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10.前を向き続けるその姿は

「ふ、ふざけるのも大概にしろよ!」


 モッチンのお父さんが声を荒げる。俺も驚きのあまり声を失ってしまった。るり太郎が”蓬莱の玉の枝”の遠征についてくるなんて話は、聞かされていなかった。俺と柊、モッチンの三人だけで取りに行くものだと思っていた。というか、”蓬莱の玉の枝”に関して、るり太郎には全く関係がないしメリットもない。それなのに......命を懸けてまで遠征についてくると、るり太郎は言ったのか?


「いいえ、私は全くふざけていません。今回の遠征に私も参加させていただく、ただそれだけのお話ですが?」


 るり太郎の目にはモッチンとはまた違う覚悟が読み取れた。その真剣さに、モッチンのお父さんも圧倒されて口を閉じてしまう。そういえば、モッチンのお父さんの”仙人の勘”とやらではどうなのだろうか。もともとの三人のメンバーにるり太郎が加わっただけで、全滅するという運命とやらは変わるのか?


「うかんるり......」


「ご、ごめんねクラモチノミコ。話してなかったのは私も悪いと思ってる。でも、協力するなんてこと、ちょっと恥ずかしくてなかなか言い出せなか――」





「ついて来るな」


 モッチンが一言つぶやく。モッチンはるり太郎とは顔を合わさず、うつむいたままだった。るり太郎の動きが止まる。モッチンの願いを叶えるために、救うためについていくと言ったのに切り捨てられたのだから、ショックを受けた様子だった。


 俺は状況をうまく飲み込むことができなかった。なぜモッチンはるり太郎を拒んだのか?モッチンにとって”蓬莱の玉の枝”は死んでも手に入れたいもののはずだった。あの時の覚悟を孕んだ瞳はどこにいったんだ。


「え......なんで......私、やっぱり邪魔かな。その、クラモチノミコのお父さんの言ってること間違ってると思わないかな。だって、実の親にバカにされたんだよ。仙人の勘とやらで、足を引っ張ることになると――」


「別に邪魔なんかじゃない。ただ......僕は、君を巻き込んでまでその願いを叶えたいと思わない」



 は?



「それに、僕のお父さんの言っていることは間違っていない。僕は修行と鍛錬から都に逃げた、卑怯者だ。そんな奴が、”蓬莱の玉の枝”を取りに行くなんて腑抜けたことを言えるはずがない。言う権利がない」



 こいつ、そんな理由でるり太郎の勇気を無碍にしたのか?



「結局僕は、弱かったんだ。たいした実力も伴っていないのに無謀な夢を抱えるだけの弱虫。そんな僕に振り回されて、僕の願いを叶えるためだけに命を落としてしまう君の姿を想像してしまった。だから、ついてこないでほしい。如月君も、柊さんも帰ってくれ。僕は”蓬莱の玉の枝”なんて要らない。周りの人の命を......失いたくない」


 きっとモッチンの言っていることは、百人中百人が聞いても正しいと思うだろう。自分のワガママに付き合った人たちが死んでいく姿など、絶対に見たくない。


 そんなことは俺にもわかっていた。俺にもわかっていたけど、



「き、如月君?どうして......」



 気づけば、モッチンの頬を思い切りビンタしていた。初めて暴力なんてした。暴力は嫌いで、この先ずっとしないものだと思っていた。でも、勝手に体が動いていた。そして、口が勝手に開いた。


「ふざけんなよ......てめえ、るり太郎がどんな気持ちで、勇気を振り絞って、お前についていくと言ったと思ってんだよ!るり太郎には”蓬莱の玉の枝”なんて関係ないし、ついていく義理もない。それなのに、お前のことが大切だからそう言ったんだよ!お前はそれを切り捨てるのか!?」


 これが本心で思っていることなのだろうか。普段の俺なら絶対にやらないし、やりたいと思っても体が動かない。なのに、今はどうして。勝手に動くんだ。


「で、でも!お父さんの言っていることは正しいじゃないか!僕は弱いから、”蓬莱の玉の枝”を取りに行くなんて無謀な夢は捨てるべきなんだ。父に言われて再確認したんだよ。僕の弱さを。きっと、君たちの死に耐えられない。父の言った運命からは逃れられない!そうだろ!なあ、そうだろう!」


