来店早々ご立腹な旦那さんだ。
まぁ、うちの書店では多々あるタイプのお客さんといったところだろうか。特段めずらしくはない。
「そうですが。なにか?」
「いや、昔から、ワシの夢の中にこの本屋の映像が流れて来てのぉ、つい先日テレビでここの丘陵地が放映された時にここじゃぁ思て来たんじゃぁ」
そういえば、ひと月ほど前に、テレビが『階段の町特集』見たいなので撮影に来てた気がする。
「そうですか。お客さんは、夢でこちらを知って来られた方で間違いありませんね」
「そう言いておるじゃけん」
「では、旦那さんに紹介できる本は決まっていますね。ちょっと待ってくださいね」
あっれぇ~、ないなぁ~。ひと月前ならこの辺りにありそうなんだけど……いゃ、そいえば、昔から夢に見るって言ってたから、奥の古書売り場かなぁ。
僕は、四段ほどある階段を上って、中二階、今で言うところのデンの売り場でお目当ての本を探した。
すると、一際光を放っている本を見つけ出した。
「あったあった。これだ。中々年季の入った本だなぁ。二十年は経過しているかな。こりゃぁ怒られそうだ。ククク」
僕は、含み笑いをした後、また無表情に顔を戻して、お客の前に戻った。
「旦那さん、お待たせしました。こちらが旦那さんのお目当ての本になります」
「なんじゃ、この書店は店主が勝手に本を決めるんかい! そんな店が有るか!」
まぁ、そう怒るのも分からなく無い。更に値段を言ったら、さぞ怒るんだろうな~。
僕は、この瞬間だけが、この書店を営んでいる上で、最も嫌な時間だよ。
「え~っと、お怒りのところ、誠に申し訳ないのですが、そちらの本は一万円になります」
ただでさえ機嫌の悪い顔が益々悪くなっていく。
サポートセンターで仕事をしている人は、毎日こんなのを相手にしているんだから、頭が上がらないよ。
さて、くるぞくるぞ~。
「はぁぁあああああ!!! おめー何言ってんじゃぁあああ!!! こがーもんが一万じゃ? ごじゃばーゆーな!!」
うぇえ。中々に強烈な客だ。こりゃ、早い所読んでもらわないと叶わないな。
「まぁ、旦那さんがお怒りのところ分かります。取り合ず、冒頭十ページは無料になりますので、まずはそこを読んでもらってからでお代は構いませんので」
「はぁ!? ワシに立ち読みしろと!?」
「まずは、初めのページだけでいいので、読んで見てはくれませんか? お願いします」
「まぁ、そーまで言うけぇ、読んでやらん事も無いが~」
さてさて、なんと書いてあるのやら。
なんせ二〇年積もりに積もった思いだからな。桑原桑原。
僕は、叩きで本に付いた埃を落とすフリをした。
● ● ●
なんじゃぁ、あの店主。ワシに立ち読みしろぉ言いおって。
これで、一万の価値が無かったら酷いからのぉ。
さて、何が書いてあるのやらって……って、ん? 題名が『金子達吉へ』ってワシの名前が書いておる。なんや、バカにしおってんのぉ。
――――ごるぁあぁああああ!! 達吉! とっとと店主に謝らんかい!――――
っと、待てい。なんじゃこれ。ワシいきなり名指しで怒られとぉ。
気のせいか?
――――あんた何店主に八つ当たりしているの! 私が何度夢で、この書店に来るように呼び掛けたか忘れたの!? 二十年よ! 二十年! 私が死んでから何度も、何度も呼び掛けているのに、やっと来て、たまには墓参りに来い! このクソ達吉!――――。
なっ、なんじゃこれ、なんで、なんでこの本、ワシの名前を知っとんじゃ?
