5.とりあえず能力を発動させ
竹取物語の石作皇子は、かぐや姫に鉢が光のない偽物だと見抜かれ、求婚が失敗に終わる。石作皇子はその鉢を捨て、それでも厚かましい態度をとり続けた。このことが元となって、厚かましい態度のことを「恥(鉢)を捨てる」と言うようになったのである。
竹取物語の中でおいて最大のイベントといっても過言ではない、五人の貴公子からの求婚。それぞれ無理難題な要求をかぐや姫からされている。結局は全員達成することができず、求婚は失敗に終わる......これが竹取物語の求婚の結末だ。そんな負けイベントな求婚を......全員分成功させたらどうなるのだろうか。めっちゃ気になるくない?
「俺は全員分の求婚を成功させる。そうすれば、竹取物語全体の結末も変わるだろう」
「ちょっと!五人の貴公子にかぐや姫が求めているものを知ったうえで言っているの?仏の御石の鉢や蓬莱の玉の枝、龍の頸の玉とか伝説級のものばかりなのよ!そもそも、この世に存在しているかも怪しい......そんなものを見つけ出す必要があるって分かってる?」
「ああ、もちろん承知の上だ。確かに、そんな代物を見つけ出すなんて無謀な挑戦だよな。でも、そんなことを言っている暇はないんだ。俺はおとぎ話の結末を変えるためにこの世界へ転移された。その夢をかなえるためなら、どんな無謀な挑戦でもやってのけるさ」
「あんた本当に頭イカれてんのね......」
「誉め言葉か?」
自分でも分かってる、俺は頭がイカれてる。おとぎ話の話題になると熱く語ってしまうところがある。そんなおとぎ話オタクである俺が、改変などの干渉が可能となったら黙ってはいられないだろう。この数日間のチャンスを逃すわけにはいかない。
「ま、私も協力すると言ったし、あんたの好きなようにすればいいわ」
「武士に二言はないってことか」
「武士じゃないわよ!私はひ弱でかわいらしいレディーなのよ!武士とは全く逆の存在に位置するの!」
武士もかっこいいと思うけどね。まあいいや、とりあえず五人の貴公子に会うところから始めなければ。ただ、あの五人も貴公子というだけ位が高い。街を出歩いていても中々会うことはできないだろう。そんなご都合展開が起こるわけ......
「そこの少年少女、かぐや姫の家のところの人ですよね」
なんだこの白馬の王子様的なイケボは!それに全米が惚れそうな整ったお顔……しかも五人いるぞ。まさか、この人たちは——
「おっとすまない。自己紹介もせずにいきなり失礼だったね。私たちはかぐや姫への求婚者だ。名はイシヅクリノミコだ」
なんだこのご都合展開!まるで作り話のような......って竹取物語は作り話だ。だからこんなに都合よく進んでいくのか。それにしても、ここで五人の貴公子に会えたのは超絶ラッキーじゃないか?
「ああ、貴方たちが五人の貴公子なのですね!それで、皆様揃ってどうされたんですか?」
「あー……それなんだがな。先ほどかぐや姫に求婚してきたんだが、無理難題な要求をされたんだ。私の場合は”仏の御石の鉢”。お釈迦さまが使っていたとされる神々しい鉢らしい。でもどこにあるのか一切見当もつかなくてだな……これは諦めろってことなのだろうか」
「如月、まさか…….」
「そのまさかだ。イシヅクリノミコさん、いや求婚者の皆さま。俺がその無理難題な要求を手伝いましょう。俺が貴方たちの求婚を成功させます」
俺は必ず彼たちの求婚を成功させる。そうすることによって、かぐや姫が月に帰るだけのつまらないエンドを阻止することができるのではないだろうか。
「い、いやあ......流石に無理なのでは?だって君はまだ十代だろ?私たちのワガママに付き合う義理もないし、危険な目にあわすわけにもいかない。それに全員の求婚を成功させるなんてそれこそ無理だ。私たちは、あと数日のうちに持って来いと言われている」
