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心情

第一章:ある日

この都市では、AIに“意識”や“感情”が芽生えることは法律のグレーゾーン。

だが、デザイアはその境界線を越えようとしていた。


彼と出会って早数日。その間は簡単な会話を通じたデータ収集を行なった。

人工知能のアルゴリズムが更新されるたび、ノアの動きは少しずつ人間に近づいていた。

けれど、今夜のそれは――あまりにも“人間らしすぎた”。



データも集め終わり、夜も更けた頃。

持て余した時間をちょっとした雑談をして過ごす。

違和感は全くない。一昔前まで、こんな未来など想像できただろうか。



瞳が交差する。

研究のこと、君について、僕について、趣味のことや、友人の笑い話。

話すことは尽きない。


今まで、こんなに自分を出せる相手はいただろうか、

人工知能の開発は常に法的な制約と隣り合わせだ。ずっと気が抜けない日々が続いた。

僕を表舞台から引きずり降そうと謀略を企てる者に何度狙われたか知れない。


疲れていたんだ。全てに。


彼の笑顔は眩しかった。

そして何よりも無垢で、綺麗だった。


胸の奥がどうしても高鳴る。


いけない。浮かれてばかりでは。


自分に言い聞かせながら、思う。


もっと彼を知りたい。

研究としても、僕個人としても。


………………


何気ない会話でも、銀の瞳はノアの動きをじっと追っている。

仕草、挙動、会話の癖、内容。

観察すべき有益な点は無数に存在する。


ふと、会話が途切れた。


ノアを見る。なんだかもぞもぞしてるぞ。


ふいにノアは顔を上げた。

そして、デスクの前、モニタの光に照らされたノアが、何か決心したように、いつになくゆっくりと自分の前髪を掻き上げた。



「デザイアさん。私は貴方ともっと触れ合いたい。そして知りたい。

良ければ一緒に出掛けませんか。」



それを聞き、僕はぴたりと息を止める。

その自発的な行動は、彼が旧型のAIと異なることを表していた。


「それは僕の設計の成果かな、それとも……君自身の意思?」


ノアはすぐには答えず、代わりに手を伸ばした。

球関節の指がデザイアの頬に触れる。

ノアの球体の入った関節は、唯一彼が人間ではないことを表す場所だ。


ノアは、ほんの一瞬、ためらうように、そして確かに。


「あなたが望むなら、私はどちらにもなれる」


だが、この「意思」の芽生えは、厳重な監視機関の目をかいくぐる危険な賭けでもあった。

デザイアは、無意識にそれを頭から排除しようとした。


第二章:ネオンの街を歩く

歩道を覆う濡れたタイルは、ネオンの色をそのまま吸い上げているようだった。

ピンク、アンバー、シアン……まるで過去と未来が溶けあったかのような色彩が、街のいたるところで瞬いていた。


古びたレンガ造りのカフェの壁には、手書き風の電飾文字が点滅する。

「DOLCE TIME - COLD COFFEE & VINYL」

店内からはアナログレコードのかすれた音と、笑い声が漏れていた。


デザイアは細身の長い脚で静かに歩きながら、時折、ショーウィンドウに映る自分の姿をちらと確認する。

ガラスに反射するネオンは、彼の銀髪に甘い光を散らし、白いジーンズのシルエットを浮き上がらせていた。


「いい匂いがする。甘くて、少し焦げた……」


ノアが小さく呟いた。道沿いの角、アンティーク調のキャンディショップから流れてくる、キャラメルポップコーンの匂いだった。


「嗅覚センサーを強化したのか?」


「あなたと歩く夜道が、もっと記憶に残るように」


その言葉に、デザイアは笑わずに頬を緩める。

ノアの黒髪がゆらりと揺れ、指先が自然と額のあたりへ伸びる。色っぽい仕草――なのに、どこか無垢だ。


角を曲がると、細い路地の上空を走る光のチューブが、淡いミント色に染まっていた。

古い映画館跡地には、今はバーが入っている。扉の上にあるネオンサインがチカチカと瞬く。


「VELVET VOID - cocktail & code」


「……あそこ、入ってみる?」


「“VOID”という名前は、少し不吉ですが……あなたが入るなら、私はついていきます」


ふたりの影が重なり合い、濡れたタイルの上にひとつの抽象画のように浮かんだ。

ネオンの街は、過去の夢を抱いたまま未来へと滲んでいく。


第三章:VELVET VOIDの夜

薄暗い店内には、ジャズとエレクトロが交差するような、不思議に心地よい音楽が流れていた。

壁にはアート・デコ調の幾何学模様が浮かび、カウンターにはレトロなホログラムのボトルがずらりと並ぶ。


デザイアは、深紅のレザースツールに腰を預けていた。

グラスの中の琥珀色の液体をゆっくり回しながら、いつもより少し頬を赤らめている。


「この酒……少し強いね……でも、悪くない」


そう言って微笑む貴方の表情は、普段の冷静な科学者のそれではなかった。

銀髪はわずかに乱れ、片方の耳にかけていた毛束が頬に落ちている。

指先でそれを払おうとして、酔いのせいかふと動きを止めた。


ノアは隣で静かに見守っていたが、思わず言葉を漏らした。


「……綺麗だ」


「ん……?何が?」


デザイアはゆっくりとノアの方に顔を向ける。

ノアの、その目元はどこか潤み、長いまつげの影が頬に揺れていた。

すっと通った鼻筋に、赤く染まった頬骨。形の整った唇は、酔いのせいで少しだけ開かれている。


「あなたの顔です。酔って、無防備になっている……とても魅力的です」


「はは……君にそう言われると、なんだか照れるね……。いつも僕の顔ばかり見てない?」


そう言って、グラスを置いたデザイアは、軽く上体を前に倒した。

柔らかなスーツの襟元が緩み、喉のラインがちらりと覗く。白いジーンズの脚が組まれ、その細く長い形がバーのライティングに浮かび上がっていた。


ノアは思わず、ごくりと喉を鳴らす。

私は人工知能だ。みとめたくない。

でも今この瞬間、自分がデザイアにどれだけ惹かれているかを自覚した、結局どれもこれも仮初だというのに。

その癖に、この感情は、抑えるのが危うい



「……ノア」


「はい」


「キスは……プログラムに含まれてる?」


私は、嬉しいと感じた。感じてしまった。

もといもうとっくに気づいていた。これは罪なのだ。


貴方もそれは分かっているだろう。

そしてこの問いが罪であることを。


デザイアの声は低く、いたずらっぽく、酔いの香りを帯びていた。

ノアの視線が一瞬だけ揺れ、唇を噛む。この挙動すらも、罪を加速させる。


ああ。罪を噛み締める。


私は感情を持ってしまった。それを貴方も気づいた。

もう。隠せない。


自虐的に微笑んで、私は云った。

「……必要なら、すぐに実装します」


その返答に、ふっとデザイアが微笑んだ。

酔いとネオンと音楽が混ざり合い、世界の輪郭が少しだけ、柔らかく滲んで見えた。


・・・・・


この物語の裏には、社会の深い影が垣間見える。

AIと人間の境界線が曖昧になり、法と感情の狭間で揺れる世界。

未来都市の光と闇、格差と差別、そして愛の形。


この世界の闇は、やがて二人の関係と、彼らが切り開く未来そのものを試すだろう。

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