「ああ、分かったよ。そもそも前提が間違っているから、話がどうも嚙み合わないんだな。おい、モッチン。まずは前提について話そうか」


 モッチンがまた口を開くが、俺がそれを遮るように喉の奥から声を出す。俺の体が勝手に動く理由がなんとなく分かったような気がした。


「俺たちは死なない。そして、お前も死なない。これが今回の遠征の前提だ」


「な、何をバカなことを言っているんだ!そんな確証どこにある!」


「俺たちが死ぬという確証はどこにある?モッチンのお父さんが言った運命か?俺たち全員が全滅すると思っているなら、とんだ勘違い野郎だな。そもそも、るり太郎が参加すると言ったのは、その運命とやらを壊すためだぞ。俺は運命なんてものは信じてないんだよ」


 運命、それは俺の嫌いな言葉の一つだ。「俺はこうなる運命だったんだ」、「運命が決まっているからしょうがないだろ!」そんな言葉、飽きるほど聞いてきた。それを聞くたび、俺は不快な気持ちになっていた。いつまで、運命とやらに人は囚われ続けるのだろうかと。


 運命とは自らの手で壊すものなのに、と。


「......お父さん、仙人の勘で僕たちの運命を占ってくれ。そうすれば、如月君も納得してくれるだろう。結局僕たちは死ぬ運命にあるんだ」


「それが、俺の仙人の勘を使ってもお前らの運命が見えないんだ。こんなことは初めてで、俺も戸惑っている......これが、何を表すのか」


「そんな......」


 数十秒の沈黙が続く。モッチンはうつむいたままで、俺らとは目を合わせてくれなかった。きっと、彼なりに考えていたんだろう。そして、その沈黙を破ったのはご飯が始まってから一言も発していない、モッチンのお母さんだった。


「クラモチノミコ、仙人の教えを忘れてしまったようで私は悲しいよ」


「......母さん、いきなりなんだよ。仙人の教えなんて関係ないだろ」


「仙人の教え、其の壱。自信を見失うな、己を信じ、運命に対して抗い続けよ。さすれば、運命をも超える新たな道が開けるだろう。......仙人の基本でしょ?あんた、教えに背きすぎなのよ」


 モッチンのお母さんの声は、全てを包み込むような優しく、透き通った声だった。が、どこかに芯が通っているような感じだった。そして、モッチンのお母さんは続けた。


「第一ね、あんたのためにこんなに尽くしてくれる人たちがいるのよ。その人たちを切り捨てるなんて、やっちゃダメでしょう。そんなことを続けてたら、周りから人がいなくなっちゃうじゃない」


「......母さん」


「それに、私がお父さんの言ったことを訂正してあげるわ。あんたは私の自慢の立派な息子よ。強くて、みんなを守れる。お父さんだってそう思ってるわ。あの人は、不器用なだけで、あんたを危険な目に合わせたくないと心から思っている、過保護な人間なの。だから、あんなに酷いことをクラモチノミコに、つい言っちゃったみたい。ほんと、困っちゃうわよね」


 気づけば、モッチンの瞳から涙がこぼれていた。うつむけていた顔も上げ、俺らと目を合わせてくれた。


「クラモチノミコ、だから如月君たちのことを信じてほしいの。私も”蓬莱の玉の枝”を取りに行くなんて危険なことはしてほしくない。でも、それがクラモチノミコの願いなんでしょう。そして、それに覚悟を決めて如月君たちが協力してくれるのでしょう。だったら、最後まで突き通すのが、蓬莱山の仙人、いや、クラモチノミコ、あんたってものよ。」




 あの食事が終わって数十分後。俺たちは黙りながら一つの机に向かって座っていた。いや、気まずすぎない!?なんか、あんなに酷いことをモッチンに言った後だから、なかなか話しかけづらいし......さすがに、ああ思っていたとしてもあの言い方はなかったんじゃないかな......ごめんなさい!ごめんなさい!


「ねえ、如月君」


「は、はひ!」


 まさかの、モッチンから俺に話しかけてきたんですけど!これって怒られるパターンですかね。「僕が”蓬莱の玉の枝”なんて取りに行くわけねえじゃん。なんでお前の意見を聞かなきゃいけないわけ?勘違いオタクはさっさと帰れ」とか言われるんですか!違うんです、あの時はなんかモードに入ってて、止まらなくって......


