2.少年と少女がいました
隣から柊の声が聞こえる。めちゃくちゃ名前を呼ばれているけど……俺は今、学校で寝ているのか。そういえば休み時間に柊と話してて
「私の願いはね、如月と一緒に納得のいくおとぎ話を創り上げることだよ!」
なんて雑なイジりをされて……そこからの記憶はない。多分そこで俺の傷を深く抉られ、多大なショックによって気を失ってしまったのだろう。今日は柊と帰るのを本当にやめよう。なんなら一週間無視する。
「ねえ、如月!起きてよ、お願いだよ!如月!如月!」
あーもう、うっせえなぁ。柊の腹立つポイントその”一”!無駄に声が良い。というか狂犬な性格以外は俺の理想だ。でも、狂犬なのがもう無理。恋愛対象として見ることができない。
「如月……翔也ぁ……起きてよぉ!翔也、今までしてきたこと全部謝るから。だから、だから!」
おい、今聞き捨てならぬことが耳に入ってしまったなあ!”今までしてきたことを全部謝る”ってマジか?それに、”翔也”呼びって小学生以来じゃないか。なんか懐かしい感じがして良いなあ。
「翔也……起きてよ。諦めないでよ、私は諦められないよ……翔也のこと……」
え、待ってなんか泣いてない?俺なんか泣かせるようなことをしたっけな……あ、分かったわ。これ嘘泣きで起こさせる作戦だな!?まあ、ニヤケが止まらないので結局は起きるんですが。早速、今までのことを全部謝ってもらおうじゃないか!
俺はゆっくりと目を開けて、瞬きを数回繰り返した。徐々に視界が明るくなっていって……俺の顔を涙目で覗く柊がみえた。え、本当に泣いて——
「翔也?……翔也目覚めたの?」
「ああ、目覚めたけどぉ……何で泣いてるんだ?というか、聞き間違いでなければさ——」
その瞬間、柊が覆い被さるように抱きついてきた。涙で俺の制服が濡れる。気でも狂ったのかな、こいつ。だって俺のことが嫌いなはずじゃ……それに、今は授業中だしこんなことをしたら変な噂がたってしまうじゃないか。
「よかった……よかったよぉ!私、翔也が死んじゃったのかと思って……もう会えなくなっちゃうのかと思ってぇ!」
「おいおい、いきなりどうしたんだ?抱きつかれると恋愛経験ゼロの如月君の心臓が破裂しそうなんですが?」
「ごめんなさい……でも、もう少しだけこのままでいさせて。私、本当に心配してたんだからね!」
徐々に視界が広がっていって気づいたが、ここは教室じゃない。目の前に広がるのは綺麗な満月と、柊の髪の毛だけ。横を向くと竹藪が見えた。
ここはどこなの?授業は、学校のみんなはどこに行ってしまったんだ。柊と俺は、いったいどこで何をしているんだ。そんな疑問が頭の中でぐるぐる回る。
「おーい柊、そろそろ良いんじゃないか?俺、お前に聞きたいことがめちゃくちゃあるしさ」
「う、うん。もう落ち着いたから大丈夫。如月に抱きついたことを、死ぬほど後悔するほど落ち着いてきた」
「俺に抱きついたことを人生最大の汚点だと?お前からやってきたくせに生意気だな……それに如月呼びに戻ってるじゃねえか!」
そういった瞬間、柊が俺を突き飛ばすように離れ、顔を真っ赤にして俺に指差してきた。
「というか!何で如月が私に触れて良いと思っているわけ?それに、翔也呼びなんて如月を起こすために、私がプライドを捨てて、”しかたなーく”やってあげたのよ?感謝の一言ぐらいあって良いんじゃない!?」
「ごめんな柊。俺はお前に謝ること、感謝することは絶対にしないと心に誓っているんだ。それに、大体抱きついてのはお前の方からだろー?あんなに泣いちゃってさあ……お前、俺のこと好きなんだな!」
「ち、違うわよ!別に如月が心配で泣いてたわけじゃないわ!そう……あれよ。こんな可愛らしい乙女が竹藪の中で一人なんてそりゃ心配になるじゃない!囮役として如月を起こす必要があったの!むしろあんたのことなんか嫌いよ!」
「そこまで言わなくて良いじゃん……」
ああ、俺ってこんなに嫌われてたんだな。幼稚園の頃とか、小学校の頃は結婚の約束までしてたのに。涙で視界が霞む。
しかーし!そこで挫けないのが、友達が一人もいない如月君の凄いところ。鋼のメンタルの持ち主として十何年もやってきてるんだ!
