3.二人は竹の中で暮らしていて
おいおい、目の前にはTHE昔話に出てくるお爺ちゃんがいて、さらに光る竹があるとか……"竹取物語"以外に考えられる世界線がないぞ?
「な、なんと!こんな光り輝く竹は見たことがない。少し怪しいが切ってみようか」
「柊、あの竹から女の子が出てくるなんてことはないよな」
「流石にそんなことはないでしょうね。ここは現実世界よ?そんな竹取物語みたいなことが起こるなんて……夢みがちなのもいいけど、そろそろ大人になった方がいいと思うわ。精神年齢幼稚園生の如月くん」
そうだ、そうさ!ただ月光をいい感じに反射して竹が光り輝いているように見えるだけなんだ。それだけで竹取物語の世界だなんて決めるのはどうかしてた。切ったって普通の竹と同じに決まって――
「女の子だ!小さな女の子が竹の中に入っているぞ!」
「あー、俺たち夢でも見てるのかな。でも夢にしては柊に殴られた時にとてつもない痛みを感じたから……夢ではないんだろうなー」
「確かに、夢だったら目の前の如月にこんな憎悪の感情を抱くことなんてないものね。ということは、私たちは学校から、竹取物語の世界までワープしたってことね」
ああ、そうかそうか。俺たちは学校で気を失って竹取物語の世界に転移したのか。なんだ、簡単なことじゃないか――
ってそうはいくかい!意味不明なんだが!?
「ちょっと、私たちはどうなってるのよ!まさか、黒幕は如月なの?竹取物語の世界に私を連れてきてどうしたいわけ!私を酷い目に合わせてまで、おとぎ話の結末を変えたかったんだ!とんだ自己中野郎ね!」
「こっちのセリフだこの狂犬!そもそも、この世界に俺たちが転移させられたのは、お前の発言がきっかけだろう!?『私の願いはね、如月と一緒に納得のいくおとぎ話を創り上げることだよ!」なんて冗談を神様が信じまったんだよ!つまり、悪いのはお前だけだ狂犬女」
「はー?言ってる意味が分かりませーん!なんで私だけが悪いってことになる訳?そもそも、私の発言がきっかけになったなんて証拠は一つもないじゃない。そして、その発言自体も元はといえば、あんたの授業中の奇声のせいでしょ?まあ、私は心が広いから9:1でアンタが悪いってことにしてあげるわ!」
そっから数分間俺たちは取っ組み合いの喧嘩を続けた。当然、俺の方が弱いのでボッコボッコにされた。納得いかないぜ……
それにしても、明らかにここは竹取物語の世界だ。竹が光り輝いていて、それを切ったら三寸ほどの女の子が入っているなんて物語以外に聞いたことがねえよ。ていうか、現実的にあり得ねえよ!
「あ、あのー……お取り込み中に申し訳ないのですが、お二人が口にしている”竹取物語”とはいったい――」
「あのな爺ちゃん、俺は今喧嘩をしているんだ。それも漢のプライドがかかった大切な勝負。それを話しかけて邪魔するなんて、いい度胸してるじゃねえか?」
「ひ、ひい!」
威勢だけは良いで有名な如月です。多分、殴り合ったらこのお爺ちゃんにも余裕で負けます。うん、余裕で。ていうか現在進行形で柊にボッコボッコに殴られてます。痛い……
「そういえばお二人とも、こんな時間に竹藪の中にいるなんて。家はないんですか?」
「柊さん一旦ストップしましょう。なにか私たちに有益なことが起きそうであります」
柊があげていた拳をゆっくりと下した。そして、お爺さんに少しずつ歩み寄っていく。まさか......あの手を使う気か!?
「お爺ちゃん……実はね、私たちは両親に捨てられて、二人でずっとこの竹藪に住んでいるの。でも、毎日辛くて……もし、普通の家庭に生まれることができたのなら、あったかいお布団の中で寝れたんだろうなぁ……そんなの夢のまた夢、なんだけどねぇ……」
よっ!お得意の芸が出ました腹黒狂犬、柊さん!"無駄に"トップクラスに良い顔と声を用いることによって、お情けをもらう作戦だ。ポイントとしては上目遣いをすること。これによって落とされた男は数知れず......まあ、コイツの内面を知ってるものには効かないのが弱点だ。たまに俺をパシるために使ってくるが、全く効かない。結局はぼっこぼこに殴られて買いに行くハメになるのだが。
「おお、お二人はそんな境遇だったのですね......なら、よろしければ私の家に来てください。少し狭いですが、今よりは良い生活環境であることを保証します」
「本当ですか!クソ雑魚如月くん、とりあえず住処を確保したぞ!」
「お前は心というものをドブに捨ててきたのか?俺は良心が痛んでたまらないのだが......そんなんだから、彼氏もゼロなんだ――」
「なんか言ったか?ゴミラギくーん?」
ついに如月からゴミラギへと進化しているんだが......まあこれ以上反発したら、俺の体がバラバラになりそうだしやめとこう。それは置いといて、安定した住居を手に入れることができたのは非常にありがたい。それにここが竹取物語の世界なのであれば――
「お爺さん、この小さな女の子はどうするんですか?竹の中にいる女の子なんて聞いたことがありませんが......」
「そうですね......見つけてしまった分、そのままというわけにはいかないでしょう。私が責任を取って育てることにしましょう」
やっぱりそうだ。お爺さんがこの女の子、かぐや姫を育てていくイベントがあってこその竹取物語といったところだろう。なんか俺らやばい状況に置かれてるけど、そんなことがどうでもよくなるほどワクワクしてきたぞお!柊は多分違うと思うけど。
それからお爺さんについていくと、竹藪の中に家らしきものが見えてきた。木造建築の古き良き家といったところだろうか。お爺さんは狭いと言っていたが、かなり広めに見えた。なんなら、俺の家より全然でかいぞ?ああ、それは俺んちが狭すぎるだけか!うん、悲しくなってきたからやめよ。
「ただいまー......今日はお客人が三人いるぞ。まあ、お客人といってもこれから一緒に住んでいくことになる子たちだ!」
「あらあら、おかえりなさい。それに初めましてお二人とも、どちらもかわいい子ねー。兄妹なのかしら?そういえば三人と言ったけどもう一人はいったいどこ......」
「おばあさん、ここです。僕の手のひらに乗っている子です」
「いや小っちゃくない!?」
この反応をするのもおかしくない。いや、今日から一緒に住んでいくことになる子たちだ!って言っている時点でこういう反応をしてもらいたかったんだけど。おばあさん、驚きすぎて心臓とまってないかな?