ワシぁ、驚きゃーながら店主の顔を見っと。店主はニヤニヤした顔でこっちを見っとんよ。
どうやら、店主はこの本の内容をよぉ知っとぉらしい。
「あっ、あの、店主さん? この本のぉ、ワシの名前入っとんよぉ。なぁ、なんでや?」
「あぁ、その本ですか? 旦那さん宛ての本で間違ってませんね?」
「いゃ、そうなんじゃがぁ……これは誰が書いてんじゃぁ?」
「知りません。私は、ただ本を届けるだけのメッセンジャーですので。誰が誰宛てに書いた本かまでは知らないのです」
「そっ、そうですかぁ。のぉ、続きを読んでもえぇですかのぉ?」
「どうぞ。十ページまでは無料ですので」
ワシは店主の了解を得たことから、続きを読み始めたんよぉ。
――――ちゃんと店主には誤ったか? もう気付いていると思うけど、私はあんたの女房だった梅子じゃ! この口調わすれたとは言わせんよ。これでもあんたと長年付き添って来たんだからね。そんで、ちゃんと一万円持ってきてんだろうね。夢の中で本の値段は言っておいたはずだよ――――。
確かにのぉ、この口調は梅子だぁ。うちの鬼嫁に間違いのぉない。二十年前に他界した梅子そのものじゃぁ。確かに一万円する本を買うてこい言われとぉたけど、まさか本当にそんな本が実在するとぉ思おておらんじゃぁ……。
一応年金を工面しぃ持ぉては来たけど、このまま梅子の愚痴を聞きょぅながら読む一万は、高いけんのぉ?
十ページまでは無料言てたし、このまま返品してしまえば、お金はこぉかからんし、梅子の小言も聞こぉて済む。
よし、もう少し読んだらのぉ返品しようなぁ思う。
――――あんた、もう少し読んで返品しようって考えたでしょう!?――――。
おぅっ、なんだ、この本。ワシの考えを読んどんのかぁ?
――――けっ、あんたの考える事なんて分かっているわよ。何年あんたと連れ添ったと思っているの。いいから、まず一万払って、この本買いなさい。お金は私のへそくりをあげるから。この本の最後にへそくりの在りかを書いておくので、それで補填しなさい――――。
なんと、へそくりの在りかが最後に書いてあるんけぇ。
そーけ、最後んとこぉだけ読んで、この本返品せぇしてしまえば、丸儲けやないかぁ。
ワシは梅子の裏をかいて最後のページを開いたんじゃぁ。
―――― バーカ! 素直に、最後のページに書いてあるわけないだろう! 最後ってのは最後の方って意味だ! せこいこと考えてないで、さっさと払いな! あんたは昔からけち臭いんだよ! 大体アンタがまずやる事としては、ゴミ屋敷になっている家を何とかキレイにすることだ! そうでないとへそくり見つからないよ! あげないよ!――――。
なっ、なんじゃこの本。梅子の怨念でも籠ってんけ?
じゃがまぁ、久しぶりにあの声を聞いた気がするのぉ。
文字だけなのに、梅子の声が紛れもなくワシの耳によ~届く。
梅子は成仏しても、ワシの事をよぉ~見とぉくれたんじゃ~。
ゴミ屋敷は、どうにかしゃぁない思うとうた事じゃけ、梅子にケツ叩かれて、少しやる気が出たけぇのぉ。
「店主すまんかった。この通りじゃぁ。購させてもらうけぇ」
「毎度在りです。ところでその本、誰からでしたか?」
「ん? これか? 鬼嫁からじゃ~~。冥途の門を開いて来たみたいじゃ~~ハハハ~~~」
ワシは、しげしげとこの本をそっと撫でると、少しだけ愛おしくなったんじゃ。
確かに、この本が一万なら買ぉても悪くない。しかも、ワシ以外は読みたくない本じゃて。
「ほじゃぁ、店主またな!」
「ありがとうございました」
ワシは店主に別れを告げると、元来た階段を下って行ったんじゃ……。
● ● ●
うぅ。中々にすごい客だった……。
まぁ、あのお客さんも、本にビクついていたから、奥さんも相当すごい奥さんなんだろうけど…………。ん?