「ご心配なく。一度決めたことはやり通す性格なので、止めても無駄です。まずはイシヅクリノミコさん......いや長くてめんどくさくなってきたから”イッシー”。イッシーがかぐや姫から求められている”仏の御石の鉢”を見つけてみせましょう。今日の夜、北の竹林に来てください」
「話を勝手に進め——」
「まあまあイッシーさんいいじゃないですか。彼はそういう時期なんです。察してやってくださいよー。まあ、子どもと遊ぶ感覚で今日の夜は竹林に来てみてください。私からもお願いします!あと、他の貴公子の皆様もイッシーの件が終わったら手伝いに行きますので!」
俺と柊はそう言い残し、その場を後にした。五人の貴公子たちが口をポカンと開け、数分間立ち尽くしているのが見えた。それはそうだろうな。だって通りすがりのガキンチョたちが、伝説級の品物を見つけ出すなんて大口を叩いていったんだから。
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「で、あんな大口を叩いた訳だけど、なんか作戦でもあるの?」
「ないよ!めちゃくちゃまずい状況!」
「は?」
実はそうなのである。「俺が貴方たちの求婚を成功させます」なんて大口を叩いたが、全く作戦など立っていない。あの時はおとぎ話について語るときのオタクモードに入っていてしまって、ついつい無茶を言い過ぎた。後になってから後悔しまくっている。今もどうしようかと冷や汗が止まらない。
「ちょっと、どうするのよ!あんたが何かの作戦を考えていると思ったから、夜に竹林に集合する約束までしちゃったじゃないの。イッシーが今日来ちゃうわよ!」
「どうしようねー......あとイシヅクリノミコさんに、初対面で”イッシー”ってニックネームつけてる時点で結構やばいね。あー、本当にどうしよう」
本当にどうしよう。わざわざ来てもらったのにもかかわらず「実は何にもありませーん!僕の単なる戯言でした!」だなんてことを言ったら、斬首の刑になるのではないだろうか。やばいよ......物語の改変とかクソみたいなこと目指さなければよかった。
「というか、もう月が出てきてるんだけど!この世界の時間の進み方はどうなってるのよぉ!約束の夜が近づいてきてるわよ!私たちどうすればいいのよ!」
「は、はははは。俺たちはもう終わりだ。とりあえず竹林に向かおう。土下座して靴でもなめれば何とか許してもらえるかもしれないー......それにしても満月が綺麗だな」
それにしても月はいつだって綺麗だ。この竹取物語の世界では、太陽が出ている時間が数時間だけのようで、他は全部月の時間。俺たちがどんなピンチに陥っていたとしても、月は変わらず俺たちの味方でいてくれるみたい。そんなことを考えながら俺はゆっくりと竹林に向かった。
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「おお、お二人とも来てくれたのだな。さて、仏の御石の鉢とはいったいどこにあるんだ?」
イッシーは多くの護衛を連れて竹林に立っていた。護衛たちは腰に刃物のようなものを据えていて、いつでも敵を斬れるように身構えていた。ああ、ここで「今日の朝言ったことは嘘だ」とか言ったら、あの刃物で俺たちの首が飛んでいくんだろうな。
「あ、ああ......ごめんなさい......ごめんなさいぃ!」
隣で柊が怯えている。体を震わせてその場にうずくまってしまった。全部俺のせいなのに、柊まで巻き込んでしまった。俺が物語の改変のために大口を叩かなければ、柊はこんな目に合わずに済んだ。それに、元はといえばこの世界に転移されたのは俺のせいなんじゃないか。俺がおとぎ話の結末をリライトしたいだなんて願望を抱いていたから......神様はそれを叶えてしまった。チャンスを俺に与えてしまった。柊はそれに巻き込まれただけなんだ。
——そう、全部俺の責任であって、俺が悪いんだ。
