1.むかしむかし、あるところに
『むかーしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんがいました。』
そんな一文から始まる物語。そこには、昔の人の思いが詰まっていて、それが今日まで受け継がれている。どの物語も、今後の人生の糧になるものが多く、締まりがとても綺麗で美しい。これこそ、日本人の心といったものだろうか。
――でも、俺は。俺はこのような物語の結末に、
「納得いかなああああああい!」
「如月君、授業中に奇声を上げて立つのはやめてください。周りの集中を削ぐ要因となっています」
「す、すみません……」
周りの視線が痛い。いや、納得いかないもんは納得いかないんだから仕方がなくない?と自分に言い聞かせてみるが、さすがに今の行動は無かったなと反省する。ああ、お腹が痛くなってきた!
授業後、予想通り俺の席の周りにクラスメイトが集まってきた。隠キャの俺にこういう時だけ絡んでくる陽キャってウザくてたまらないよな。いや、劣等感とかそういうのじゃなくて。うん、そういうのじゃなくて。
「えっと、如月 翔也君だっけ?さっきの授業は急にどうしたの。いつもあんなに静かなのに」
おいおい、陽キャっつうものはどいつもこいつもノンデリなのか?そもそも、同じクラスになってからしばらく経っているのに、何で俺の名前を覚えていないんだよ。こういう発言一つ一つに悪意が感じられないのが、また皮肉なもんだ。だって、すんごい目を輝かせて聞いてくるんだもん!この子!
「あ、えっとぉ……授業で取り上げたおとぎ話とかの結末に、個人的に納得いってなくて……」
「だから急に奇声をあげたの?如月君って面白い人だったんだね!」
おいこの陽キャやっぱり悪意ありで言ってるよな。普段は女子に対して天使のように接し、先生にも媚を売りまくって気に入られているゴミ男子が!裏の顔は、俺みたいな隠キャをバカにするクズだったってことだな。ここはガツンと一発言ってやるわ。
「あ、えっと……うん、そうだね。それが理由でちょっと声をあげちゃった……すみません……」
くそお!何で現実世界では、こう思ったことが口に出せないんだ。俺の中の仮想空間では、こんなやつぶん殴って、ぐっちゃぐちゃにしているのに……え、これってただのイタいやつ?
陽キャ男子が一人俺の前に来ると、それに群がるように女子がやってくる。そして、その女子に群がる金魚のフンや、男子がやってくる。人間って本当にゴキブリのような生物だなとつくづく思う。
そんなことを言っている暇もないけど。
「ねえねえ!如月君はどんなところに納得いってないのお?」
「如月君って小説の評論家だったりするの?もしくは、何かしらの小説を書いてる感じ?」
「好きな筋肉の部位どこ?俺はやっぱり王道をいく大胸筋が好きなんだけど、次の休日一緒にジムに行かない?」
なんか一人だけ脳筋ゴリラが混ざっているけど、気にせずに行こうか。というか、こんなに質問攻めされたら答えられるわけがないだろう……ここは、如月家に伝わる伝家の宝刀でやり過ごすしかない!
そう、それは机に顔を伏せることだ!
こうすることによって、目から入る情報や耳から入る情報を遮断し、自分の世界に浸れるのだ!まあ、聴覚に関しては少しは侵入してくるのだが、できるだけ気にしないようにすれば問題ない。
「あーあ、如月君黙っちゃったよ。お前らが質問攻めするからだろう?面白い友達ができそうだったのに」
「おいおい雪宮。そう言いながら、如月君をオモチャにするつもりだったんだろう?ホント性格悪いよお前。あ、褒め言葉な?」
ほーら、やっぱり。陽キャの思惑なんて俺にはお見通しなんですよーだ。一生お前らとは会話を交わすことがないだろう。じゃあな!