さて、どうやら、また、本が一冊届いた様だ。
僕は店の外にある祠を除きに行った。
すると、一冊の青拍子の本が置かれていた。
題名は『木本美紀子へ』か。
木本さん、いつくるかねぇ~。
なるべく早く来てくれると、収入が増えるんだけどね~。
僕はその本をそっと手に取ると、新刊コーナーへと立てかけた。
~客2 阿部なつみ~
今日も晴天、晴朗、日本晴れ。
中々にいい天気だ。
僕も、心もこのくらい晴れていればいいのだが、残念ながら、ここ二週間客が来ない。
流石にひもじくなってきたよ。
この景色を見ながら飲むコーヒーだけは格別なのだが、今日こそはお客さん来てくれないかなぁ~。
● ● ●
「ごめんくださ~い」
倫とした若い女性の声が店内に響く。
「はいは~い。ちょっと待ってね」
僕ははたきを持ちながら、店の出入口へと向かった。
「おゃ、随分と若いお客さんだね。ちょっとまってね、お客さんが望む本はぁ~と…………あれ?…………無いなぁ」
実は、この書店に惹かれて来る人の本は必ず置かれている。そもそも、故人がメッセージを伝える為に伝えたい相手を呼び寄せるからだ。
稀に書店巡りファン見たいな人が来たりもするけれど、その人達にはどうやら本が拒否反応を起こすらしく、手を取らせないらしい。
なんというか、虫よけスプレーで守られた皮膚みたいな感じだ。
なので、お客さんとして来た方には届けるべき本が決まっている。これだけある本の中から、お客さんが欲しい本は一冊しかないという事は、探し出すのもまた大変という事になる。よって僕の仕事はその仲介役。つまり、故人が残したメッセージ本を相手に届けるといったお手伝いの仕事なのだ。
僕にはこの店の店主になった時から不思議な力がある。お客さんが店に訪れると、そのお客さんを呼んだ本が光り出すのだが、どうやらその光は僕にしか見えないらしい。
しかし、今回はかなり例外なケースだ。このお客さんの本は何処を見ても光っていないのだ。奥の古書置き場。更に奥の歴史的財産図書置き場にもない。
そうかんがえると、どうやら彼女はここに来るべき人間では無かったと考えられる。きっと何かの手違いにより店に引きつけられてしまったのだろう。
僕はお客さんに笑顔を向けると、頭を下げた。
「スミマセン。お客さんの求めている本は当店には置いて無いようでして……」
「いぇ、そうではないんです」
女性はいえいえと言わんばかりに、広げた手をパタパタ左右に振った。
ちょっと困った表情を浮かべているが、その表情には何故だか見覚えがある気がした。
「実は私、四年前に、こちらに来たことがありまして……。それで……その時、お金を払わないで本を頂いてしまったのです」
四年前……まだ僕がこの書店を開いたころの話だ。
そいうえば、確か中学3年生の女の子が一人でお客さんとして来たことがあったのを覚えている。
そうそう、思い出した。あれは四年前の夏、交通事故で両親を亡くした女の子が訪ねて来たんだ。
確か、父と母からの本だった気がする。
喪失感で未来も見えず、ただ暗いトンネルの中を歩いている様子な子だった。引きずった脚、悲壮感漂う顔。うん間違いない。あの時の女の子だ。
よかった……それが今はもうこんなに元気に明るくなって……。うん、見違える様に元気になってくれたみたいだね。
「覚えていますか? 当時の私はまだ中学3年生だったんです」
「えぇ。覚えていますよ。覚えていますとも。この店をまだ始めたばかりの時だったので、よく覚えていますよ。その後、お体の調子はいかがですか? あの頃は、かなり沈んでいた見たいでしたが……」
「はい。おかげさまで。あの本のお蔭で、私は今こうして元気に生きていられます。あの後、お父さんとお母さんの助言があって、今日まで無事にいられています」
「そう。それはよかった」
「それで、今日はあの時払えなかった本代を持って来たのです」
「それはそれは、わざわざご丁寧に」
「いぇ、まだ中学生だった私に一万円は高すぎました。いくら保険が下りたとしても、今後の生活が不安で、とてもお金の支払える状況ではありませんでした。でも、店主さんに父と母の本を渡されて、私とても助けられました。あの本があったからこそ勇気づけられて、今があります。本当に、こちらの本屋さんには感謝しても感謝しきれません」
