155.郷田伊織はわからなくなった
わたしは最初、自分のことを男の子だと思っていた。
お母さんがよく「男らしく」と言っていたし、男の子の服を着せられたり、男の子ばかりが通っている空手や剣道の道場に通わされていたから。
でも、そんなのは本当に小さい頃だけで、さすがにそれは違うんだってすぐに気づいた。
「あなたがちゃんとしないから……だから私は不幸になったのよっ!」
お母さんはそんなわたしに苛立っていた。怒鳴って、叩いて……わたしを否定していた。
だから嫌だとは言えなかった。
わたしがワガママを言えば、お母さんが泣いてしまうから……。男の子みたいに振る舞うのは嫌だけど、お母さんのためなら我慢できた。
なのに……お母さんはわたしの元から離れてしまった。
「これからは伊織ちゃんが好きなことを我慢せずにしていいんだからね」
親戚の人の家に引き取られて、おじさんやおばさんが笑顔でそんなことを言ってくれた。
優しい……というか可哀想に思われていたようで、他の人から見たわたしは、さぞ窮屈そうに見えていたらしい。
親戚の人に引き取られたばかりの頃は、ワガママを言えばお母さんが帰ってこなくなるかもしれない。そう思い込んで自分の意思を押し殺していた。
でも、数年もすれば環境に慣れてきたというか……諦めがついた。
きっとお母さんはわたしの元に戻ってこないのだろう。完全に愛想を尽かされてしまったのだ。子供ながらもそういった空気を感じ取っていた。
わたしは髪を伸ばして、可愛らしい格好をするようになった。
ずっと我慢してきたことをしている。気分が晴れやかになって、別人になったみたい。
そう思う一方で、女の子らしくしていればお母さんがわたしを叱りに来るかもしれない……そんな期待をしているのも気づいていた。
嫌な思い出しかないはずなのに、わたしは母親を求めずにはいられなかったのだ。
「パーティー、ですか?」
「ああ。伊織ちゃんは会長の娘だからね。郷田グループのパーティーに出席できるんだよ」
ある日、わたしを引き取ってくれていたおじさんがパーティーに誘ってくれた。
顔も見たことがない父親……そんな人よりも、もしかしたらお母さんが来るかもしれないという期待で、わたしはそのパーティーに出席することを決めた。
「おおっ、エレガント! この私にこんなにもプリティーなシスターがいるとはね」
「アホは無視していい……ジュース飲む?」
パーティーに出席してもお母さんには会えなかったけど、わたしに兄弟がいたことを初めて知った。
どうやらみんなお母さんが違うらしい。でも、お父さんが同じって……その時のわたしには意味がよくわからなかった。
ただ、兄弟の存在は素直に嬉しかった。ずっと一人ぼっちだと思っていたから、そうじゃないんだよって言ってもらえたみたいで嬉しかったんだ。
「伊織ちゃん、君が郷田グループの後を継ぐためには、あいつらを蹴落とさなければならない。わかるね?」
わからなかった……。
どうして優しかったはずのおじさんが、目をギラギラさせながらそんなことを言うのかも。
どうしてせっかく仲良くなった兄弟と争わなければならないのかも。
どうして……お母さんがわたしに会いに来なかったのかも。
わからない……わからないわからないわからないわからないっ!
──わたしは初めて家出をした。
だけど、まだ小学生だったわたしの家出が長続きするはずもなく。たった一晩を過ごしただけで根を挙げてしまった。
「え……?」
気まずい気持ちを抱えたまま帰ると、家が燃えていた。
赤々とした炎……わたしは、そんな光景に見入ってしまっていたんだ。
火事の原因はハッキリとわからなかったらしい。誰かの火の不始末だろう、という話になった。
ただ……火事の時に丁度家出をしていたわたしに、確かな疑惑が向けられていたのを感じ取っていた。
わたしじゃない……でも、何もかもが嫌になって「消えちゃえ」と願ってしまったのは、確かにわたしだった。
思っただけでそんなことが起こるはずがない。そんなことは子どものわたしでもわかる。
けれどそれから別の親戚の家に預けられたわたしの周りで、次々と不幸が起こるようになって、オカルトじみた考えを振り払えなくなっていた。
「全部、わたしのせい?」
そう思うようになったのは、みんながわたしのことを「不幸を届ける少女」と噂していたからだ。
それも、その噂を流したのはお母さんだった。その事実を知った時、わたしは愕然とした。
ずっと会いにも来なかったくせに……。なのに、わたしを苦しめようとはしてくるんだ。
わたしに同情して、わたしの面倒を見てくれた人たちも、わたしに関わると自分が不幸な目に遭うと理解したのだろう。
いつしか、わたしは本当に一人ぼっちになってしまった……。
◇ ◇ ◇
「晃生お兄ちゃん……」
さっきまで握っていた、あの大きな手の感触が忘れられない。
わたしと手を繋いでくれた温かい手……そういえば、今まで誰も手を繋いでくれたことがなかったな。
「お兄ちゃん、兄妹らしく手を繋いで歩いてみない?」
そうわたしから提案したことだけど、それは嫌がらせのつもりだったのに……。
なのに晃生お兄ちゃんは悩む素振りすらなく、わたしの手を取ってくれた。
わたしは嫌われて、母親にすら疎まれる存在のはずなのに……なんで手を繋いでくれたの?
「なんで……もっと悪人でいてくれなかったの……っ」
聞いていた話と違う。
郷田晃生は根っからの悪人で、どうしようもない男だから爪弾きにされてきた。
そんな奴に郷田グループを継がせるわけにはいかない。だから、わたしは晃生お兄ちゃんに不幸を届けなきゃいけないのに……。
何が良いのか悪いのか……わたしにはわからなかった。自分がどうしたいのかも見失っていた。
「だって、誰も教えてくれなかったもん……っ」
喉が詰まったみたいに吐き出された声は、誰もいない空間に溶けて消えてしまった。
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