そんな捨て台詞を心の中で呟いた瞬間。遠くから聞き馴染みのある声がした。またアイツか……
「ちょっとアンタたちどきなさいよ!休み時間そこに座るのは私って決まってるんだから。分かったなら早く散って、しっしっ!」
「そういえば、狂犬の柊って如月君と仲良いんだっけか?まあ、もうコイツに興味なくなったし勝手に二人で話してどうぞ〜」
「何が狂犬よ!がるるるるるるる……」
こいつは俺の幼馴染である柊 有栖。幼稚園からの付き合いで、家族ぐるみで仲が良い。中学に入ってからは、柊が俺に対して冷たくなったような気がするが……
ちなみに、名前は可愛いが、中身はただの狂犬である。実際、今も威嚇を使って陽キャたちを退けた実力者だ。ツーサイドアップという、いかにも男子の心を打ち抜くような髪型をしているのにモテない理由は明らかだろうな。
「今日はなんだよ柊。特に俺に用なんかないだろ」
「何ですかー?さっきまで雪宮に絡まれて隠キャを発動していた如月くーん!『え、あ、あのー』とか言っちゃってさ、挙げ句の果てには伏せるって……めちゃくちゃウケるじゃん!」
「はい、今からお前のことを無視します。今日は一緒に帰ってやりません」
「冗談だってー。それに、一応私が助けたような形になってるんだから感謝してよね?うん、君は感謝が足りないな!」
まあ不本意だったが助けてもらったのは事実だし、感謝を告げるのは普通だろうな。ただし、俺が柊に感謝を伝えることなど、人生で一度もないでしょう!なぜなら、ウザいから!ただ、それだけです。
ああ、柊よ。感謝を待っているその期待で満ち溢れた顔で、俺のことを見つめるのはやめておくれ。俺の良心ってものが痛むだろうが。とっくのとうに捨ててきたけど。
「で、何か話したいことでもあるのか?まあ、だいたい予想はついているけど……」
「そう!如月の予想通り、授業中の奇声についてです。いやー……物語の結末に納得がいかないからって奇声をあげるのはどうかと思うよ。笑いを堪えるのに必死だったんだから」
自分でもそんなこと分かっているさ。おとぎ話なんて、大抵は作り話だ。そんなものに今更ケチをつけるなんて頭のおかしい奴がやること。でも、大丈夫。俺は頭のおかしい奴だからな。
「しょうがないだろ?俺だったらあんな結末にはしないと思ったからやっちまった」
「ちなみに〜……しっかりとあの奇声は録音していました!なんかスマホの録音が授業開始から偶然ついてて、如月の奇声も入ってたんだよね!」
なんだと……こいつ、俺の奇声のデータを持っているのか!?しかも、カメラもなぜか俺の方に向いているし。本当に偶然か?とりあえず、こんな動画を学校にばら撒かれたら、俺の薔薇の学園生活が終わっちまうじゃあないか。何とか阻止しなければ。
「おい、消せよ!そんなデータが拡散されたら、俺学校に来れなくなっちゃうって!」
「えー、どうしよっかな〜。如月が私のお願いを聞いてくれたら考えてあげてもいいかな〜?」
「あーもう分かったよ!そのお願いとやらを何でも聞いてやるから、その動画だけは絶対に消去してくれ!お願いします、柊様」
やっぱりコイツはクズなんだなと改めて確認できてよかった。このクズさを学校にばら撒けば……って狂犬の柊って二つ名がある時点でもう広まってるのか。めちゃくちゃ面白いやん。
というか、柊のお願いって何だろうか。いつも何も考えずに生きてそうだから、悩みも願いもないと思っていたのだが。俺がお願いを何でも聞くと言った瞬間、柊がにやけたから悪い願いなのは確定しているな。
「何でもしてくれるんだよね?如月くーん?」
「うーん……まあ武士に二言はないのでそういうことになる。で、願いとやらは何なのか早くしてくれないか?」
「私の願いはね、」
「如月と一緒に、納得のいくおとぎ話を創り上げることだよ!」
柊がそう口にした瞬間。俺たちの人生はおとぎ話のような、奇想天外なものになった。