「そうですか。それはよかったです。僕も少しは人の為になれたのだと思うと、とても嬉しくなります」
「実は、この本の最後に、お母さんからのメッセージで『初任給が入ったら、必ず本屋さんに代金を支払う事』と書いてありましたので、今日はこうしてお金を持ってきました。…………因みに……利息はお幾らでしょうか?」
利息まで支払おうとは、なんて立派に育ったものだ。
ご両親もきっと天国で喜んでいるに違いない。
「利息ですか~そうですね~高いですよ~~」
「えぇぇええ。す、少しなら払えるのですが……お幾らでしょうか……」
「そうですね。利息は僕からの就職祝いって事でどうですか? 本代の一万円だけ頂ければ結構ですよ」
「えっ! 本当に、それでいいんですか?」
彼女は一瞬利息の代金にビックリしたようだけれど、今は安心しきっていい笑顔だ。
「はい、結構です。どうせ、本の元出はかかっていないので。ハハハ」
「そうなんですか?」
「えぇ、まぁ」
そんな話をしていると、店の外に設置されている祠が青く光り出した。これは祠が僕を呼び出している合図だ。
……やれやれ、せっかくいい話をしているのに、水を差す祠だ事……。
僕は、肩を落としながら、祠へと近づいた。すると、祠の中に一冊の本が出現していた。そう、故人たちからのメッセージ本はこうやって現れるのだ。なので、どこからか仕入れている訳では無いし、元手がタダというのもこういう訳だ。
さてさて、今回は誰宛の本だ?
僕は、右手で本を取り出すと、表題を確かめる。
『続阿部なつみへ』……? 続? 僕は、首を傾げて考える。
……あぁ、もしかして……。
僕は、振り返ると、お財布を手にしている彼女の目を見る。
「お客さん、もしかして、お名前阿部なつみさんではありませんか?」
「そうですけど……」
あっ、やっぱりそうか……。それにしても、ここに来て5年が経とうとしているけれど、続編の本が出ているのは初めて見た。
そういえば、さっき彼女が口にしていたっけ。『お母さんからの最後のメッセージは、初任給が出たら代金を支払う事』だと……つまり、本は最後まで読み切ったという事だ。
中学生の時に渡した本は、今日までの道しるべしか書かれていなかったという事になる。そして、これからの道しるべがこの本って事になるわけか……。
僕は、もう一度彼女の目を見つめる。そんな彼女の顔は、先ほどは気が付かなかったのだが、少しだけ不安そうな表情をしていた。それもそのはず。今日で、彼女の道しるべは消えてしまったのだ。独り立ちしたとはいえ、両親からの助言は18歳で消えてしまったのだ。まだまだ相談したかったこともあるだろう。それがいきなり断ち切られてしまったとあれば、不安にならない方がどうかしている。
僕は、本の表紙をやさしく撫でると、彼女に表題が見える様にひっくり返した。
「阿部さん、実は今しがた続巻が届きまして……この本、買われます?」
彼女の顔からはヒマワリの様な笑顔が咲き誇る。
「えっ! ほっ、本当ですか? 私、あの本には今日までの事しか書かれていなかったので、実は不安だったんです。是非購入させて下さい」
そして本を手にした彼女は、何度もお辞儀をしながら、坂を下って行った。この仕事をしていて心から良かったと思える瞬間だ。
いゃ~あ、それにしても今日は臨時収入が二万円も入ったのは大きい。彼女の心も闇夜から、この空の様に晴れ晴れとしたし、なんていい事ばかりなんだ~。
それにしても、ここにある本って、何が書いてあるんだろうね。
実は、僕はここにある本を取り出すことはできても、開くことは出来ないから、読めないんだよね。
僕にも、誰かが本を送ってくれれば読めるのになぁ~。
以前pixiv企画の際に作ったものの改稿版となります。
場所は岡山と広島の間辺りの設定で作っていますので、達吉の言葉(岡山弁、広島弁)を調べながら作成した記憶があります。
どうでしょう? そちらの方に住んでいる方、これで、言葉あっていますか?




