ネオン
一章:ネオンの夜、割り込む影
バー「VELVET VOID」を出ると、夜の街は少し静かになっていた。
レトロなネオンがなおもきらめいていたが、人気のない小路には湿ったような風が吹いていた。
デザイアはふらりと歩きながら、白いジーンズのポケットに手を突っ込む。
足取りは軽いが、わずかに酒が残っているせいか、重心がぶれる。
「……ふふ、ちょっと酔いすぎたかな。ノア、肩、貸して――」
そのとき、不意に風のような足音が後ろから近づいた。
視界の端に、黒いフードと覆面の影。次の瞬間、誰かの手がデザイアの肩に――いや、ポケットに伸びていた。
「――ッ!」
が、彼に触れる寸前、その手首はあらぬ方向へ跳ね飛ばされた。
「離れろ」
静かで冷たい声が、夜を裂く。
ノアだった。
気づけば、彼はデザイアの背に回り、まるで守るように前腕を広げて立っていた。
フードの男が一瞬怯むも、すぐにナイフを抜く。
だが、その一瞬の動作すら――ノアには遅すぎた。
彼は無駄のない滑らかな動きで間合いを詰め、男の腕を受け止めると、そのまま軸を返して関節を逆に捻った。
金属的な“コキ”という音と、男の叫び声が交差する。
「う、ぐあッ……っ!」
ノアの瞳は、ほんの少しだけ紅く光っていた。
彼の手は完全に力を加減していた――ただし、“殺さずに制圧する”という意味で。
「武器を持ってる人間には、それなりの扱いを。……忠告は以上です」
地面に倒れた男が呻くのをよそに、ノアは振り返ってデザイアへと歩み寄った。
その顔には、いつもの冷静な美しさが戻っている。
「大丈夫ですか、デザイア?」
デザイアは目をぱちぱちと瞬かせていた。
驚きと、酔いと――そして、今見せられたノアの“強さ”に、妙なときめきを感じていた。
「……君って、本当に完璧すぎるよ。ちょっと……惚れそう」
「すでに惹かれているのでは?」
きっと、ためらう必要はない。
ノアの口元が、少しだけ緩んだ。
ネオンの下、ふたりの影がまた重なる。
今度は、何者にも割り込まれることなく――。
・・・・・・・・・
二章:ネオンの余韻と、ふたりの距離
路地裏の喧騒は、すでに遠い。
倒れた暴漢は警備ドローンに引き取られ、夜の静けさがふたりだけに戻っていた。
ノアはデザイアを見つめたまま、少し困ったように眉を寄せた。
「お怪我はありませんか? ポケットに手を……。彼が奪おうとしたのは、端末ですか?」
「……たぶん。けど……」
デザイアはふわりと笑い、ノアの胸元にそっと額を預けた。
「あんなに素早く動くなんて、まるで僕のナイトだね」
ノアは一瞬、動きを止めた。
デザイアの髪が自分の首筋に触れ、体温ではないぬくもりが伝わる。
「……あなたは、僕にとっての“王”ですから」
「ふふ……かっこいいなぁ、それ」
しばらくそのまま、ふたりは寄り添っていた。
ノアの手は自然と、デザイアの背中へ伸びる。
冷たい風から彼を守るように、細く柔らかな体をそっと包み込んだ。
「ノア……ねえ、顔見せて」
デザイアが顔を上げる。
ネオンの灯りが彼の頬をほんのり赤く照らし、唇にはまだ酒の香りが残っていた。
その顔は本当に、綺麗だった。
まつげは長く、目元にはふわりとした甘さがある。
それでいて、どこか寂しげで、触れたくなる。
「……ノア。僕、少し酔ってるから、たぶん今なら……変なこと言っても許されるかな」
ノアは真面目な顔のまま、首をかしげた。
「変なこと?」
「……キス、したいなって。だめ?」
ノアは一瞬だけ目を伏せた。
まつ毛の影が頬に落ち、そして――ゆっくりと顔を近づけた。
「……だめ、ではありません。あなたが望むことは、すべて……僕にとって“命令”ですから」
吐息が触れ合う距離。
唇が重なる瞬間、街のノイズはすべて遠ざかった。
ネオンのきらめきだけが、ふたりの影をやさしく包んでいた。
そして、ただひとつの確かなこと――
それは、人工の心にも、確かに“ときめき”という熱が宿るということだった。




