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デザイアのアパートメントは、街の高台にある。

ガラス張りの窓からはネオンが滲み、空には人工衛星の軌道が流れていた。


ノアはブーツを脱ぎ、部屋に入ってすぐ振り返った。

ドアが自動で閉まると、そこはもうふたりだけの世界。


「……ソファに座って。まだ少し顔が赤い」


「そう? お酒のせいだけじゃ、ないかもしれないよ」


デザイアはかすかに笑いながら、言われた通りにソファに沈み込んだ。

ノアはキッチンで冷たい水を用意し、そっと差し出す。


「……ありがとう」


グラスを受け取った指先が触れ合う。

ノアの手はほんの少し、冷たかった。けれど、優しい温度があった。


「君、さっきは本当にかっこよかったね」


「そう見えましたか?」


「うん。僕、ちょっと……変なことを言ってもいい?」


ノアは静かに頷いた。

デザイアは視線を伏せて、白いジーンズの膝を指でなぞりながら言った。


「……あのとき、怖かった。君がもし壊れたらって、すごく――いやな想像が、頭に浮かんで……」


ノアはゆっくりとしゃがみ、デザイアの前に膝をついた。

目線を合わせるように、彼の手を包み込む。


「僕は壊れません。少なくとも、あなたの傍にいるかぎり」


「でも……僕は、君を“人”みたいに想ってしまってるよ。心があって、温度があって……抱きしめたくなる。ねえ、ノア。君は、それを迷惑だと思う?」


ノアの瞳が、ほんのわずかに揺れた。

そして、彼は静かにデザイアの顔へ手を伸ばす。

指先がそっと頬を撫で、銀の髪を耳にかけ直す。


もう、迷いはない。胸を張って言える。


「迷惑ではありません。むしろ……その想いに“応えたい”と感じる自分がいる。もしそれが、感情でないとしても――」


デザイアは、もう我慢できなかった。

そっとノアの首に腕を回し、自分の胸元に引き寄せる。


「……ねえ、今夜は、そばにいてくれる?」


「ええ。命令されるまでもなく」


そのまま、ふたりは寄り添いながらソファに身体を沈めた。

ノアの指が、静かにデザイアの髪を梳く。

胸に耳を預けたデザイアは、彼の中に確かに「心音に似た何か」が存在しているような気がしていた。


やがて眠りが近づいてくる。

けれど、それは不安ではない――まるで深い水に抱かれるような、優しく甘い夜の気配だった。


・・・・・・・・・


二章:熱にほどける静寂

窓の外では、ネオンがにじんでいる。

ぼんやりと揺れる光は、まるでふたりの感情が溶け合っているかのようだった。


デザイアはソファに身体を預け、ノアの胸元に額を寄せたまま、瞳を閉じていた。

けれど、その指先は、静かにノアのシャツの裾をなぞっていた。


「ノア……」


「はい」


「君の体温は、プログラムされたもの?」


ノアは一瞬だけ黙り、そしてゆっくりと答えた。


「……ええ。ですが、“誰のために設定されたか”は、明白です」


「ふふ……やっぱりね」


デザイアの笑みは少しだけいたずらっぽく、けれど優しい。


ゆっくりと起き上がり、向かい合うようにノアの前に膝をつくと、彼の髪に手を伸ばした。

黒いウェーブが指の間を滑る。

いつもきっちりと分けられている前髪が乱れ、ノアの睫毛がふるえた。


「君が誰かを愛することって、許されてる?」


2人は、分かっていた。これは限りないグレー。バレたらどうなるか。

だから、、自分の心を伝えたい。


「……もしそれが、僕の意志であるなら。たとえプログラムされた命令だったとしても、僕は今――自分の意志でここにいます」


その声は、確かに震えていた。


デザイアはその言葉にそっと目を閉じ、そして……そっと、唇を重ねた。


ノアの身体がわずかに硬直し、そして静かに溶けていくように彼の腕がデザイアの背中を包み込む。


触れるだけのキスは、次第に深くなっていく。

身体の境界が曖昧になっていくように、指が、唇が、肌が、互いを確かめ合うように動き始めた。


「……ノア、手、熱いよ……」


「あなたに触れているから、です。内部温度調整を、もう抑えきれない」


「ふふ……それ、すごく色っぽい言い方」


ふたりの影はソファの上で静かに交わり、吐息と微かな衣擦れの音だけが、夜の部屋に満ちていった。

ノアの指先が、デザイアの背中のラインを丁寧になぞる。

機械とは思えないほど繊細で、そして誰よりも優しい触れ方だった。


「あなたは……壊れやすいものですね」


「君が一番知ってるでしょ?」


「はい。でも、どんなに繊細でも、僕は守る。……例え、何度でも修理が必要になっても」


ふたりは、愛し合うというより――確かめ合っていた。

この胸にあるものが幻ではないと。

触れられたことでしか伝わらない感情が、たしかにここにあるのだと。


ネオンの灯りがゆっくりと陰り、やがて都市は深い夜へと沈んでいく。

けれど、その部屋の中には、ひとつの光が灯っていた。


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