「で、そんなことはどうでも良いのですが。ここは一体どこなんでしょうか柊さん」
「急に冷静にならないでよ……それに私にもわからないわ。如月をイジってやろうと”おとぎ話を創り上げる”だなんて冗談を言ってから気を失ったみたいで。目を覚ましたらもうここよ。如月が全然起きてこないし……」
「自分が心配で俺を泣きながら起こしたと。どんだけお前は自己中人間なんだ?」
さて、柊が使えないことはよく分かった。横から柊の怒った声と共にほっぺをつんつんされているが、気にせず今の状況を整理しようか。
まず、俺らは学校ではないどこかへ転移したみたいだ。そして、そのトリガーとなっていると考えられるものは、
「私の願いはね、如月と一緒に納得のいくおとぎ話を創り上げることだよ!」
という柊の発言だ。この言葉を柊が発した瞬間、俺たちは気を失って竹藪の中へとテレポートされた。意味の分からない、まるでおとぎ話のような展開だな。と、そろそろ集中できないので柊の声に耳を傾けるか。
「何で無視するのよ!私の渾身のツンツン攻撃を無視するなんて度胸あるじゃない……そろそろ返事しないと、こちょこちょ攻撃にフェーズが変わります」
「はいはい、やめてくださいね。というか、気を失っている時に微かに聞こえたんだが、お前今までにしたことを全部謝ってくれるらしいな!」
「な、意識があったのね!?なら何で起きなかったんだ、このクソ隠キャ如月!というか、なら私のその後の発言も……」
その後の発言って何だったけ。柊が顔を真っ赤にして怒ってるから相当聞かれたくないことか?ん〜……あ、思い出した。
「”私は諦められないよ、翔也のこと”ってやつ?」
え、何で聞かれたくないんだこのセリフ。囮役として使うのが諦められないってことだよな。自分の狂犬さが幼馴染にさらにバレるのが嫌だったとか?それなら安心しろ柊。お前の狂犬さはこれ以上なく俺が知ってるからな!
「やっぱり聞いてたのね……如月、私の気持ちがバレちゃったからもう言っちゃうね」
「ん?何だ?」
「私……如月。いや、翔也のことがずっと——」
「あ、そういえば!お前からの謝罪聞いてないぞ?柊のその言葉はどうでも良いから早く謝罪をしてくれ。あーやまれ!あーやまれ!」
そうだよ、こいつ謝罪をあやふやにしようとしているな?諦められないのはこっちだっつうの。早く謝罪をしてくれ!
あれ、柊の周りからとてつもなく禍々しいオーラを感じる。まさか謝罪がそんなにプライドを傷つける行為なのか!?やばい、このままだと殺され——
「私の勇気を返せ!この鈍感クソ隠キャがー!」
俺は柊に思いっきり殴られた。ああ、全てがスローモーションに見える。人間、死ぬ瞬間は全てがゆっくりに見えるって本当だったんだなー。今までありがとう、母ちゃん。父ちゃん。あと、一応柊も。
「ちょ、大丈夫ですか?そこのお兄さん!」
次から次へと何なんだ?このまま天に召されようと思っていたのに、お爺ちゃんに声をかけられてしまったぞ。というか、このお爺ちゃんの格好古いな。まるで、竹取物語の翁のようで……
「あ、大丈夫です。こいつは私のペットなんで心配ご無用。それにこんなんで死ぬやつじゃないんで」
「俺のことを化け物かなんかだと思ってるのか?強さでいうなら、化け物役はお前の方だ。心配かけてすみません」
「ま、まあ無事なようで何よりです。それでは私は竹取の仕事に戻りますね」
本当に竹取物語の翁みたいな人だな。竹細工とかを作ることを仕事にしてるみたいだし。そういえば、この場所についてお爺ちゃんに聞けばわかるんじゃないか?見知らぬ土地において最優先でするべきこと、それは聞き込みだ!
「そういえば……ここってどこですか——」
「あ!如月とお爺ちゃんあそこ見てよ!なんか光ってる竹があるんだけど……」
「お前は何寝ぼけたことを言っているんだ。そんなおとぎ話のようなことがある訳……」
確かにそれは間違いなかった。そこには光り輝く竹が一本そびえ立っている。お爺ちゃんも俺も驚きで口をぽかんと開けている。まさか……この世界って。
「竹取物語の世界か?」