「いやはや、おばあさんも驚いてしまったか。そうなんだ、ワシが竹を切っていると光り輝く異質な竹が一本そびえたっておってな。それを切ると中にこの子が入っておったんじゃ」
「なんと作り話のような......」
「ちなみに、その竹を見つけたのは私です!私のおかげでお爺ちゃんはこの子を見つけることができました。なので、ご飯をください!お腹がすいてたまらないのです......」
「この傲慢狂犬が!失礼な態度をとってるんじゃねえよ!追い出されたらどうすんだよ!」
「あーうるさいゴミラギ。人間の三大欲求のうちの一つである食欲。抑えきれると思ってんの?頭の方もゴミと化してしまったのかしらー?」
本当にこの狂犬とは性格が合わない。こんな性格が合わないやつと同居するなんて最悪すぎるよ......竹取物語の世界に転移するなら一人がよかったな。もっとスムーズに物語改変が進められるような気がする。今も余計なことを言ったせいで、追い出される危機に面しているじゃないか!
「確かに、もうこんな時間ですしね。晩御飯の方はもうできているので、自己紹介もかねてお食事の時間にしましょうか。さあ、中にお入りください」
「ありがとうございます!ほーら、ゴミラギくん。上手くいったでしょーう?はい謝罪まで3!2!1!」
「さて、どんなご飯かなー」
横でぴーちくぱーちく言っている柊は置いといて......とりあえずご飯の時間だ。さっき柊に言ったくせに、実は俺もめちゃくちゃお腹が減っている。でも、ここは昔の日本だし、平民のごはんなんて質素だ。そんなに期待を膨らませたって裏切られるだけ。そう、友達のように!
「今日はハンバーグと、木の実のシチューを作りました!」
「いや、現代的すぎだろ!時代設定バグってるやんけ!ハンバーグ?シチュー?外来語を使うなー!」
「美味しそうなら何でもいいでしょう。そうやってすぐつまらない奇声をあげるから嫌われるのよ。いいから早く座りなさい、ゴミラギ」
美味しそうなら何でもいいって......人間じゃねえだろ!というか本当に意味が分からない。確かに、竹取物語では食べ物の記述についてほとんど明記されていなかったが、ここまでカオスなものが食べられていたなんて。着ぐるみの中に人がいると親に現実を突きつけられたときぐらいショックを受けている。
ちなみにご飯はとても美味しかったです。話の方は、柊の”無駄に”高すぎるコミュニケーション能力を使って乗り切りました。僕はコミュ障すぎて一言もしゃべれませんでした。なんなら、会話の内容を全く覚えておりません。
「いやー、ヒイラギさんはお話がとっても面白いですね。寝床の方は準備しているので、いつでも寝てください。私たちはもう寝ますね」
「はーい!おやすみなさいです!......さあ、陰キャゴミラギ君。お爺さんたちが寝たわよ!」
「いきなり陰キャ呼ばわりはないだろう!俺だって毎日懸命に生きてるんだぞ?」
いや、陰キャ呼ばわりで合っているような気がする。だって、今日の晩御飯中俺がしゃべった言葉のレパートリーは......
『たはは......』『そっすね......』『確かに......』だけだ!あー、コミュ障って本当につらい。
「確かに俺陰キャだわ。今日の晩御飯の時に喋った言葉のレパートリーは三種類だけ。会話は全部柊に任せっぱなし。本当に俺は生きている価値があるのだろうか。一週間に一回ほど来る鬱モードが今到来してきたような気がする。ああ、なんで俺は友達が一人もいないんだろうか。なんで、なんで......」
「ご、ごめんね。そんなに傷つくとは思ってなくて......それに、自分のことをコミュ障っていうけど私は話してて楽しいから如月と一緒にいるんだよ?ちょっと内気なだけだよ!それに、私が如月のともだ......とも......ち......だから......」
「なんだよ、共倒れって言おうとしてんのか?」
「はい黙れ鈍感ゴミラギくん!ということで、これからについて話し合っていこうと思います!」
この竹取物語の世界でどのように生活していくのか。俺たちは満月の下で作戦会議を行うことにした。