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響かない教室のハーモニー

佐倉美月は教室の後ろの席で、窓の外の秋の紅葉をぼんやり眺めていた。清峰高校の校庭は、10月の陽光に照らされ、赤と橙が揺れる。遠くで学園祭の準備をする生徒たちの笑い声が響く。美月の指は、机の端の落書きをなぞりながら、スマホの通知を思い出す。1年前、SNSで届いた匿名の中傷。「目障り」「消えろ」。あの言葉は今も頭にこびりつき、夜中に目を覚ますたび胸を締め付ける。彼女は「いい子」を演じてきた。笑顔で、穏やかに、誰にも迷惑をかけないように。でも、心の奥で叫びたい本音がうずく。誰かに見てほしい。ありのままの自分を。

「美月、準備手伝わない?」高橋葵の声が教室を切り裂く。葵はクラスのムードメーカー、金髪に近い髪をポニーテールに揺らし、いつも笑顔だ。でも、美月は知っている。葵が放課後に音楽室でギターを弾くとき、切ない目をすることを。葵の親は医者で、「医者になれ」と繰り返 _

「佐倉、ぼーっとしてんなよ。学園祭の看板、倒れるぞ」突然の声に美月が振り返ると、麻生翔太が教室の入り口に立っていた。高2、17歳。少し乱れた黒髪に、鋭いけどどこか柔らかい目。翔太は口が悪いが、妙に人の心を見抜く。まるで、あずさがわさくたのようだ。クラスでは目立たないが、困ってる奴を見ると放っておけない性分。美月は彼の皮肉っぽい笑みに、なぜかほっとする。「…うるさいよ、麻生」と返すが、声が少し震える。自分の声が、最近妙に遠く聞こえる気がするのだ。

学園祭1週間前、翔太が旧校舎の音楽室で埃をかぶった楽譜とカセットテープを見つけた。古いピアノの脇、錆びたロッカーの奥に隠されていた。「佐倉、これ見てみろよ。なんかヤバそうじゃん」と、翔太が美月にテープを渡す。再生すると、10年前の先輩たちのハーモニーが流れ、途中で途切れる。「本音を響かせて…」と誰かの声が囁く。美月はぞくりと背筋が冷える。翌朝、葵が教室で話しかけてくるが、声が聞こえない。唇は動くのに、音が消えている。「葵、どうした?」美月が言うと、葵の目が涙で揺れる。翔太が眉を上げる。「おい、葵、声出てねえぞ。なんだこれ?」

翔太は放送部の藤井凛を呼び出す。凛はクールで、黒髪をきっちり結い、いつも冷静だ。でも、去年の学園祭で放送ミスをやらかし、クラスを笑いものにした過去がある。それ以来、完璧を演じる。「麻生、佐倉、くだらない話なら帰る」と凛は言うが、声が妙に響く。まるで、過去の自分にこだまするように。「凛、声が…変だよ」と美月が言うと、翔太がニヤリと笑う。「お前もか。なんか面白いことになってきたな」

放課後、音楽室に集まったのは10人の女子と翔太。葵、凛、三浦彩花、中村結衣、小林遥、佐藤玲奈、松本真央、岡崎奈々、石川楓。それぞれが影を抱えている。高1の彩花は元気な後輩だが、グループのLINEで「いらない」と言われ、裏垢が暴露されて孤立。彼女は笑顔で誤魔化すが、特定の人が「見えなくなる」と言う。文芸部の結衣は受験勉強に追われ、親の「努力が足りない」に遊びたい本音を押し潰す。彼女の書く文字は消える。音楽部の遥は親の離婚で笑顔を装うが、歌うと音が歪む。美術部の玲奈はネットで絵を批判され、キャンバスが白紙に。帰宅部の真央は親友の裏切りで影が消える。演劇部の奈々は過労の過去を隠し、姿が透明に。生徒会の楓は完璧な仮面で言葉が逆になる。美月の声はエコーのように遠ざかる。

「これ、全部…本音を隠してるからだろ?」翔太が楽譜を手に呟く。楽譜の裏に、先輩のメモ。「本音を響かせ、仲間を救え」。10年前、先輩たちは互いに合わせすぎ、本音を言えず、バンドが解散。1人が学校を去った。「なんか、俺たちも同じじゃね?」翔太の言葉に、10人が顔を見合わせる。美月は思う。自分も、みんなも、後悔を繰り返してる。

現象が悪化する。葵の声は完全に消え、彩花は翔太を「見えない」と怯える。結衣のノートは真っ白、遥の歌は不協和音、玲奈の絵は消え、真央の影はなく、奈々は半透明、楓の言葉は逆さま。凛の声は過去のミスを繰り返し、美月の声は届かない。音楽室で、翔太が言う。「お前ら、隠してんのがバレバレだ。本音、吐けよ。誰も見てねえと思うな。俺が見てる」彼の目は真剣で、美月の胸が熱くなる。

美月が震える声で言う。「私…SNSでボロクソに言われて、偽ってた。自分が嫌いだった。でも、誰かに見ててほしい…」涙が頬を滑る。翔太が肩を叩く。「佐倉、俺、ちゃんと見てたぞ」葵が叫ぶ。「親の夢じゃない!私の歌を歌いたい!」ギターを手に弦が震える。凛は「失敗した自分を隠したかった!もう完璧じゃなくていい!」と放送マイクを握る。彩花は「仲間が欲しい!私を見て!」と泣き、結衣は「遊びたい、笑いたい!」とノートを破る。遥は「泣きたい、弱い自分を見せたい!」とピアノにすがる。玲奈は「絵を描きたいんだ!」と筆を叩きつける。真央は「本音を言いたい!」と影を見つめる。奈々は「助けてほしい!」と膝をつき、楓は「弱い私を見て!」と議事録を破る。

10人の叫びが響く。翔太が笑う。「お前ら、いい顔してんな。ちゃんと見てるぞ」互いの本音を「見る」ことで、現象が弱まる。葵の声が戻り、彩花は仲間を見る。結衣の文字が現れ、遥の歌が澄む。玲奈の絵が完成、真央の影が戻る。奈々の姿が現れ、楓の言葉が正しい。美月の声は届く。「誰かが…見ててくれる。」

学園祭当日、10人は「本音のハーモニー」を完成。歌詞は葛藤と希望を刻む。「偽った心も、誰かが見てくれるから響き合う。」ステージで、葵の声が響き、彩花は仲間を笑顔で見つめる。結衣の詩が映り、遥の歌が澄む。玲奈の絵が飾られ、真央の影が重なる。奈々の姿が輝き、楓の言葉が力強い。凛が放送で叫ぶ。「お前らの本音、誰かが必ず見てる!」10人の声が重なり、観客は涙で拍手。翔太が美月に囁く。「佐倉、いい歌だな。偽らなくていいぞ」美月は笑う。「うるさいよ、麻生。でも…ありがとう」

夕陽の校庭、10人と翔太は笑い合う。「次はどんな本音を歌おう?」紅葉が舞い、美月は空を見上げる。「ありがとう、誰かが見ててくれた。」

END

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