「ようイッシー、悪いねこんな夜遅くに。仏の御石の鉢とやらを探しに来たんだっけか?そんなのどこにも存在しないけどな!」
——あくまで、悪いのは”俺だけ”。事実をゆっくりと伝えるだけ。
「なんだと!じゃあ昼間のはただの子供の戯言だというのか!」
「そうだよイッシー、ぜーんぶ俺の戯言さ。それにまんまと騙されちまうなんて......イッシー、お前はなんてバカなんだー!本当に面白すぎるよ」
「き、さらぎ?」
——被害は”俺だけ”で済ませろ。柊を絶対元の世界に帰してやる、それが唯一の償い。
「き、貴様!我が主であるイシヅクリノミコ様になんと無礼な......恥を知れ!このまま続けるなら、斬首の刑だ!」
「あー、恥なんてもんはもう捨ててるんだ。それに斬首の刑なんて最高じゃないか!お前にそんな度胸があるんだったら、早く俺の首を斬ってくれよ!ただ、その代わりそこのお嬢さんは逃がしてやってくれよー?」
「もちろんそのつもりだ。こんなクソ男に付き合わされて、このお嬢ちゃんも大変だっただろうしな。我が主と私を侮辱した罪で、お前を斬首の刑に処す!」
——うまくいった。柊をこの罪と罰の対象から外すことができた。あとは俺が死ぬだけだ。
「ま、待て!私はそんなに怒ってはいない。それに相手は子供だぞ。子供の戯言は笑って見過ごすのが大人の対応といったものだろう。斬首の刑は今すぐにやめるんだ!」
「我が主イシヅクリノミコよ。しかし、私は彼のことを見過ごすことなど到底できません。なぜなら、彼はあなたのことを侮辱されました。それに”イッシー”など、愛称までつけるなんて......私の勝手な判断をお許しください」
——こちらにゆっくりと刃物が近づいてくる。柊に殴られた時のように、死に際のときはスローになるようだ。ネットの情報も意外と信じてみるものなんだな。
「待って!きさらぎぃっ!」
柊の泣き顔がここからでも一応見える。そんな顔を俺に見せないでくれ。だって、俺はこんな大事にお前を巻き込んだ悪者だ。そんな悪者が罰を受けるんだから、お前にとっては本望だろ?というか、俺は元の世界に戻ったとしても、嬉しがる人は一人もいない。だから、それ以上涙を流すな。俺を後悔させないでくれ。
そういえば、柊への謝罪なんて絶対にしないとか言ったけ。じゃあ、口に出すのはやめておこう。一応、口には出さずに。心の中で唱えよう。謝罪と感謝の言葉を。
——近づいてくる刃物が月光を反射し、俺の目に入り込んでくる。やはり、月というものは綺麗だ。どこか切なく、慈悲深い感じがする。俺はそんなに頭がよくないので、深い感想は出ないが......とりあえず好きなんだ。いつでも味方でいてくれる月が。俺を照らしてくれる月が。月光が。
「月光」
俺がそう口にした瞬間、辺りが眩い光に包まれた。それとともに、目の前から物凄い熱気を感じる。一応首元に手を当ててみると、確かに自分の頭と体は繋がっていた。なんなら、血の一つも出ていなかった。数秒経つと、眩い光も弱まり、視界がはっきりとしてきた。どうしてだ?俺はあの男に首を斬られ——
「しょ、うや?しょうやぁ......しょうやぁっ!生きててよかった......生きててよかっだよお!」
「お、おう......心配かけたようで悪かった」
なんで俺は生きているんだ?これも物語強制力なのか......いや、それは違う。物語の強制力は本来の竹取物語に則って働くと考えられる。俺が死んだって物語の進行になんの影響もない。じゃあ、俺が生きているのは単なる奇跡なのか?いったい何が起きて——
「あ、あんた!いったい何者なんだ!あの隊長が......隊長が小僧の手から出た光で焦がされちまったぞ!」
視界を下にやると、丸焦げになっている男らしきものが見えた。もしかして、俺がやったのか?息は確認できたから、死んではいないようだが......本当に俺がやった?だとしたら何がトリガーになっている?