「なんで、僕のことを説得してくれたんだ?あの弱っていた僕を、君が助ける義理なんてあったか?」


「な、なんだ。そんなことかよ。てっきり俺は叱られるのかと」


 それにしても、なんで俺の体が勝手に動いてしまったのか。普段ならしないような言動をとることができたのか。なんとなく、自分の中では答えが出ていた。それは、



「モッチンが、初めての友達だったからだと思う」


「......っぷ、あはははははは!なんだよ、それ。僕が初めての友達だったからって、説得してくれたんだね!あははははは!」


「な、なんだよ!それの何が悪いってんだ?何がおかしいんだよ!というか、俺たち気づけばタメ口になってるな......あんな言い争いしておいて、今更敬語もおかしいしな」


 初めての友達というワードを出したとたん、隣の柊からすっごい視線を感じるのは気のせいだろうか。気のせいだと信じたいな。気のせいじゃなかったら、このあとぶん殴られる気がする。そんな柊が、モッチンに単刀直入に聞いた。


「結局、モッチンは”蓬莱の玉の枝”を取りに行くんですか?」


「......ああ、行くよ。僕と如月君、柊さん、そしてるり太郎の四人でね。絶対に誰一人として死なずに、無傷で帰ってくることを前提に」


 その言葉を聞いた瞬間、るり太郎の目が光る。そして、モッチンにるり太郎が抱き着いた。いや、るり太郎さん絶対に好きでしょ、モッチンのこと。こんなに恋する乙女見たことないもん。なんかニヤケてくるな......


「よかった、よかったよぉ!クラモチノミコがいつもの、弱いくせに大口だけは叩く奴に戻ってくれた!」


「何を言うんだよ!僕は強いんだぞ?ちなみに根拠は僕のお母さん!......あと、本当にごめんなさい。その、”ついてくるな”とか色々と酷いことを言っちゃって。僕は、君の気持ちが全然わかっていなかった。だから――」


「んふふふふふ。いーのよ。そんなこと私はちっとも気にしてないから。それよりも、あそこの隅で縮こまっているお父さんにも話しかけてあげたら?実の息子に酷いことを言ってしまったと、かなりのショックを受けてるみたいだけど......」


 あれからモッチンのお父さんは本当に一言もしゃべらなくなってしまった。壁に向かって、一人で床の溝をなぞっていた。この人、モッチンのことを一番大切に思ってるんだな。そのやり方が不器用なだけで......


「ほんと、私の息子はいい友達を持ったものね。クラモチノミコも仙人の教えを取り戻したみたいで良かったわ。特に如月君、本当にありがとう。あなたがいなければクラモチノミコは、修行と鍛錬から逃げ出したという過去に囚われ続け、自信を取り戻すことができなかった。本当に、ほんとーに!ありがとうございます!」


「い、いや。そんなに礼を言われるようなことはしてませんって。それに、最終的にモッチンを説得させたのはモッチンのお母さんですよ」


「そ、そんなことまで言ってくれるなんて......私、あなたに惚れてしまったわ。結婚してほしいんだけど.....婚姻届の書き方とか分かる?」


「ちょっと待った!俺との婚姻関係は取り消すつもりかよ!」


 まあ、いろいろと状況はカオスだが、なんとか丸く収まったようで良かったのか?モッチンも”蓬莱の玉の枝”を取りに行くと決心したみたいだし、あとは取りに行くだけ......取りに行くだけ?



 いや、一番の問題が残ってるじゃねえか!俺と柊には”蓬莱の玉の枝”取りに行けるほどの力があるとこの人たちに勘違いされてるんだった!


「ということで!今からクラモチノミコと、それについてきてくれる皆様を蓬莱山の山頂まで転移いたします!私はこう見えても、転移術とか得意なのよ?」


「はあああああああああああああ!?待ってください!私、まだ準備できてないんですけど!ヘアゴムとか部屋に置きっぱなしなんですけどおおおおおおおおおお!?」


「え、そうなんですか!?ごめんなさいぃ、柊さん!でも、転移術は途中で止めれないんですよ!ごめんなさい!後で死ぬほど謝るので許してください!」


 んー、なんかデジャヴを感じる。


「それでは、転移いたします!帰ってきたら、如月君。私と......その、結婚を考えてもらえると嬉しいな。結構、私本気で言ってるし......私の見た目を20代だと言ってくれたの嬉しかったし......あと、あと」


「お前の如月へのアピール聞きながら、蓬莱山の山頂まで転移したくないわああああああああああああああ!」



 柊の悲痛な叫びが響く中、俺たちは眩い光に包まれ、蓬莱山の山頂まで転移したのであった。

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