1ー1 初恋の男の子
授業中、先生が黒板に書く音が静かに響く中、私ー高橋澪は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
今日は雲1つない青空で、木が風に吹かれて揺れている。
お散歩日和だなぁ…なんて思っていると、先生の「で、あるからしてー」という大きな声に驚いて、前を見る。
その時視界に、ななめ前に座る男の子が入ってくる。
いかにも賢そうなさわやかな顔立ちをしているのは、桐ヶ谷悠真くん。
学年で1番なんじゃないかって思うくらいにかっこいい男の子で…私の初恋の人。
小学校4年生の時から、今までの4年間、片想いをしている。
でも、全っ然脈はなくて、それに桐ヶ谷くんは、地味な私じゃ手も届かないあこがれの存在だから、進展はゼロ。
ため息をつきながら、桐ヶ谷くんを見る。こうやって目で追うのはもう、癖みたいになってるんだ。
授業も聞かずに見つめていたら、振り返った桐ヶ谷くんと目が合いそうになる。
うわぁ…振り向き方もかっこいい…じゃなくて!見てたのバレちゃうよっ!
私は慌てて顔をうつむける。
チラッと桐ヶ谷くんをもう一度見ると、不思議そうに首を傾げて、顔を前に戻したところだった。
ほっと息をついて、私も前を向く。
そろそろ真面目に受けようと思った途端に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、下校時間になる。
ノートを片付けながら、桐ヶ谷くんを見ると、眠たそうにあくびをしてるし、最近寝不足なのかな...
でも、授業では絶対寝ないよね、桐ヶ谷くんって。そういうところも、好きだなぁ...
そんなことを考えていたら、気付けば教室に誰もいなくなっていた。
やばっ...!と思い、急いで帰り支度をして教室を出る。
急いで帰らなくちゃ、暗くなってきちゃう!2段飛ばしで階段を駆け降りていたら、カバンに付けた丸いキーホルダーが、スルッと外れて、転がり落ちていく。
「あっ…何で今取れるの!?」
慌ててキーホルダーを追いかけると、その先に、誰かの彼ろ姿が見える。
一瞬誰かと思ったけど、あのキレイな深緑の髪…間違いない、桐ヶ谷くんだ!
嬉しい…けど、キーホルダー、桐谷くんの方に向かっていってない!?
流石私のキーホルダー、持ち主に似て桐ヶ谷くんに引き寄せられて…ってそんなこと言ってる場合じゃない!
このままじゃ、私が追いつく前に桐ヶ谷くんが拾っちゃう。
それはなんか気まずい!止まれ、私のキーホルダー!
そんな必死の願いも虚しく、桐ヶ谷くんは転がってきたキーホルダーを拾ってしまう。桐ヶ谷くんが振り返って、こっちを見る。
「これ、高橋さんの?」
「う、うん!そう!ごめんね、ありが…」
差し出されたキーホルダーを受け取ろうとすると、
『ー返して!!』
そんな大声が脳内で書いた。
私は、パッと耳を手で押さえる。今の…何?幻聴…かな?
「高橋さん、今何か言った?」
桐ヶ谷くんがこっちを見て怪訝そうな顔をする。
「えっ、何も言ってないよ?」
首を振って否定すると、桐ヶ谷くんは考え込むように手を口元に当てる。
その動作もなんだかかっこよく見えてしまって、心臓が跳ねる。
「そっか。ごめん、変なこと聞いて。それじゃ、また明日」
桐ヶ谷くんはそう言うと、立ち上がって帰ってしまう。
「う、うん!また明日…」
私はぎこちなく手を振ることしかできなかった。
その夜寝る前に、拾ってもらった丸いキーホルダーに目を落として
「…家宝にしよう」
と呟くと、また脳内で
『一返して!!』
という大声が響いて、目の前が真っ暗になった。