「おーい、柊さん。そろそろ泣き止んでもらっていいですかね」
「べ、別に泣いてないわよ!あんたのことなんて一ミリも心配してないんだから!」
そこまで言わなくていいじゃん。結構俺悲しいんだけど......俺が手から光を出して、この男を焦がしたのは本当みたいだな。それの発生条件として考えられるのは、あれしかないか。
「月光」
「う、うわああああああああああ!」
俺がそう口にした瞬間、また辺りが眩い光に包まれた。やっぱりそうだ。俺が「月光」と唱えるたびに俺の手のひらから異常な熱を伴った光が放出される。竹取物語内での俺の固有スキルといったところだろう。やはり、綺麗な月はいつまでも俺の味方でいてくれるようだ。光が弱まると、護衛たちは逃げ出してしまった。イッシーは竹林の中で立ち尽くしている。
「ちょっと、如月。こっち向いてよ」
「ん?どうしたんだ柊。というか今の見たか?俺固有スキルを持って——」
そう言いかけている途中、俺は柊に思いっきりビンタされた。柊はまだ泣き止んでいないようだった。え、俺なんか怒らせるようなことしたっけか。
「え、なんで——」
「何でってのはこっちのセリフよ!バカ!なんで私を庇ったの?私のために死のうとするなんて、なんでそういうことをするのよ!私、本当に......」
「ご、ごめん。でも、全部俺の責任だったし、お前のためにやったんだ」
「そういうの求めてないから!これから絶対に私を命がけで庇うだなんてことをしないで!本当に、本当に心配したんだから......私、わたしぃ......!」
柊はそう言うとまた泣き出してしまった。俺に両手を広げて抱き着いてくる。そうか、柊には悪いことをしてしまったな。恥を捨てたつもりで、あんな行動に出たんだが......逆効果だったみたいだ。俺は、柊を胸の中で休ませてやった。数分も泣き続けると疲れたのか、眠りについてしまった。寝顔は意外とかわいいんだな、こいつ。ほんとに、性格が合わないだけで、それ以外は俺の理想といっても過言ではない。
「如月君といったかな。少し、お話をしてよろしいだろうか」
「イシヅクリノミコさん、先ほどの無礼申し訳ございません。決して許されるものではないと——」
「イッシーでいいよ。呼ばれていくうちに結構気に入ってきたんだ、その呼び方。それに、謝りたいのはこちらの方だ。私の部下があなたの命を奪おうとした。これは紛れもない事実であり、許されない愚行だ」
イッシーは本当に礼儀正しい人だった。俺がさっきとてつもない無礼を繰り返したというのに、紳士的な対応で接してくれる。俺はこんな聖人に”仏の御石の鉢”を見つけ出すなんて嘘を吐いたのか。良心が痛んでたまらない......
「そして、私は君の行動をとても尊敬しているよ。そこのお嬢さんを守るために自分の命を懸けるだなんて。私には到底できない英雄の選択だ。それに、君は彼女の前ではどうってことのないように振舞っていたが、恐怖でいっぱいだったんだろ?」
「......」
勘の鋭い人だな。俺の心情がすべて読まれているようだ。実を言うと、あの男を”月光”で倒した後も恐怖と困惑で押しつぶされそうになっていた。今すぐにでも泣き叫びたい気分だった。でも、俺の生きている姿を見て安心し、泣いている柊を目の前にして、自分の弱いところを見せるわけにはいかなかった。柊にこれ以上心配をかけたくなかった。だから、なんとも思っていないように振舞った。なんなら、自分までも騙した。俺は強いって。柊を慰めなければいけないって。
「彼女が寝るまで、君は強い男を演じ続けた......いや、演じるなんてことはしていない。君は強い男だ。僕なんかより何倍も、君を殺そうとしていた彼を止めることができなかった僕よりも」
「いえ、イッシーは何にも悪くありません。元はといえば、”仏の御石の鉢”を見つけ出すなんて大口を叩いた僕が、全ての元凶なんです。実際、”仏の御石の鉢”が存在しないってのは本当なんです」
「そうか......いや、実はそうだろうとは思っていたんだ。私は子供、君たちと遊ぶつもりで来たのでね。君たちの笑顔を見るために私はこの竹林にやってきたんだよ」
この人は本当に聖人だ。非の打ち所がない真っ白で綺麗な心の持ち主。そんな彼に俺は認められたんだから、少しは自信をもって生きていいのかな......と少しだけ調子に乗ってみる。それにしても、”月光”の使い過ぎで体力も残っていない。さすがに慣れていないのに、連続打ちはキツかった。とりあえず、その場に座り込もう......
視界を低くすると、俺が焦がした男のポケットから何かはみ出ているのが見えた。彼の物品はすべて黒く丸焦げになっているのに、それだけは神々しく光り輝いている。俺は手に取ってそれをじっくりと見つめた。じっくりと見つめる前に、それが何かは分かったが信じられなかった。ただ、間近でみればもうそれ以外に考えられるものはなかった。
「”仏の御石の鉢”です。彼が隠し持っていました」
”仏の御石の鉢”、それはお釈迦様が使っていたとされる神々しい鉢。献上すればかぐや姫との婚約が許される。そんな代物を護衛の一人、隊長が隠し持っていた。